第36話(模擬戦②)16歳

 魔法学校において、模擬戦は独特のルールで行われるらしい。三分間の対戦時間に、ポイントをより多く取るか、もしくは相手が降参したり戦闘不能になったりしたら勝ちだ。


 出場者は耐魔法性と耐衝撃性を備えた防御服を着て臨む。それでもケガをする可能性があるため、闘技場には回復術士ヒーラーも控えている。


 興味はあった。

 自分の魔法の実力を試せる貴重な機会だ。ただ問題は、どこまで手の内を見せるのか、だ。


「ねぇ、アイカ。どうかしら」

「うーん……」


 ライラの懇願の声に、わたしは考える。


 できれば時間魔法は公にしたくない。手の内を見せないで、どうやって敵と戦うのか——。将来、そういう場面は必ずあるだろう。そのための訓練にもなりそうだ。


 ライラをちらりと見ると、熱のこもった目でわたしの返事を待っていた。アレクシスとキーラまで、何だかそわそわしている。


 わたしの時間魔法は、一対一の戦闘では圧倒的に有利なはずだ。


 もちろん警戒すべきケースはいくつかある(わたしは自分が敵の魔法使いと戦う場面をいつも想像している)。


 まず、わたしの認識の外からの攻撃だ。超長距離からの魔法や思わぬ相手からの不意打ちなどがそれに当たる。


 それから、魔力の発動を抑えられる魔法も怖い。あまり聞いたことがないレアな魔法だが、わたしは終幕の魔法使いの能力がこれではないかと思っている。


 そして最後に、精神系の魔法だ。かつてルーカスから洗礼を浴びたことは今でも苦い思い出だ。


 とはいえ、校内の模擬戦レベルで、これらの希少魔法と遭遇する機会は少ないだろう。仮にそういう相手がいたら、むしろ対戦できるのを歓迎したいくらいだ。


「わかった。わたしも参加する」

 いろいろ考えた末に、ライラにそう伝えた。ライラが笑顔になった。まるで花が咲いたような清々しい表情だ。

「よかった! 嬉しいわ、アイカ」

「でも、高等科の生徒に混じって、専科のわたしが出ても大丈夫なの?」

「大丈夫よ。専科の研究生はどの授業にも出られるから。わたしからも先生に言っておくわ」


 そこにリンナが口を挟んだ。

「模擬戦は勝ち上がりの試合形式ですよね。ということは、お二人が必ず当たるとは限らないのではないですか」

「確かに、組み合わせによるわね。でも大丈夫、アイカに当たるまで、わたしは負けないから」

 ライラがこともなげに答える。

「お嬢さま、言っておきますが、わたしも出ますからね」

「ええ、いいわ。リンナ、手加減は不要よ」


 わたしは少し不安になる。

 安請け合いをしてしまっただろうか。

 手の内を見せず、できれば相手をなるべく傷つけずに勝ちたい。いまのわたしにできるだろうか。それでも模擬戦に出てみたいという思いが勝った。


「じゃあね、アイカ。闘技場で会いましょう」

 ライラが颯爽と出て行く。

 その後ろ姿を見送りながらキーラが言う。

「アレクシス、今日はサボらない方が良いんじゃない? 何しろ、謎だったアイカの魔法が見られる絶好の機会だからね」

「ちょっとキーラ、そんなに期待しないで。参加するのは軽い思いつきだから」

 わたしはそう釘をさした。


 アレクシスは顔をしかめて本気で考えこんでいる。

「うーん、確かに。サボらずに出席した方がいいのかなぁ。でも、僕は対人の攻撃魔法は苦手なんだよなぁ」


 そのとき、一連のやり取りを黙ってみていたオルガが、アレクシスを手招きした。そして何ごとかをささやく。

 オルガはアレクシスを連れて研究室から出ていくと、そのまま帰ってこなかった。

「何だか珍しい組み合わせだね」

 キーラのつぶやきにわたしもうなずいた。


  ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎


 模擬戦の時間が近づいた。

 わたしとキーラは研究室を出ると、連れ立って闘技場に向かった。


 ちなみにわたしは数日前からスクールカラーのローブを着ている。

 校内ではローブ姿の方が目立たないと思い直し、購入したのだ。着る以上は、裏地を対衝撃性に優れたものに張り替え、隠しポケットを加えるなど、徹底的に改造した。


「アレクシスったら、結局、戻ってこなかったわね。せっかくのアイカの晴れ舞台なのに」

「ううん、わたしはむしろあまり見られたくないから。全然構わないわ」


 闘技場は古王国時代のコロッセオのような趣きだった。石造りで、周囲には観客席まである。

 既に何人かの学生が到着し、対戦の準備をしている。わたしは自分よりも小柄なキーラの影に隠れるようにして、こそこそと闘技場に入った。


 場内には、教授が一人と、助手や審判を務める教官が三人、それに回復術師もいる。通常の授業より、何だかものものしい。


 わたしは若い男の教授に、飛び入り参加する非礼を詫びた。教授は「専科の研究生が授業に乱入することはしょっちゅうだから。気にしなくていい」と言って苦笑した。それから「今日は宮廷魔法師団も視察に来ている」と付け加えた。


 闘技場を見回すと、確かに端の方に銀色のローブを着た魔法使いが三人いる。そのうちの一人は背が飛び抜けて高く、漆黒の肌で、身の丈ほどの大剣を手にしていた。


 あの風貌は見間違えようがない。何でよりによってこんな日に視察に来ているんだろう。わたしは早くも参加を取りやめて闘技場から出ていきたくなった。


 横にいたキーラが声を上げた。

「わ、あそこにいるの、レオ・サーリネンじゃない?」

「えっと。そうなのかな」

「スゴいよねぇ。宮廷魔法師団・青グループのエースで、帝都随一の剣士。格好いいよねぇ」

「うん、キーラって、詳しいね」

「そりゃ、有名人だもん」

 わたしはどうしたものかと考えこんだ。レオが他人の振りをしてくれたらいいのだが、彼にはそういう配慮はなさそうだし、腹芸も通用しそうにない。


 案の定、レオがわたしを見つけて、屈託のない満面の笑みで近づいてきた。それが良くも悪くもレオだった。これがヴィルマなら、気を遣って近寄ってこないだろう。


「よう、アイカ。お前も模擬戦に出るのか」

「これはこれはサーリネン卿、ご無沙汰しております」

「澄ました顔で何を言ってやがる。つい先週もヴィルマに会いに屋敷に来ていただろうが」

「えっと、そうだったかな。はは」

「何だ、お前が出るのなら、俺も出たいな。闘技場のルールでコテンパンに負かしてやるのに」

 かたわらでは、キーラが目を丸くしている。いっそ時間を巻き戻して、ごまかそうかとも思った。だが、そこまでするのは友人に対して誠実ではない、と思い直した。


「アイカ、あなたって、何者なの?」

 キーラがわたしにたずねた。

「うん、サーリネン卿とは以前から知り合いなの。わたしの亡くなった姉が、魔法学校で一緒だったから」

「そうだったんだ」

「アイカにはたまに剣の稽古をつけてやってるのさ」

 レオが口をはさむ。

「うわ、素敵。うらやましいわ、アイカ」

「よかったら、お嬢さんもぜひ一緒にどうぞ」

「え、いいんですか? ぜひお願いします!」


 話がどんどん不穏な方向に流れてきた。わたしは、レオが余計なことを口走らないか、ひやひやしていた。


 




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