第37話(模擬戦③)16歳

「そろそろ準備をしなきゃ」

 わたしはキーラを促し、レオの側から離れることにする。


 ただ、ふとレオの意見を聞きたくなり、去り際に耳打ちした。

「レオ、わたし、勝てるかな?」

「楽勝だろう。相手の息の根をとめるつもりならな」

 レオはこともなげに答えた。

「いや、息の根はとめないから」

「ふうん。それなら意外と楽勝ではないかもな。お前の魔法は規格外すぎて、使いどころが難しいから」


 さすがにレオの見立ては、わたしの本質的な課題を言い当てている。模擬戦とはいえ、戦う以上は、勝つための戦略や状況判断が必要になるだろう。


 そういえば、今日はあの歳下の彼女、ヘルミ・ヴィルタネンは来ているのだろうか。

 わたしは辺りを見回す。パーティーで会った時から、妙に気になる存在だった。


 見つけた。

 ちょうど、ひとりで闘技場に入ってきたところだ。


 ヘルミはローブの袖を切ってノースリーブにしている。女の魔法使いの多くはローブの下にズボンやスパッツをはいているが、彼女は丈の短いスカートで素足をさらしていた。逆立てた髪の毛といい、相変わらず個性的な着こなしだ。


「キーラ、あの子って、どんな魔法を使うか知ってる?」

「あぁ、〝狂犬〟ね。風属性だけど、とにかくスピードが速いのよ。目で追えないくらい。分身魔法ミラーも使えるって話だけどね」

 分身魔法を使える時点で、並みの魔法使いではない。


「どうして狂犬って呼ばれているの?」

「高速移動からの連打ラッシュが激しくて、狂ったように打ち込んでくるから、かな。いつのまにかそう呼ばれていたわ。格好もあんな感じだしね」

「ふうん」


 わたしはヘルミが普通の格好をしたら、美しさではライラにも並ぶとひそかに思っていた。だが服装は個人の自由だし、わたしも人のことを言えた義理ではない。


 まもなくライラと取り巻き数人が闘技場に入ってきた。リンナも一緒だ。ライラはわたしを見つけると、にこやかに手を振った。白いローブが輝いてみえる。


 こうやって遠目に見ても、ライラは魔力の大きさでは飛び抜けている。並みの学生では太刀打ちできそうにない。ヘルミがライラよりも強いということが信じ難いが、その真偽はこのあと明らかになるはずだ。


  ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎


 時間になり、参加者がそろった。

 教授が前に立ち、挨拶と注意を述べる。


 いよいよ模擬戦の開幕だ。


 組み合わせは抽選で決まる。名前が刻まれた金属球を、魔法でシャッフルして決める習わしだ。学生らは自分の出番が来るまで、観客席に陣取り、友人らに声援を送るのだ。

 こういう雰囲気は初めてで、新鮮だった。これは気持ちが高ぶる。


 闘技場は円形で、その周囲を観客席がすり鉢状に取り巻いている。

 まず最初に対戦したのは、互いに火属性の男子学生と女子学生だった。開始の合図と同時に、いきなり攻防が始まった。

 男子学生が矢継ぎ早に火球を撃つ。女子学生は火の壁で火球を受け止めると、自分も火球を撃ち返した。


 闘技場の周囲には魔法の障壁が張ってあるので、観客席に火球が飛んでくることはない。

 二人とも手数は多いが、決め手に欠けるまま時間が過ぎた。最後はポイントの判定で、男子学生に軍配が上がった。


 わたしは少しあっけにとられていた。

 男子学生と女子学生が、ほとんど探り合うことなく攻め続けていたからだ。確かに時間は三分間と短く、悠長に構えている暇はない。何よりも、模擬戦だけに、命をやり取りしていない気安さがあるのだろう。お節介かもしれないが、わたしは「もう少し駆け引きをした方がいいのでは」と感じた。


 教授が金属球を手に、続いての対戦者を呼ぶ。

「次、キーラ・キヴィ」

「あ、わたしだ!」

 隣に座っていたキーラが立ち上がる。それから対戦相手が呼ばれた。

「リンナ・ラハティ」


 キーラとリンナの対戦だ。

「うわぁ、よりによってリンナか。強い相手と当たっちゃったな」

 キーラが天を仰いだ。

「頑張ってね、キーラ」

「うん、まぁ、腹をくくるしかないよね」

 キーラはローブの上からオーバーコートのような防御服を羽織ると、わたしに手を振った。


 リンナが同じように観客席から立ち上がって闘技場へと向かう。その途中で、リンナがこちらを見た。わたしが観戦しているのを確認するかのように。

 リンナの鋭い視線は先刻から感じていた。わたしのことをライラに近づく不穏分子だとみているのかもしれない。近づいてきたのはライラであって、わたしではないのだが。


 ライラとヘルミを除けば、この闘技場で最も警戒すべき相手はリンナだろう。実力や経験ではライラより上かもしれない。何しろ、あの宮廷魔法師団ローブ・オブ・ローブスの一員なのだ。


 杖以外の武器を使う場合は、闘技場の備品を使う決まりになっていた。あまりに強力な武器を持ち込んだら、勝敗に影響するためだ。壁際に並んだ武器の中から、キーラは長い棒を、リンナは細身の剣を選んだ。


 キーラとリンナが闘技場で向かい合う。

「はじめ」

 教授の合図とともに、勝負が始まった。


 キーラは地属性の魔法使いだ。魔法使いの家系ではない彼女がここまで至るには、並大抵ではない努力があったろう。キーラの魔力は大きくないが、彼女にはそれを補ってあまりある気迫とセンスがある。


 闘技場の床は踏み固められた土だ。キーラは地形操作の魔法を使って、リンナとの間の土を盛り上げる。ほぼ等身大くらいの土塁が三つ出来た。


 リンナは剣を構えたまま、動かない。

 先ほどの学生とは明らかに違う。キーラの動きを静かにうかがっている。リンナは見たところ水属性の魔法使いのはずだが、まだ魔法は発動していない。

 そのまま数秒が過ぎる。


 キーラがしびれを切らして動いた。

 土塁のうちリンナに最も近いものが破裂し、土煙と共に無数の土弾ブレットが撃ち出された。

 リンナが直撃を受ける。

「よし」

 会心の一撃に、キーラが片手の拳を握って掲げた。


 だが、リンナには当たっていない。

 リンナは土弾を予測していたのだろう。瞬時に魔力を剣にまとわせ、その剣圧で迫り来る土弾を跳ね返した。魔力の発動のエネルギーを防御に活用したのだ。

 

 リンナがキーラとの距離を一気に詰める。

「くっ、それなら、こうだ」

 キーラが棒を構えて臨戦態勢を取りながら、今度は自分の側の土塁を破裂させた、だが、これは悪手だった。

 土煙がキーラ自身の視界を奪ってしまった。リンナは回り込むと、キーラの背中を剣のつかで打ち据えた。


 キーラは崩れ落ち、痛みで立ち上がることができない。この一手で勝敗が決した。

 回復術士が闘技場に上がり、キーラを治療する。わたしは思わず立ち上がって状況を確認した。キーラは回復魔法を受けて起きあがっていた。よかった、大丈夫なようだ。


 キーラの土弾は、リンナの攻撃を切り返す反撃カウンターとして使われていたら、もっと有効だったろう。

 対するリンナは、最小の魔力発動でキーラを倒した。無駄のない動きと冷静な判断に、実力の片鱗がうかがえた。


 キーラが観客席に戻ってきた。

 わたしは倒れ込んできたキーラを受けとめ、抱きしめる。

「キーラ、お疲れさま。良い試合だったよ」

「あぁ、残念。アイカの前で、ひとつくらい勝ちたかったんだけどなぁ」

「背中は、大丈夫?」

「まだ痛いけどね。刺されなかっただけマシと思うことにする」

 わたしはキーラの背中をそっと撫でた。


 続いて三組の対戦が行われた。

 わたしの名前が呼ばれたのは、その後だった。


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