第58回 最後の悪意(evil)

 理性を失った銀河のライヴレイヴは増殖したライヴリライヴに銃剣の弾丸を乱れ撃つ。

 しかし、適当に撃っているように見えてだんだんとその射撃は正確にライヴリライヴの頭部を撃ち抜いていく。

 が、それは全て幻であり、本物のライヴリライヴは幻影たちの影に隠れて様子を伺っている。


(叶羽、彼は機体に魂を取り込まれ、憎しみを増幅させています。以前の私たちのように)


 もう一人のカナウこと、女王ナウカが叶羽の心に語りかける。

 天領銀河──天ノ川コスモ──は叶羽の親友である日暮陽子の仇である。

 当然、許すことはできない相手だ。


 ──もしかしたら、私のようにダイバースの力によって浄化されるかもしれませんよ?

(…………ボクは今日、この日のために生きてきたんだ。それに……)


 叶羽はライヴレイヴの中にいる銀河の魂を関知する。

 刈れ箆中にある何処までも続く白い世界。清さなどなく何をしても満たされない虚無の空間が広がっている、底知れぬ“闇”だ。


(あれは浄化なんかされない……)


 叶羽の目に宿る決意の意思。

 ライヴリライヴの右手をかざすと虹色のエネルギーが剣となって実体化する。


(……だから、ここでボクが絶つ!!)


 身の丈以上の長さになる大剣──幻想の大太刀──を構え、ライヴリライヴはライヴレイヴに突撃する。


『天ノ川コスモォ!!』

「お前が本体かぁッ!!」


 対峙する二機の早さは光速。

 ライヴリライヴが剣を振り下ろすのが先か、ライヴレイヴの銃の引き金を引くのが先か、この一撃で勝負が決まる。

 端からでは空を舞う僅か一瞬の点滅にしか見えない光だが、本人たちの体感している時間は数秒の長さである。


「叶羽、好きだ」


 この期に及んで銀河の告白。

 それと同時に、撃ち込まれたライヴレイヴの銃弾。


『……』

「俺は君の中で思い出になりたい。だから」


 その告白を叶羽は最期まで聞かぬまま、ライヴリライヴは銃弾を避けると、大剣──幻想の大太刀──でライヴレイヴを頭部から一刀両断。

 真っ二つになったライヴレイヴから浮かび上がった力の源である光球を、ライヴリライヴは取り込む。


『さよなら』


 左右に割れたライヴレイヴと天領銀河は光となり、跡形もなくこの世から消滅した。

 

『………………』


 長い沈黙の叶羽にコメント欄が加速する。


〈倒した?〉

〈やったか?〉

〈やった!?〉

〈やったか〉

《姫、今何か撃ったよ》¥500

〈やったのか〉

〈あのデッカイのは倒さないのか?〉

《やったか禁止》¥1000

〈ガチでコロコロしたん?〉

〈8888888〉

 

『……視聴者の皆さん、世間を脅かしたIDEALの脅威は今、去りました。これにて私の配信も今日で最後です。コメントは後でじっくり読ませていただきますね。それとチャンネルの削除はしません……もしかしたら、消すかもですけど。今まで本当にありがとうございました。では、星神かなうでした……乙かな!!』


 叶羽は配信を終了させた。

 不動のダイバースを横目にライヴリライヴは廃ビルの瓦礫に降り立った。


「…………えっ?」


 ドクン、叶羽の心臓が跳ねる。

 機体から降りようとして叶羽は何か不吉な違和感を覚えた。

 それはライヴレイヴの力を手に入れて真っ先に感じた“魂”の感知能力。

 叶羽がよく知る魂の火が消えかかっている。


「お父さんっ?!」


 ライヴリライヴから飛び出す叶羽。

 不安定な瓦礫の上を急いで駆け出した。


「そ、そんな……」


 絶句する叶羽。

 そこにあったのは胴体が貫かれて横たわるライヴエヴォルの姿であった。


 ──叶羽、もしかしてあの時……。


「くっ…………ぅぅ、ああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーっっ!!」


 叫ぶ叶羽はライヴエヴォルに駆け寄る。

 銀河のライヴレイヴが放った最後の一発は叶羽のライヴリライヴを撃ったものではない。

 遥か後方で二人の戦いを見届けていた武に狙った悪意のある一撃であった。


「あぁ、お父さんっ! お父さんっ!!」


 ライヴエヴォルの胴体部分に上り、内部を覗き込む叶羽。


「…………聞こえてるよ」

「お、お父……さん?! 生きているの!? ほら、手を掴んでっ!」


 薄暗い底の空間で叶羽の父、武は額に脂汗を書きながら精一杯笑って見せた。


「いや……見ない方が、いい。身体の……下の方がな……無いんだ」

「そんな……う、嘘だ……!?」

「……叶羽、ずっと騙していて……すまな、かったな」


 痛みに堪えながら武は言う。

 叶羽はやり場のない怒りに身体を震わせた。

 父をこんな状態にした銀河は既に叶羽によって倒されたのだ。


“俺は君の中で思い出になりたい”


「あっ……あぁぁ……!」


 最後に言い放った銀河の言葉が頭の中で強烈に残って、何度も言葉が反芻(はんすう)する。


「それと、叶羽の中にいる、女王……すみまない、月の神殿で眠っていたライヴイヴィルから悪意に蝕まれた君を助ける……いや、殺すの間違いかな。機体を破壊するつもりだったのに」

『……いいえ、構いません。今は叶羽と一緒でも幸せです』


 叶羽の声を借りて、ナウカは言う。


「そうか……叶羽、私は悪い父親だ……そもそも血も繋がってないが……」

「そんなのどうだっていい!! ボクにとってはお父さんだよ……」

「はは、父らしいことは……何一つ……やれなかったがな」

「……そうだ! 今“ライヴレイヴ”の力で治療をするよ! それで」

「いや、いい……」


 手を伸ばす叶羽だったがライヴエヴォルがゆっくりと上半身を起こす。

 ずり落ちそうになり、その拍子で叶羽は顔面を強打。

 眼鏡の右側レンズが割れて、瞼を少し切ってしまった。


「くっ、ああああ!!」


 腰の装甲に掴まりって再び登り始めようとするが、戦いの疲れからか父のいる所まで行くのに力が入らなかった。


「私たちは……IDEALは何も知らない子供たちを集め……兵器を作り、世界征服を企む…………悪い大人だよ……うっ」


 ライヴエヴォルは引っ付いている叶羽を身体から下ろすと、その掴んでいた腕が落ち、機体は自壊を始める。


「お、お父さんっ!?」


 近付こうと駆け寄る叶羽。

 しかし、頭上からボロボロと剥がれ落ちてくるライヴエヴォルの装甲によって阻まれた。


「か……な、う……お前の名前……自分の好きな、ことに……生き……ろ」


 操縦者の生命が消えると同時に崩れゆくライヴエヴォル。

 元の瓦礫に戻っていくのを、叶羽はただ見ているしかなかった。


「そんな……そんなぁ……っ!」


 ライヴエヴォルだった瓦礫から光の球が現れる。

 父が託した最後の力は叶羽の中にそっと吸い込まれた。


「お……お父さん……あぁ、うぅ……あぁぁぁぁぁぁぁぁー……っ!!」

 

 暮れなずむ空に慟哭が響き渡る。


 ◆◇◆◇◆


 叶羽は全てのライヴシリーズの力を回収。

 そしてIDEALに勝利した。


 しかし、それによって失った代償はあまりにも大きすぎた。

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