第39話(模擬戦⑤)16歳

【前回:模擬戦の初戦、わたしはオルガが操るアレクシスを加速魔法で倒した】


 わたしは無事に戦い終えたことにホッとしていた。観客席の一角で、レオが笑みを浮かべているのが目に入る。レオのことだから、わたしの稚拙な試合運びに駄目出しがあるに違いない。まぁでも構うまい。不格好でも何でも、勝てば良いのだ。


 座席に戻ると、キーラが駆け寄ってきた。

「アイカ、すごかったよ。まさに目にもとまらぬ早技だったわ」

「ありがとう」

 キーラにほめられると嬉しくなる。

「アレクシスもそこそこ頑張っていたけどね。ところで、アイカの属性は何なの?」

「えっと、物心ついたときには風属性と判定されていたわ」

 わたしがそう答えると、「言い得て妙だな」という声がかたわらで聞こえた。

 オルガだ。悪びれもせず、わたしの隣に来て座った。

 わたしはキーラに、オルガがアレクシスを操っていたことを明かした。


「あきれた」。キーラが目を見開いて言う。「遠隔で操作って、まるで隷属の魔法じゃん」

 オルガは真面目な顔で首を振った。

「いや、アレクシスも了解していたからな。隷属ではないぞ」

 そのアレクシスは試合後、治療のために運ばれていった。昏倒していたが、回復術士が言うには問題はないとのことだった。


 ふと、わたしは疑問を口にする。

「オルガ。そういえば、うまい具合にわたしと対戦できたのは、偶然なの?」

「あぁ、あれは教授をちょっと操作して、球の出方を調整したんだ」

「やっぱり操ってるんじゃない!」。キーラが声を上げる。「オルガ、あなたって顔に似合わず、恐ろしいことをするわね」


「結果がよければ、それでいいさ。アイカもそう思うだろう?」

 オルガが人形めいた冷ややかな表情で、平然と言った。戯言ではない。オルガにとってはそれが道理なのだろう。

「まぁ、それはそうかな」

 大切なのは過程ではなく、結果だ。それは魔法使いらしい理屈だった。

 わたしはキーラが見ていない隙にオルガの脇腹をつつくと、「わたしの正体になぜ気づいたのか、後でじっくり話を聞くからね」とささやいた。


  ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎


 さて、そんなやり取りをしている間にも、闘技場では対戦が進んでいた。

 登場したのは、ライラだ。

 歓声が沸き起こるのも当然だろう。彼女はこの国の、本物のプリンセスなのだから。


 対戦した女子学生が気の毒になるくらい一方的な試合だった。会場の雰囲気がライラを後押した面もあるが、実力差は歴然だ。

 ライラは右手で火の、左手で水の魔法を操る。

 それは火の槍と氷の盾になることもあれば、攻守が瞬時に変わり、炎の壁と水の矢にもなった。その切り替えが実に見事だ。


 女子学生は防戦一方で逃げ回っていたが、三分を待たずに降参した。

「勝者、ライラ」

 教授が勝利を告げると、割れるような拍手が広がった。

 ライラは観客席の中にわたしを認めると、ニッコリと笑みを浮かべた。白い頬が薄紅色に上気している。


 素晴らしい能力だと思う。

 生まれ持った才能を驕ることなく磨きあげたのだろう。魔法のバリエーションが多いし、技を繰り出す緩急の付け方もうまい。戦闘において二大属性持ダブルホルダーちがいかに有効かを、彼女は体現している。


 だが、わたしが本当に刮目したのは、ライラではなかった。

 ライラの後で登場した、あの小柄な少女だった。


「次、ヘルミ・ヴィルタネン」


 ライラの時とは一転し、観客席が静まりかえる。ヘルミの強さは学生の間でも知れ渡っているようだ。何か得体の知れないものを見るような緊張感が会場に漂っていた。


 袖を切ったローブと短いスカートから、細長い手足が伸びている。魔法使いは通常、長袖のローブを着て、肌を見せることが少ない。ヘルミの露出した手足は、何だか目のやり場に困る感じだ。


 ヘルミは短剣を2本手にして、くるくると回している。左右すべての手の指に銀の指輪をはめていて、短剣を回すたびに指先がキラキラと輝いた。


 対戦相手は火属性の男子学生だ。こちらは片手剣を右手に持っていた。


「始め」

 開始の合図とともに、男子学生が左手で火球を撃った。先手を狙っていたのだろう。立て続けに3発だ。射出の間隔は短く、威力もある。豊富な魔力の持ち主らしい。


 ヘルミは1発目を紙一重でかわすと、2発目と3発目が到達する前に男子学生に向かって走り出した。ヘルミには弾道が見えているのだ。しかも動きが速い。評判通りの速さだ。


 男子学生はさらに4発目、5発目を撃った。ヘルミは速度を全く落とさず、走りながらかわす。


 男子学生が右手の剣に炎をまとわせ、近づいてきたヘルミを横なぎに斬りつけた。

 ヘルミは逆手に持った短剣で炎の剣をうまくいなす。そのまま男子学生の側面を走り抜けて脇腹と肩に斬りつけ、さらに脇腹に蹴りを入れた。


 男子学生が転倒して呻き声をあげる。

 ヘルミは身をひるがえして降り立つと、距離をとった。


 観客席から男子学生の友人らしき一団が声援を送っている。

「ほら、立ち上がって」

「次の攻撃が来るぞ」

 男子学生はまだ戦意を失っていない。声援を受けて立ち上がったのは立派だった。防御服のおかげで、ヘルミの攻撃もクリティカルなものではなかったようだ。


 ヘルミが短剣を構え、再び距離を詰めた。男子学生が振り回す炎の剣をかいくぐり、激しい連打ラッシュを浴びせる。その様はまさに狂犬だ。とはいえ狂っている訳ではない。無我夢中でやっている訳でもない。ヘルミは冷静そのものだった。


「このやろう、ちょこまかと動きやがって」

 男子学生が叫び、至近距離で火球を撃つ。ヘルミはそれを避けるため、宙に跳んだ。


「あっ」

 わたしは思わず声を出した。このタイミングで跳び上がるなんて、男子学生の思う壺ではないか。そう思ったのだ。


 男子学生もその隙を逃さず、炎の剣をヘルミに向かって投げた。さらに火球を連発する。逃げ場のない宙でヘルミを仕留める狙いだ。


 しかし、そこからがヘルミの真骨頂だった。ヘルミはブーメランのように回転して飛んできた炎の剣を短剣で受けると、短剣の背を踏みつけて衝撃を殺した。そして炎の剣を踏み台にして横方向に跳び、火球をかわす。


 ヘルミは着地と同時に男子学生に肉薄し、連打からの見事な回し蹴りで打ち倒した。馬乗りになり、喉元に短剣を突きつけると、男子学生が降参した。


 観客席がどよめいた。


 わたしはここへ来てようやくヘルミの強さの秘密が分かった。


 大切なのは、力ではない。制御だ。


 ヘルミは風属性の魔法使いだ。両手の短剣にも、そして自分の全身にも、風の魔力を薄くまとわせている。それが強化バフの効果を生み出し、高速移動と攻撃力のアップを両輪で実現しているのだ。


 口で言うのはたやすいが、戦闘中にその状態を保つには魔力の絶妙なコントロールが必要だ。ヘルミは魔力の大きさではライラに及ばない。しかし、魔力の制御ではライラを上回っている。


 ヘルミの奇矯な服装にも意味がある。おそらく、肌に魔力を効果的にまとわせるために、異物となるローブの袖やスパッツを省いたのだ。だから手足を露出しているのだ。


 魔力は指先まで精緻に覆うことで、強化を高めているに違いない。全ての指にはめた指輪は飾りではなく、魔力をまとわせる指標なのだろう。トサカのような髪型もそうだ。髪の毛は実は魔力を吸収しやすい。魔法の邪魔にならないように頭の左右の髪を刈り上げているのではないか。


 2つ下の学年から飛び級で上がってきて、たった1人で強さを追求している。

 その外見や言動で見過ごされがちだが、ヘルミはここにいる誰よりも魔法に対して貪欲でストイックなのかもしれない。そのことに気づいたわたしは、彼女に心をつかまれた。

 

 








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