第34話(幕間 カレフ潜入)19歳

「まったく。メガネザルが一緒だなんて。最悪だわ」

 ヘルミがそう言って、アレクシスのすねを蹴り上げる。

「痛っ、やめろよ」


 わたしは二人のやり取りを見つめた。同じような場面が以前にもあった気がした。


 わたしとヘルミ、それからアレクシスの三人は、隣国カレフ王国の首都タリアに潜入しようとしている。

 ルーカスの意向によるもので、宮廷魔法師団の一員としての任務だ。国境を超えて既に三日が過ぎた。たぶん明日にはタリア市街に入れるだろう。


 わたしは宮廷の戦略にはなるべく加担しないようにしてきた。だが、カレフはレピスト家の領地にも近く、イーダがカレフからの流民が増えていることに心を砕いていた経緯もある。両国の緊張が高まっている現状を、他人事とは思えなかった。


 今回の主な目的はタリア市民からの情報収集だ。潜入だけならわたし一人で何とかなるが、昼間も活動するならヘルミが居た方が心強い。とはいえ女の二人組は目立つので、アレクシスも同行することになった。


「アイカさま、こんな奴はここに置いていきましょう。足手まといにしかなりません」

「確かに、戦闘面ではアレクには何も期待していないけどね」

「相変わらず口が悪いな、この二人は」


 わたしたちは山あいの廃屋で夜露をしのぎながら明日以降の動きを相談していた。


「あぁ、アイカさまとタリアで旅情に浸る目論見が台無しだわ。今回のためにおそろいの新しい寝巻きも用意したのに」

「ヘルミ、心の声が漏れているぞ」

「うるさい、メガネザル」

「メガネザルって言うな、狂犬」


 こうして見ると、アレクシスの外見は学生時代とほぼ変わらない。ヘルミは髪型が昔のようなトサカではなく、伸ばして結んでいるので、雰囲気はずいぶん変わった。


 そのとき、卓上に置かれていた水盤が鈍い光を放った。アレクシスが水面に浮かんだ画像を確認する。

「おっと、お客様がお越しのようだ」


 アレクシスはちょっと変わった能力者だ。彼はもともと水属性の魔法使いだが、攻撃力は無いに等しい。その代わり、水を媒介にして、様々な情報を集めたり記録したりできる。


 いまは魔力を込めた水を廃屋の周辺に配置して、敵が写り込むのを待っていたのだ。足手まといどころか、アレクシスは斥候や索敵には適任だった。


 アレクシスが地図を広げて敵の位置を示した。

「二人いるよ。そのうち一人は廃屋にかなり近づいている」


「じゃあ、近い方の一人はわたしが相手をするわ。もう一人は、ヘルミ、お願い」

「アイカさま、お安い御用です。拘束しますか?」

「素性は調べたいけどね。無理はしないで。逃げたら放っておいて構わないから」

「承知しました」


 ヘルミが一瞬で姿を消した。

 夜間に正体不明の敵と応戦したとしても、ヘルミなら何も問題はないだろう。


 わたしも廃屋の外に出た。

 月明かりがまぶしいほどだ。

 敵の位置は分かっている。まずは出方を見るつもりだったが、外に出た途端、敵が襲いかかってきた。黒装束の男だ。剃刀のような刃物で、わたしの喉元を狙ってきた。


 間違いない。男はわたしたちに明確な敵意を持っている。そして魔法使いではない。


 わたしは敵が攻撃を仕掛けた瞬間に、加速魔法を発動していた。時間魔法の一種で、自分自身の動きを速くできる。わたしは十倍の速度で、敵が執拗に打ち込む刃物を楽々とかわした。


 加速魔法は制御が難しいが、戦闘時は時間停止よりも使い勝手がいい。相手の出方に応じて動くことができるし、発動の手間も魔力の消費も圧倒的に少ないからだ。


 わたしは相手の背後に回り、短剣で刃物を打ち落とす。男の後頭部をつかむと、その場に押し倒した。そのまま背中を踏みつけ、男の肩に短剣を突き立てる。


「誰の命令でここに来た?」

 男は答えない。わたしは短剣をいったん抜き、反対の肩に突き立てる。男がうめいて口を開け、何かを話そうとする。その言葉を聞き取ろうとした時、男が突然血を吐いた。


 わたしは瞬時に離れて距離をとる。男が自爆したり毒を撒き散らしたりするのを警戒したのだ。男は口内に仕込まれた毒を飲んだらしい。そのまま動かなくなった。


 遺骸を調べたが、暗器のほかに手がかりはなかった。玄人の暗殺者アサシンであることは間違いないが、魔法で強制的に操られていた可能性もあるだろう。


 まもなくヘルミが戻ってきた。

「アイカさま、申し訳ありません。拘束しようとしたのですが、自害しました」

「こちらもよ。ヘルミ、怪我はない?」

「あイタタタ、頭が痛いです。アイカさま、撫でてください」

 わたしが言われるままにヘルミの頭を撫でていると、廃屋からアレクシスが出てきた。


「何とも中途半端な夜襲だね」

「アレク、どう思う?」

「タリアに入る直前で仕掛けてきた。ということは、カレフの人間とは考えにくいな。カレフなら我々の狙いを見定めるだろう」

「そうね。わたしもそう思うわ」

「それから暗殺者を使った点も気になる」

「というと?」

「我々が魔法使いだと知っていたから、わざと魔法使いではない人間を送り込んだのかもしれない。魔法使いを雇うと、足がつきやすいし」


 わたしはアレクシスの言葉は一理あると思った。魔法使いは魔力の検知にはたけているが、魔法使いではない人間の不意打ちや物理的攻撃には意外に脆い面があるからだ。


 アレクシスがなおも言う。

「帝都を出る前に、タリア入りの話を宮廷内で根回ししておいたんだけど。その結果がこれかもしれない」

「宮廷に糸をひいた者がいるの?」

「もしかしたらね。まぁ、暗殺者が二人だから、上手くいけば儲けもの程度の思いつきだろうよ」


 今回、ルーカスはカレフとの戦端を開くことに慎重な姿勢を示している。だが宮廷では主戦派が声高になっているようだ。

 我々はルーカスの傘下だと思われている。もしかすると主戦派からの牽制が、こうした歪んだ形で表れたのだろうか。


「ただの嫌がらせにしては、常軌を逸しているわ」

「さて、とりあえず、お二人は先に休んだら? 見張りは僕がするよ」


 夜明けまではまだ時間がある。

 わたしとヘルミはお言葉に甘えて廃屋に戻った。

 ヘルミがわたしの寝袋に猫のようにもぐりこんできたので、身を寄せてそのまま目を閉じた。


 明日はいよいよタリアに入る。生まれて初めて訪れるカレフの首都は、果たしてどんな街なのだろうか。わたしはまどろみながら、まだ見ぬ景色に思いをはせる。





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