第14話(時の魔女①)11歳

 景色が白い。

 廊下も壁も天井も真っ白だ。

 わたしは白い回廊を歩き、白い階段を上った。


 少女がひとり、広間にいた。

 まだ幼く、わたしより歳下のようだ。

 白い繻子サテンのワンピースを着て、椅子に座っている。


 わたしは少女の髪に目を奪われた。

 長い三つ編みが生き物のようにゆらゆらと宙を漂っている。


 少女がこちらを見た。

 と思ったら、次の瞬間、わたしの目の前にいた。

 わたしは驚き、一歩、後ずさる。


「まだ早いな。ここに来るのは」

 少女がつぶやいた。見かけに似合わず、大人びた口調だ。


「あなたはここに住んでいるんですか」

 わたしは質問したが、少女は答えない。


 答えない代わりに、少女はつぶやき続ける。

「あの魔導書グリモワールには魔力が残っていたとはいえ。扉がつながったのは偶然なのか、必然なのか」


「あの、わたし、アイカといいます」


 今度はわたしの言葉に反応した。

「知っている。アマンダの娘だな」

「は、はい。そうです。わたしの母をご存知ですか」

「ま、多少はな。お前のこともな」

「わたしのことも?」


 少女はそこで、いたずらっぽく笑った。

「お前に『アイカ』と名付けたのは、わたしだ」


 わたしは改めて少女の顔を見つめた。

「あなたは、どなたですか」


「アルマ・レインだ。時の魔女と呼ぶ者もいるがな」


 その名は知っている。

 黒髪のアルマ。わたしの曽祖母だ。

 ずっと前に亡くなったはずの曽祖母の名前を、この少女がなぜ名乗っているのか。


 ゆらゆらと動く髪の毛は黒く、わたしを見つめる眼は青い。

 少女は、わたしによく似ていた。


  ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎


 発端は少し前にさかのぼる。


 その日はヨナスが帝都に帰る日だった。

 わたしとソフィアはそろって見送りにいった。


 ヨナスは並んで立つわたしたちを見て笑みを浮かべた。我が意を得たり、という表情だ。

 「この数週間でずいぶん仲良くなったな」

 「ヨナスがソフィアに、本を貸すように頼んでくれたおかげだわ」

 「それは何よりだ」


 ソフィアが言う。

 「アイカのことは心配いらないわ。わたしが面倒をみるから」

 「ああ、よろしく頼む」


 こうしてヨナスを機嫌よく送り出すと、わたしたちは顔を見合わせて笑った。

 「アイカ、じゃあヨナスが居なくなったことだし、実行に移しましょう」

 「うん。そうしよう」


 向かったのは図書室だ。

 レイン家の図書室は独立した離れとして、内庭に建っていた。石造りの塔で、外観は時計塔のようにも見える。


 ヨナスはわたしが図書室に入ることを認めていないので、わたしたちは彼が帝都に戻るチャンスを狙っていた。


 ソフィアが先日、わたしに提案したのは、この図書室の探索だった。

「アイカの悩みを解決する手がかりがあるかもしれない」

「図書室に?」

「うん。実はね、最上階に『魔女の部屋』があるの」

 レイン家の魔法使いが代々使っている部屋だという。


 魅力的な提案だった。

 魔法が使えない現状が本当に解決するかどうかは別にしても。図書室には前から行ってみたかった。しかも「魔女の部屋」があると聞いたら、がぜん興味がわく。


 ソフィアが持っていたのは、魔女の部屋の鍵だ。ソフィアの母アンナの遺品だった。部屋はいまは使われておらず、開かずの間になっているそうだ。


 塔の玄関も普段は鍵が閉まっていて、ヨナスしか出入りできない。その鍵はソフィアがヨナスの部屋からこっそり拝借した。

 

「ソフィア、はやくはやく」

「待って、アイカ。図書室は逃げないわよ」

 わたしとソフィアは内庭を横切り、足早に図書室に近づいた。

 ソフィアが扉の鍵を開けようと試みる。

「ちょっと待ってて」

 回すのにコツがいるようで、時間がかかった。


 わたしはその間、内庭を見渡す。

 ふと視線を感じた。誰かに見られている気がする。

 庭師か使用人だろうか。後でヨナスに告げ口されたら面倒だ。

 内庭に出て周囲に目を凝らしたとき、何かが足元で光った。


 「何だろう」

 銀のティースプーンが落ちている。

 誰かが落としたのだろうか。拾い上げようとしたとき、ソフィアがわたしを呼んだ。

 「アイカ、開いたわよ」

 見る限り、周囲には誰もいない。とりあえずティースプーンはそのままにして、わたしはソフィアのもとへ戻った。


 塔の中は圧巻だった。


 わたしとソフィアは中心部に立って上方を見上げた。壁のステンドグラスを通して、光の帯が差し込む。光に照らされて細かなほこりが浮かび、きらきらと輝いている。


 ずいぶん昔に建てられた由緒ある建物だそうだ。円筒形のがらんとした空間で、高さは十数メートル位あるだろうか。内側の壁が全て本棚になっている。


 「すごいわ、ソフィア」

 「ね、すごいでしょう」

 「こんなにたくさんの本、初めて見た」

 「帝都にもここまでの図書室はなかなかないと思うわ」


 わたしは手近な棚の背表紙に目をやる。

 前から読みたかった叙事詩の写本があった。手に取って、その美しい革表紙に目を奪われていると、ソフィアが言った。


 「ふふ、気持ちはわかるわ、アイカ」

 「あ、ごめん。ソフィア。思わず手に取っちゃった」

 「さぁ、上にあがろう。ここで本を読みだしたら日が暮れちゃうから」


 本棚に沿って、らせん階段が上に伸びていた。所々に足場が設けられ、階段の途中で本を選べるようになっている。

 まずはソフィア、それからわたしの順で、階段を上った。


 階段は木製で、上るたびにギシギシと音が鳴る。階段の幅は細く、柵も細い手すりがあるだけだ。正直言って、こわい。

 「アイカ、大丈夫?」

 「うん、何とかね。なるべく下を見ないようにする」


 階段を上り切ると、板張りの天井に突き当たる。天井板の一部が跳ね上げ式の扉になっていて、上階に続いていた。


 上階は物置を兼ねた小部屋だった。掃除道具や梯子などが並び、その奥にさらに扉があった。


 「ここの鍵のはず。わたしも来るのは初めてだけど」

 ソフィアが言った。

 古めかしい扉だ。装飾が施された、天井裏にはそぐわない、重厚な造りだった。


 ソフィアが鍵をさしこむ。

 カチリという乾いた音が響いた。だが、扉は開かない。


「あれ、鍵があいたと思ったのに」

「さっきの玄関みたいに、うまく鍵が回っていないのかな」

 ソフィアが慎重に鍵を回し直す。解錠された音がするが、扉は微動だにしない。


 わたしは扉の正面に掲げられた金属プレートに気づいた。砂時計をデザインした模様が描かれ、下半分が空白になっていた。ちょうど手のひら位の大きさだ。


 こういうプレートをわたしはレピスト家の屋敷で何度も見ていた。鍵と魔力を組み合わせた、魔法使い専用の扉だ。


 わたしは右手をおそるおそる、プレートの空白部分に近づけ、そっと触れた。

 わたしの魔力に反応してくれるだろうか。


 すると、「ジー」という音がして、プレートの砂時計が回転した。そして、ガチャリという金属音とともに、扉が開いた。




 







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