第33話(尖塔の住人⑤)16歳

 魔法学校で研鑽の日々が始まる前に、もうひとつ節目となる行事があった。


 新年度の始まりを祝うパーティーだ。生徒にとっては、とても重要なイベントらしい。

 わたしはパーティーと名の付くものにおよそ興味がない人間だが、アレクシスとキーラから出席するよう強く求められた。


「アイカは指導教授にまだ挨拶してないんでしょう。パーティーでたぶん話ができるよ」

 キーラがそう言うと、アレクシスも同調した。

「宮廷の偉い人や高名な魔法使いにも会えるしね。ルーカス皇太子も来るらしいよ」

 わたしはそれを聞いて、ますます出席したくなくなった。だが、確かに指導教授には挨拶をしたいし、ルーカスには推薦をもらった礼を伝えねばと思っていた。


「パーティーって、どんな格好で行くの?」

「女性はドレスが多いかな。でも、ローブでも構わない」

「どうしよう。どっちも持ってないよ」

「うーん、アイカって、本当に貴族?」

 アレクシスにそんな風に呆れられると、何だか落ち込む。


 そのとき、キーラが満面の笑みを浮かべて言った。

「ふっふっふ。アイカ、わたしに任せなさい」

「そうか。キーラの家は帝都随一の商社、キヴィ商会なんだぜ。キーラにローブを調達させよう」

「違うわよ、アレクシス。パーティーなんだから、ドレスに決まっているでしょう」

「おぉ、それはいいね!」


「あの、わたし、ドレスなんて別に要らないんだけど」

「ダメよ」

「ダメだよ」

 二人に強く否定されてしまった。


 アレクシスとキーラは俄然、盛り上がっている。

「アイカには黒色のドレスが似合うと思うの。黒色はたぶん誰も着ていないから、きっと目立つわよ」

「それはいいね。テーマは、そうだな『ブラックプリンセス』でどうかな」

「最高だわ。ティアラもほしいな。真珠か、瞳の色に合わせたブルーサファイアで」


 わたしは「ちょっとちょっと」と二人の会話に口をはさんだ。「わたしはむしろ目立ちたくなくて……」

 するとキーラが真顔で言う。

「ダメよ。アイカは逸材なんだから。とことんやるわよ。ここは商人の意地の見せ所だわ」

「うん、うまくいけば、パーティーの主役の座をライラから奪い取れるかもね」

「いや、奪い取らなくていいから……」


  ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎


 そして新年度の初日がやってきた。

 わたしたちはそろってパーティー会場の大講堂を訪れた。


 服装は結局、キーラに押し切られてドレスを着た。黒いシルクと黒いレースを組み合わせた凝ったデザインだ。かたわらには、なぜか侍女風のドレスを着たキーラと、執事風のフロックコートを着たアレクシスがいる。


 わたしはここに来てようやく理解した。学生というのは、無駄なことや余計なことが大好きなのだ。


 会場に足を踏み入れると、周囲のざわめきが消え、参加者の視線がわたしたちに集中した。


「キーラ、さっきからみんながアイカを見ているよ」

「そうでしょうとも。アイカの美貌と黒髪は目立つからね。キヴィ商会の威信をかけてドレスを整えたかいがあったわ」


 いったい何をやっているんだろう。

 わたしは恥ずかしくなって顔を伏せる。こんな風に注目されるくらいなら、いっそ銀色のローブを着てマスクを被っていた方が良かった。


 まもなく学生が入れ替わり立ち替わり挨拶にきた。アレクシスとキーラがわたしを紹介したが、わたしは相手の顔をまともに見られず、うつむいて応対した。


 ふと、特徴のある魔力を感じた。

 顔をあげるとライラが立っている。

 きょうのライラは髪をおろして華やかな美しさを振りまいていた。ドレスは白地に金色をあしらったロイヤルカラーで、まさにパーティーの主役だ。彼女はローブも白色だから、お気に入りの色なのだろう。


 わたしの後方で、アレクシスとキーラが「白と黒の姫君の対決だよ」などと、無責任な会話をささやいている

 ライラのお付きの者らしい二人の娘が、露骨に怪訝そうな表情を浮かべた。娘の片割れが「目立つ方がいるから立ち寄ったのだけど。あなた、どこのどなた?」と尋ねた。わたしがどう答えようかと思案していると、ライラが歩み寄ってきて、わたしの手を取った。


「アイカ、とってもきれいよ」

「ありがとうございます、ライラ皇女。いや、その、これは」

「あなたはドレス姿も似合うのね。見惚れてしまったわ」

「いや、これはわたしの本意ではないというか……」

「よければ、あちらで一緒に話しましょう。あ、わたしのことはライラと呼び捨てで構わないわ」


 ライラの目が熱っぽく、上気した顔をしている。お付きの娘が唖然としている中、私の手を引き、奥にいざなう。わたしはそのままどこかに連れていかれそうな恐ろしさを感じ、「予定があるので」などと言って断った。

 ライラの表情に一瞬、怒りの形相が浮かび、身体から魔力が漏れ出た。彼女の右手から熱気が、左手から冷気が湧き上がり、お付きの娘が思わず後ずさった。


 わたしたちは逃げるようにライラの側を離れた。

 アレクシスが「驚いたな」と声を上げた。「どうやらライラはアイカのことが本気で気に入ったみたいだよ」

 キーラも笑いながら言う。

「うんうん、アイカはやっぱり逸材だわ。わたしたちの目に狂いはなかったってことよ」


 パーティーでは、何もわたしたちだけが目立っていた訳ではない。学生の中には、もっと奇抜な格好の者も大勢いた。

 オルガに至っては、例の人形にローブを着せてエスコートさせていた。マルコと乱闘になるのではと心配したが、マルコは来ていないようだった。


 さて、わたしは、ここで一人の少女に出会う。


 彼女は薄紫色のドレス姿で壁際に立っていた。スカート丈がやけに短く、細い手足が露出している。髪の両横を刈り上げていて、ブロンドがトサカのようだ。手にした金色の棒は、杖かと思ったら星球武器モーニングスターだった。


 服装と髪型は明らかに周囲から浮いているが、顔立ちは整っている。


「アレク、あの子は誰?」

「あぁ、あれがうちの学年トップだよ。飛び級で上がってきているから、まだ14歳なんだぜ」

「可愛らしい子ね」

「あのジャジャ馬を可愛らしいというのは、アイカだけだよ。名前はヘルミ・ヴィルタネン。手のつけられない暴れん坊で、〝狂犬〟って呼ばれているよ」


 我々の視線に気付き、ヘルミがこちらに近寄ってきた。

「こら、メガネザル」

 ヘルミがそう言ってアレクシスのすねを蹴り上げる。

「痛っ」

「オマエ、いまアタシの噂話をしてたろう」

「してないよっ」

「嘘つけ、メガネザル」

 ヘルミが今度は逆の足を蹴り上げた。

「痛いって。ちょっとやめてくれよ」


 わたしはヘルミに声をかけた。

「待って。わたしがアレクに尋ねたのよ。あなたのことが気になったから」


「なんだ、オマエは」

 ヘルミがモーニングスターをいきなり私に突き出した。星型の鉄球が付いた打撃用の武器だ。わたしは軌道を読んでいたので、動かない。武器はわたしの目の前で止まった。


「わたしはアイカ。今年専科に入ったばかりよ」

「ふうん」

 わたしを値踏みするように眺めながら、ヘルミはモーニングスターを手慣れた様子で掌で玩ぶ。ドレスだからといって、武装に手を抜かないその姿勢は、間違っていない。

「オマエの魔力、何だか変な感じだな」

 ヘルミはひとしきり、わたしを眺めた後、また壁際に戻った。


 わたしはこのとき、なぜこの少女が学年トップなんだろう、と疑問に思っていた。


 ヘルミの身のこなしは確かに只者ではない。わたしの魔力を感じ取る力もある。とはいえ、ヘルミ自身の魔力は目立つ程ではないし、体格も華奢だ。どう見てもライラの方が一枚上手に見える。


 だが、そうではなかった。

 魔法使いの強さとは何か。そして強さの本質はどこにあるのか——。

 わたしは後に、ヘルミを通じてその真髄を知ることになる。


「ところで、アレク」

「うん、何?」

「あなたのあだ名、メガネザルなの? いいわね。あだ名で呼ばれるのって、何だか憧れるわ」

「違うよ! それはあだ名じゃないから!」


 宴もたけなわだった。


 わたしは窓際の席に座り、風に当たっていた。あれから指導教授をあちこち探したが、見つからず、人いきれにも疲れてしまった。


 気がつくと、銀色のローブを着た男が、わたしのそばにいる。わたしはそれが誰か、魔力ですぐに気付いた。そういえば少し前に壇上で挨拶をしていた。


「アイカ。思いのほか、馴染んでいるようだな」

「馴染んでないです。あまりにいろいろな人がいて、いろいろなことが起きて、目が回りそうです」

「それがいいんだ。そうじゃなければ、魔法学校に入った意味がない」

「そうでしょうか」

「そうだ。目まぐるしい毎日を懸命に過ごすことが大切なんだ」


「推薦、ありがとうございました」

「励めよ、アイカ」


 そう言って、ルーカスは立ち去った。


 入れ替わりにキーラとアレクシスが飲み物を持ってやってきた。

「あれ、いま、すぐそばにルーカス殿下がいたんじゃない?」

「あぁ、近くにいたかもね」

 わたしはそう言って、すっかり打ち解けた二人に微笑んだ。

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