第13話(幕間 軍議の後)19歳

 皇太子ルーカスは、一筋縄ではいかない。


 女性と見まがうような端正な顔立ちだが、外見に騙されたら痛い目に合う。彼は人間の弱さをよく分かっていて、隙を見せた途端、そこを的確に突いてくる。


 皇帝の息子という生まれついての為政者が、どんな人生を歩んだらこういう陰険で周到な人間になるのか。


 軍議の途中、そんなことをつらつら考えていたら、本人ににらまれた。そして、わたしは軍議の終了後、彼の私室に呼び出された。


「アイカ、円卓にいつのまにか置かれていた花束はお前の仕業か?」

「さぁ、存じません」

「ぬかせ。そもそも俺はお前が会議場に入ってくる所を見ていないのだがな。気がついたら座っていたようだが」

「人目につかぬよう、重臣たちの影に隠れて入りましたから」

「ふん。まあいい。誰か、花器をよこせ」

 書記官のアレクシスがガラスの壺を持ってくる。


 それからルーカスは自ら花をいけた。彼はこういうものを捨てたり、ないがしろにしたりしない。傲岸不遜のように見えるが、さすがだと思う。


 私室にはルーカスの側近が集まっている。


 懐刀で副官のエリアス。

 事務能力が高いアレクシス。

 攻撃魔法に長けた女性、ヴィルマ。

 護衛で帝都屈指の剣士、レオ。


 全員が魔法使いで、わたしと同じく皇太子直轄の宮廷魔法師団に所属している。わたしは時間魔法の能力をなるべく他人に知られないようにしているが、彼らには明かしている。


 わたしはルーカスに宮廷魔法師団に入るよう求められたとき、条件を出した。


 ひとつは、帝国の戦略には協力しないこと。

 もうひとつは、わたしが探し求めている仇敵「終幕の魔法使い」に関する情報を寄こすこと。


 ルーカスはその条件を飲んだ。


「アイカ、軍議では不満そうだったな」

「別に。不満なんかありませんよ」

「嘘をつけ。議論の後半あたりから、文句を言いたそうな顔をしていた」


 相変わらず、よく見ている。

 確かにわたしは今日の話し合いには異論があった。

 戦力にはならないと言っているわたしが文句を言う筋合はないのだが。


 隣国カレフ王国との関係がここ数週間、きなくさくなっている。

 今日の軍議は、緩衝地帯ともいえる帝国東部の村落で、両軍の軍事衝突を引き起こす謀略に関するものだった。


 なぜ、わざわざ国境の緊張を高める必要があるのか。わたしはそこに疑問があったのだ。小競り合いを起こす理由がわからない。国境付近の住民には迷惑な話でしかない。


「じゃあ、お前なら解決できるのか」

 ルーカスがわたしに問う。


 わたしは思わず夢想する。カレフの軍拡路線は、現在の国王が就任したことで拍車がかかった。彼を思いとどまらせることが出来れば、政権の針路が変わるのではないか。


「駄目だな」

 わたしが答える前からルーカスが言った。

「まだ何も言ってません」

「アイカ、物騒なことを考えていただろう。お前はその気になれば、有能な暗殺者アサシンになれるだろうがな」

「暗殺なんかしませんよ」

 相変わらず失礼なことをずけずけと言う。

「同じことだ。誰かを懲らしめたところで、それで国同士の因縁が解決するわけじゃない」


 わたしは返答出来ずに黙り込む。

 暗殺をしようとは思わないが、それに近い発想で考えたのは確かだ。時間を停止して、カレフの国王に何かできないかと考えてしまった。


「だ、そうだ。エリアス」

「興味深いですね。アイカを戦力に数えることができたら、攻め手が広がるのですけどね」

 エリアスは微笑む。ルーカスに輪をかけて食えない男だ。ルーカスを制御できるのは宮廷でもエリアスしかいない。


 そこにレオが口を挟んだ。明朗闊達な口調で。

「俺はアイカの発想は嫌いじゃない。本丸を攻めるのは、わかりやすくていい」

 いや、お前と一緒にするな。身体が剣でできているような男に、同類と思われたくない。


「知りたいのは、緩衝地帯の連中の真意だ」

 ルーカスが端的に言った。


 わたしもそれでようやく気付く。

 何かことが起きたときに、国境周辺の集落がどちらになびくのか。本格的に戦争が起きる前にそれを見極めるため、揺さぶりをかけようとしている。


「あともうひとつ。こいつらの動きも警戒したい」


 そう言って、ルーカスは紙を見せた。

 「Y」が逆さになった紋章が記されている。

 逆Y字。言うまでもなく、新興の教団「新しき光」の紋章だ。


 内乱の火種が燻る地域には、必ずこの教団の影がちらつく。カレフとの衝突で、教団がどういう役回りを演じるかも見たいのだろう。


「教団の方は、お前の支援も期待したい。無理にとは言わんがな」

「承知しました」

 教団の動きは、わたしにも関心のある話だ。


「アイカ、お前はもっと大局を見ろ」


 ルーカスのその言葉は納得がいかなかったが、言い返すことができなかった。いまのわたしには、実績も説得できるだけの材料も、何もないからだ。


 かたわらにいたヴィルマがわたしの肩に手を置く。わたしを励ますつもりだろうが、その気遣いが、いまは何だか辛い。


 わたしは腹を立てた。誰かにではなく、自分自身に。そこで、時をとめると、黙ってルーカスの私室を出た。


 時の流れが元に戻ったら、わたしが急に部屋から消えることになる訳だが、彼らなら、別に構わないだろう。


 わたしは雪の中をひとり歩く。

 わたし以外に誰も動くものはなく、光さえも揺るがない、静かな世界の中を。


 帰ったら、ヘルミに温かいミルクを入れてもらおう。その思いつきはなかなか良かった。


 そうやって、誰かの優しさにすぐにすがろうとするのは、わたしの悪い癖だ。

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