第38話(模擬戦④)16歳

「次は研究生、アイカ」

 教授がわたしの名を呼んだ。いよいよ出番が来た。

 それにしても、何だろう。この観客席の妙なざわめきは。


「キーラ。気のせいか、みんなに注目されているように感じるんだけど」

「そりゃそうよ。アイカは注目の的だもん」

「注目しなくていいよ」

「何しろ、『謎のブラックプリンセス』だからさ」

「その話、勝負の直前に聞きたくなかったわ」


 続いて、わたしの対戦相手が呼ばれた。

「アレクシス・ラウリ」

 わたしとキーラは思わず顔を見合わせる。

「ねぇ、いまアレクが呼ばれたよね」

「あいつ、サボったと思っていたら、来ているのかな」


 教授の声が響いた。

「両名、すぐに闘技場に出てきなさい」

 よくわからないが、従うしかない。


「アイカ、頑張って!」

 わたしはキーラの声援を背に受けながら、すり鉢状の観客席の間を縫って、闘技場に降りる。学生の刺すような視線が痛い。ライラやリンナもどこかで見ているだろう。


 途中、ヘルミのそばを通りすぎたので、小さく手を振ってみた。ヘルミは一瞬、目を大きく見開いた後、そっぽを向いた。


 闘技場にはいつのまにか、防御服を着込んだアレクシスが立っている。


 何だか変だ。

 アレクシスらしくない。


 参加するなら、わたしやキーラに声をかけてもいいと思うのだが。どこかに隠れていたのか、驚かせるつもりだったのか。


 わたしはアレクシスと向き合う。

 そのときだ。頭の中に誰かの声が聞こえてきた。

「アイカ、戸惑っているようだな」

 それは魔法で特定の相手と交信する「念話」と呼ばれる技だ。


 わたしも念話で答える。

「あなた、オルガ?」

 それは人形遣いのオルガの声だった。

「そうだ。アレクシスの身体を借りた」

「どういうことかな」

傀儡くぐつ魔法でアレクシスを動かしている」

 観客席に目をやると、ちょうどわたしの正面の座席にオルガが座っているのが見えた。


「傀儡魔法?」

「生きた人間を操り人形にする魔法だ」

「隷属の魔法は禁呪でしょう」

「隷属ではない。無理矢理ではないぞ。本体のアレクシスが望んでいるからこそ、成立する魔法だ」

「なぜ、そんなことを」

「アレクシスは模擬戦に出て単位がもらえる。わたしはお前と戦える。一石二鳥だ」


 アレクシスの表情は固まったままだが、視線が何かを訴えているようだ。意識が残っているとしたら、どうせ弁解の言葉を並べているに違いない。やれやれ、まったく。


「始め」

 教授が模擬戦の開始を告げた。

 念話でのやり取りは、オルガとわたしにしか聞こえていない。


「オルガ、あなたがわたしと戦う意味は何?」

「意味なんてないさ。時の魔女を相手に、自分の魔法を試してみたいだけだ」

「あなた、わたしの正体に気づいているの?」


 アレクシスが視界から消えた。

 次の瞬間、私の右横からアレクシスが突進し、頭から体当たりをしてきた。凄まじい速さと激しさだ。

 わたしはギリギリで身をかわす。


 アレクシスはそのまま宙を舞い、元の位置に戻った。人間離れした動きだ。

 場内が沸き、拍手がおきた。アレクシスの予想外の身のこなしに観客が感心しているのだ。


 アレクシスが再び距離を詰めてくる。今度は真正面から体当たりをしてきた。

 わたしは横飛びでよけつつ、状況を観察する。どういう仕組みになっているのだろう。


 最初はオルガが細い糸で操っているのかと思ったが、そうではないようだ。物理的なものではないが、二人は魔力的なパスでつながっているに違いない。


 いまのアレクシスは完全にオルガの支配下だ。オルガの操作で普段以上の能力が引き出されているのだろうか。もっともスピードは厄介だが、攻撃手段が体当たりだけなら問題はない。

 そう思っていたら、アレクシスが両手に人の頭くらいの水球を手にしている。


 そう、アレクシスは水属性の魔法使いだ。

 水球をどう使うのかと思ったら、そのままわたしの顔を狙って投げてきた。すれすれでかわすと、水球は霧散した。

 わたしは水滴を少し吸い込んでしまう。口内がヒリヒリしたので、あわてて唾を吐いた。水の成分が魔力で変質しているのだ。気管に入っていたら苦しんだに違いない。


 アレクシスは今度は左手の水球を武器のように振り回して威嚇する。わたしは警戒して距離を取らざるを得ない。気がつくと、闘技場の端に追い詰められていた。


 わたしは感心していた。

 アレクシスは「攻撃魔法が苦手」と言っていた。それはそうだろう。彼の魔力は小さく、同じ水属性でもヴィルマのような派手な大技は扱えない。

 だが、魔法というのは、魔力の大きさが全てではない。


 たとえ水滴ひとつでも、相手を倒す魔法は成立する。創意工夫とそれを実現する技術さえあれば。

 いくらオルガが操作しているとはいえ、肉体のベースはアレクシスだ。彼にだって潜在能力はあるはずなのだ。こんな風に、わたしを追い詰めているのだから。


 さて、オルガとアレクシスの魔法は見せてもらった。わたしもそろそろ反撃しないと、時間切れになってしまう。出場したからには、何もしないで負けるつもりはない。


 体内で魔力を練り上げる。

 アレクシスがわたしにむかって再び水球を振り回したとき、わたしは魔法を発動した。


 それは、瞬きよりも短い、ごく刹那の瞬間だ。

 四属性の魔力がわたしの体内を奔流となって巡る。

 心の中のイメージの砂時計がカチリと音を立ててまわる。そして、わたしは時の歯車から逸脱する。


 発動したのは、加速魔法だ。

 わたしを取り巻く時間を制御し、わたしだけが素早く動くことができる。


 衆人環視の中で時間魔法を使うとしたら、これしかないと思っていた。うまく使えば、スピードが速い人、例えば噂に聞くヘルミの戦闘スタイルと傍目にはそう変わらないはずだ。


 アレクシスの水球からこぼれた水滴がゆっくりと宙を舞う。わたしは水滴に触れないよう注意しながら、アレクシスが広げた手をかいくぐる。すれ違い様にアレクシスの足を引っ掛けておき、闘技場の真ん中に移動した。

 加速魔法を解除すると、アレクシスが倒れ込む。観客は何が起きたのか分からなかったようだ。少したってどよめきがあがった。


 アレクシスが無言で立ち上がる。さっきの水球は倒れた拍子に割れていたが、再び両手に水球を構えた。そして二つともこちらに投げつけ、同時に走り込んできた。


 水球に気を取られていたら、そのまま体当たりをくらっただろう。だが、わたしは加速魔法を再び発動していた。


 近づいてくるアレクシスを観察し、手を伸ばしてメガネを外した。わたしがちょっと気に入っている美しいヘーゼルの瞳があらわになる。視線に力がないので、もはや意識はないかもしれない。

 今度は投げ技をかけて、アレクシスの体勢を激しく崩しておく。


 続いて、いったん観客席に駆け寄ると、オルガに近づく。オルガは両手を伸ばした格好で座っていた。彼女のフードを外し、その人形めいた整った顔にアレクシスのメガネをかけた。


 さて、闘技場に戻り加速魔法を解除すると、アレクシスが頭からもんどり打って倒れた。

 わたしは観客席のオルガを見る。

 彼女はメガネを持ち、お手上げという風に両手をあげた。その瞬間、オルガとアレクシスの魔力的つながりも切れたようだ。


 アレクシスは脳しんとうを起こしたらしく、立ち上がってこない。

「勝者、アイカ」

 教授が試合終了を告げ、回復術士がアレクシスに駆け寄った。


 アレクシスには、少しかわいそうなことをした。ダメージが心配だが、回復術士に診てもらおう。オルガの口車にのって妙な魔法に手を出したことは、しっかり反省してもらわねばならない。


 そしてオルガには、わたしについてどこまで知っているのか問いただす必要がある。そんなことを考えつつも、わたしは模擬戦を戦い抜いた満足感も感じていた。


 わたしは、ざわめき冷めやらぬ観客の間を通って、自分の座席に戻る。

 途中、ヘルミが立ち上がって、わたしを睨みつけている。その横を通りすぎようとした時、ヘルミが小さな声でつぶやいた。


「オマエは、いったい、何者だ?」

「あら、何のこと?」

「さっきの身のこなしだ。あれは速すぎる」

「そうかな。あなたなら、それくらい出来るんじゃないの?」

「ふざけるな、あれは……」

そこまで言うと、ヘルミは口をつぐんだ。


 




 

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