第44話(上)真なる敵、妖鳥降りたりて

 目を瞑れば、その光景はいつでも思い返すことができた。


 とある山間の、牛や山羊を放牧して暮らす遊牧民の集落。

 決まった住処は無く、テントや僅かばかりの家財だけを持って、慎ましく生活していた。

 時には盗賊に襲われることもあったが、集落の大人は手練揃いで、ほとんどが返り討ちだった。

 その集落で過ごすようになったのは、まだほんの幼い頃で。

 最初の頃は、慣れない気候で体調を崩してばかりだった気がする。

 家畜の世話など、街住まいの頃はついぞしたことがなかったから、悪戦苦闘したものだ。

 でも穏やかな空気や風が運ぶ草原の匂いは、きっと嫌いではなかった。

 優しくて世話焼きな母に見守られて。

 子分のような年下の友達もいつの間にかできて。

 それでもその記憶が美しく思えないのは。


「今日からここが俺達の住む場所だ。くれぐれも村の大人達の機嫌を損なう真似はするなよ。特にあの里長さとおさ、忌々しい海蛇の末裔にはな」


 きっと。

 大嫌いだった父親の、酒焼けした声を思い出してしまうのが、全て悪い。

 その枯れ木のように骨ばった手に引かれて、遠く孤島の島国にやってきた。

 それが悪夢の始まりだった。


「あの男には勝てぬ。だが奴の首を持ち帰らねば祖国には帰れん。機会を窺うのだ。子供の方が油断を誘える。故郷で母親と暮らしたいのだろう」


 子供に暗殺を仕込む、下衆な父親だった。

 自分にできぬことを子にやらせて、その手柄を掻っ攫う算段を立てるような、誇りも仁義もないクズ。それでも、頑張れば或いはと、あのときは希望を持っていた。

 母と故郷に帰れるのだと。

 幼い頃、母と訪れた草原の花畑に至れるのだと。

 だが現実は残酷で。

 父の癇癪や八つ当たりから、我が子を守り。

 集落からの冷笑と差別で苦悩する父を、それでも慰め続け。

 誰からも守られることなく、母は病で苦しみ。

 息も切れ切れで、日に日に弱り続けて。


「お父様を恨まないであげてね。あの人自身が、今の自分を悔しく思っているの」


 父がいない自宅で、それが最後の言葉になった。

 弱りくぐもっていた声は、何故かに、耳に残った。

 その声も、今では思い出せなくて。

 もう一度だけ、美しいものが見たかった。



「おい、聞いているのか! エルネスト・ジズサーラ!」


 耳元で叫ばれ、エルは意識を現実に戻す。

 目の前では、ミリー公爵と側近達が睨みつけてきていた。

 エルは報告のため、本陣に帰参していた。陣営内では、既に奇襲成功の報せが入っている。

 風使いエルの先導により、本隊は接敵すること無く街道付近の森林地帯を突破し、西門に殺到していった。

 王都の門番は、梯子はしごを掛けられるまでミリー公爵の軍に気付かなかった。

 より正確に言えば、哨戒中の兵士に視認されるケースはあった。だが、分かっていたかのような位置どりをしていた別働隊が食い付き、敵は王都守備隊への連絡どころでは無くなっていた。

 前代未聞の急襲を成功させた褐色の風使いは、西門攻略開始に合わせて、ミリー公爵の元へと帰還していた。


「話が違うぞ、いったいどうなっておるのだ!」

 

 順調な滑り出しに思われたが、このように総大将であるミリー公爵の周囲だけは、参謀達が揃って難しい顔をしていたりと、雰囲気がおかしかった。

 ある種の予感を感じてエルが姿を現すと、特にしかめっ面をしていたミリー公爵が、恨みがましい目でエルを睨み、そこから叱責が始まった。

 欠伸が出そうになると思っていた矢先、どうやら本当に夢現ゆめうつつの状態にあったらしい。


「騒がしいものだな。こっちは一仕事終えたばかりだというのに」


 戦が開始されただけあって、野営地に人の姿が少ない。輜重しちょう隊さえ、攻城兵器の運搬でその多くが出払っていた。

 今は一部の後方支援部隊と参謀クラスの人員だけが、本陣に詰めている状態になっている。


「西からは我らが、北からクラオン公爵が軍を進める手筈だった。だが攻城戦を開始したのは我らだけ、クラオン軍は野営地から一歩も動いておらん。二軍を誘導するのはお前の役目だろう」

「そのことだが、敵守備隊の妨害に遭って、風術を使った伝令が上手く届いていないようでな。存外、あちら側も良い術使いを用意していたらしい」


 ミリー公の顔が不機嫌そうに歪む。それを分かったうえでエルは、特段へりくだるわけでもなく、淡々と流すような態度を取る。


「二つの軍でも同時に先導できると、大言を吐いたのは貴様だろう。どう責任を取るつもりだ」

「今から俺が直接クラオンの陣に出向く。挟撃にはまだ間に合う」

「ならばこんな所で言い訳していないで、とっととクラオンのケツを叩いて来い!」


 現状を伝えに来ただけで、酷い言われようだった。

 まだまだ戦は序盤に過ぎない。予想外の事態など、ここからいくらでも出てくるというのに。

 半ば追い出されるように、エルが天幕から出ていく。だが、その顔にはまだまだ余裕があった。


「こちらにも、クラオン家の進軍停止理由は届いていないか。これは決定だな」


 実のところ、敵の妨害で伝令が失敗した等とうそぶいてみせたものの、それらは全て虚言であった。

 クラオン公爵軍の不自然な動きにエルは気付いていたが、敢えて放置していた。

 理由は二つ。

 出来る出来ないを別にして、二つの軍を別々に先導するのは、やはりそれなりに手間だったこと。

 もう一つは、そもそもクラオン公爵の企みに見当が付いていたということ。彼らが動かない選択をした分には、当面問題は無いという判断があった。


大戦おおいくさはこうでなくては。使い捨ての駒でさえ、思いもよらぬ動きで場を掻き乱す」


 ミリー軍本陣で情報を得たことで、クラオン公爵の動きが想像した通りだったことを、エルは確信していた。

 予想外の出来事は、受け入れて楽しむのが彼の信条だ。大事なものは己の命で、それさえ担保できれば、後はどうとでもやり直しできる。


「さてウォーミングアップの内容は決まったな。いよいよこれの本領発揮だ」


 腰のあたり、吊り紐で結び留めた剣の柄を握る。

 その剣には鍔から先、すなわち刀身が存在していなかった。握り部分は短く、短刀用の柄といったところだろう。この妙な武器こそが、エルネスト・ジズサーラの切り札だった。

 それはアルノーの内乱の頃、ベルサを介しソロン帝国から手に入れたものだった。

 元を辿ればエルの先祖が扱っていた、由緒正しき聖遺物である。紆余曲折を経てようやく、元の所有者一族の手に戻った。

 

「結局は、自分の手を汚すことになるか。残念だ。こういう寸劇は、客席で見物するに限るのだが」


 王都に送り込んだ弟分は、惜しいところまで行ったものの、結局は身内の手によってたおれた。

 故に今度は、己の手でリデフォール王国を消し去る。それで復讐は完遂する。


「……元はそれすら、ついでだったんだがな」


 アルノー達ならば、或いはと思っていた。

 だがそれすら、今となっては芽が無い。

 あれほど焦がれた美しいものは、もうどこにも無いと分かったから。

 見るべきものが無いのであれば。

 それはきっと、無くても構わないものだから。

 無数の思惑が絡み合う王都近郊にて。

 熱くもなく冷たくもない、ただ無性にさわりを感じる風が渦巻いていた。




 ミリー公爵の陣地がある林を抜け出ると、目の前には湖が広がっていた。ここから西進すれば旧大聖堂跡、幼馴染の没地だろう。

 獲物を追う肉食獣を思わせる速さで、湖岸まで到達すると、エルは躊躇なく、そのスピードのまま大きく跳躍した。


「たかだか、対岸が視認できる程度の距離。回り道するのも面倒だ」

 

 風向きを操作して、自らの体を風に乗せる。

 南岸から北岸へ。直線距離だとしても人間が歩けば四半刻はかかる距離を、エルは風術による保護を受けて一息に飛び越えた。

 砲弾もかくやという勢いだったにも関わらず、極めてスムーズな動作で着地、再度走行を開始する。

 恵まれた体格からくる筋力と鍛え抜かれた体幹を活かした姿勢制御で、エルは並の風使いでは到達し得ない高速移動を体現していた。

 やがて彼の目の前には、もう一つの王都攻めを目論む勢力の野営地が見え始める。


「風術で探って、分かってはいたが。やはり人の気配が多いな」


 武装した兵士の姿は見えるものの、城門攻略に乗り出そうとする準備が無い。

 もちろん本陣警護のための人員は、そこかしこに立っている。


「いちいち捕まってやることもあるまい。手っ取り早く行くか」


 エルが再度大跳躍を見せる。

 呆気に取られる兵士達を置き去りに、エルは野営地で最も大きな天幕の前に着地した。

 警備兵に制止させられるよりも前に、入口を乱暴に開く。中には予想通りお目当ての人物、クラオン公爵がいた。

 問い詰めようとして、すぐさまエルは足を止める。

 天幕内には大勢の兵士が詰めていて、そのうえで槍を構えて待ち構えていた。


「思ったより早かったな情報屋。だがこちらも、丁度出迎えの準備ができたところだ」


 武装した兵士が、エルの背後からも現れる。事前に指示が出ていたのか、統率された動きで瞬く間に取り囲む。


「大方ミリー公爵にせっつかれて、やって来たか。余所者は辛いな。計画外の事態に陥れば、すぐにスケープゴートの憂き目に遭う」


 他人事のようにクラオン公爵がのたまう。だがエルもまた、焦りのない表情で周囲をぐるりと見回す。


「当初の話と違うようだが。城攻めはどうした」


 遠巻きに見た時は、お世辞にも戦支度をしているように見えなかった。

 むしろ天幕をほどき輜重を整理しつつ、王都に向けて斥候を放っていた。明らかに陣替えする腹づもりである。


「こちらを動かす前に、単独で攻め入ったのはミリー公爵の落ち度。付き合うのはここまで良かろう」

「現状はミリー家で事足りているが、最初だけだ。現戦力では囲みが足りん。王都側の準備が整えば、押し返されるのは目に見えている」

「ならばその後で、王都の兵を片付けるまで。ミリー軍は良い囮になってくれるだろうな。とはいえ、共闘を取り付けたお前としては立場があるまい」


 囲んだ兵士達が、穂先をエルに定める。

 クラオン公爵は、あくまで情勢が確定するまで動かない心算だ。というより、最初から漁夫の利を考えていたのだろう。

 両陣営が戦い疲弊したところを、クラオン家が横から諸共突き崩す。同盟を結んでおいて卑怯極まりないが、王室とミリー家が共倒れになれば、それを責める勢力はいなくなる。確かに、最小の手で実権を牛耳ることができるだろう。

 それも、リデフォール国内に限った話ではあるが。国外でそのような小狡い策略が、評価されるわけも無い。

 むしろ軍事力の低下を招き、他国が攻め込む要因になりかねない。


「視野の狭い考えだ。今までロベールが全権を握っていた理由が分かる。これでは、何も預けられん」

「何とでも言え。そもそも権力を得るために手段を選ばないのは、叔父上の教えよ」


 やはり、分かっていない。

 ロベールは北大陸の騒乱を鑑みて、いずれ戦火がリデフォールを呑み込むと睨み、急いで軍拡とそのための基盤作りをしていた。

 急激な徴税と反乱分子の粛清は、あくまで国を纏める手段だろう。清濁を呑み込み富国強兵を推し進めたのは、全ては国の守護のためだ。

 同じ権力集中を目指すうえで、現クラオン公とは見据えていたものが違う。

 悪を為すうえで美学がない。

 底の浅さが見るに堪えない。

 泳がしたところで、楽しくなる展望が見えない。

 少なくとも自分の描く地獄絵図には、この男は不要である。

 ならば、もうここでよい。

 

「どうした情報屋、恐怖で言葉もないか? では今日までの協力、誠に大義であった」


 クラオン公爵が腕を振り、配下の兵士に合図を送る。それを皮切りに、構えた槍をエルに向かって突き出して。


「それでは困る」


 突如として、エルの体が光に包まれた。それに合わせて、エルを中心とした上昇気流が発生する。クラオン家の兵士達はいきなりの強風に煽られ、全員勢い良く転がる。

 金具で固定された天幕も巻き上げられ、空を舞う。椅子や卓もそこらで飛ばされていき、本陣跡には、深く埋め込まれた数本の杭が残るのみだった。


「いっぺんに片付くのが理想だ。一箇所に群れて貰わねば、手間が増えて仕方ない」

「情報屋風情が舐めおって。術師共、用意!」


 急いで立て直した兵士数人が、クラオン公の前に出る。身に付けた指輪や腕飾りに光が満ちていくと、彼らはそのまま揃って手の平を地面に被せた。大地が震え、隆起を始める。瞬く間に、エルを囲うように土壁が現れた。

 土壁の隙間は狭いうえ、重装兵が短槍を構えているのが見える。近付けば直接串刺しだが、留まっていてもいずれ槍を投擲される。

 風使いに対する定石の構えだ。正面からのぶつかり合いでは、風使いは土使いに勝てない。

 突風をぶつけるか、速度を乗せた接近戦が風術師の主戦法だ。だが土壁を壊すほどの突風を、単独で生むのは難しい。

 地術師と重装兵はそれぞれ十人ずつ程度。さらにその外側を本陣詰めの兵が百程度。いずれもクラオン領軍の中枢を成す精兵なのだろう。


「こちらには土使いがいる。後方支援専門の風術師が、真っ向から渡り合おうというのが間違いだ」


 勝ち誇ったかのように宣言するクラオン公を、エルは冷ややかに見つめる。

 実のところ、突破は不可能では無かった。

 土壁は厚いが低い。風術で跳躍を補強すれば越えられる。重装兵も一列のみなので、初撃だけを躱すか受ければいい。

 如何にも現クラオン公らしい布陣だ。形だけそれらしく整えているが、薄っぺらくて本義を考慮していない。

 抜けた後は、クラオン公の首を取って速やかに撤退する。遠巻きに包囲している連中は脅威にならないだろう。そこまで考えて、エルは腰の剣帯に差した、剣身の無い柄に手を伸ばす。


「まあ、視野狭窄と馬鹿にはしたものの。切り札の試技には丁度良い」


 エルが左手で、柄を剣帯から外す。逆手のまま柄を持ち上げ、胸の前でナイフを構えるように翳す。

 大気が揺れる。気流が渦巻きエルの元の集まる。

 風が柄の先に渦巻いていき、次第に七色の輝きを見せていく。


「剣身のない柄だと。そんなもの何になる」

「クラオン家の人間ならば、知っていてもおかしくないはずだが。つくづく、ロベールから信頼されていなかったな」

「ほざけ! もういい、やれ!」


 土壁の合間から槍が飛んでくる。

 エルは構うことなく、短く呟いた。


虹剣こうけん、展開しろ」


 刀身の無い柄の先から、虹色の光が放出される。

 光は周囲の空気に溶け込みながら広がり、一瞬で広範囲の領域を、エルが掌握する。

 今ならば例え遠かろうが近かろうが、空気であればその全てを、粘土でも捏ねるかのように操れる。

 ごうっという、風音が響いた。

 風というには生ぬるい、衝撃波がエルの周囲に発散される。

 投擲された槍がひしゃげながら、真逆の方へ飛んでいく。

 強化された壁が半ばで砕かれ、辺りに土砂をばら撒く。

 重装兵や地術師が、胴を分かたれて内臓を溢しながら絶命する。

 それらが、瞬きの合間に起こった。

 

「……な、何だこれは」

 

 配下だったものの血飛沫を浴びて、クラオン公が呆けたように言う。

 周辺で生き残ったのは彼だけだった。遠巻きに囲っていた連中は無事だったものの、誰もが驚きでその場に縫い留められていた。


「む、全員巻き込むつもりだったが。この距離でも死角ができるか。試し撃ちの甲斐があったな」

「風の刃だと! そんなものは実現性皆無だと聞いているぞ!」

「よく知っているな、その通り。これは風の刃とは似て非なる代物だ」


 魔石を使った風術では、風の刃は作れない。

 風、すなわち空気の流動では突風を生むのが精々で、どうあっても人間の肌を切り裂けない。

 生成した風に金属片など混ぜれば殺傷力を保った切り裂く風ができるだろうが、それを大多数の人間がイメージする風の刃だと言っていいものかどうかは、判断が分かれる。

 或いはクラオン陣営に腕の良い風使いがいれば、不自然な気圧変化にもっと不審を募らせたのかもしれないが。

 どのみち防げない以上は意味は無いと、エルは判断していた。風術師は、エルには勝てない。


「地術師の防御も崩せると分かったのは収穫だな。獣の巫女と対峙したときの想定ができた。こればかりは、誰かが地術師を用意してくれないことには試せなかった。とはいえあの女が、両断した程度でくたばるのかという疑問もあるが」

「ぬ、ぬう。情報屋、貴様何者だ?」

 

 クラオン公の声には、恐怖が宿っていた。彼の目には褐色の青年が、得体の知れない生物として写っているのだろう。

 そのことにエルは、満足感を覚えた。ただの人間であることなど、とうの昔に止めている。


「この期に及んで、俺が何者か、とはな。お前は情報屋としか呼んでいなかったし、さては覚えていなかったか。エルネスト・ジズサーラ。偽名ではあるが、ほぼほぼ本名と変わらん」

「ジズサーラ。……まさかジズ・サーラか! 何故ジズの一族がリデフォールにいる! お前た」


 クラオン公が、言葉を途中で止める。

 不思議そうに口元に手を当てるが、そこには何も無い。クラオン公の顔が次第に青くなっていく。


「居たんだよ。十年以上前から、大海蛇の水晶リヴァイアサンの確保を命じられてな。まあ早々に敗れた挙句、手下として振舞っていたが。それもこれも、親父殿までの代の話だ」


 クラオン公は喉元を必死に抑えるが、意味のない行為だった。そのまま倒れ込み、痙攣を繰り返す。顔は苦痛に歪み、血色不良で変色し切っていた。

 酸欠死としては、極めて標準的な死に様だった。

 虹色の風を渦巻かせる柄を構えつつ、エルは充足気に頷く。


「この技ならしっかり射程内に収まるな。精密性、即効性も中々だ。調整すれば拷問にも使えるか」

「こ、公爵閣下! おのれ貴様っ!」


 周りにいた騎士達が一斉に突っ込んで来る。

 だがあまりに遅い。

 エルを斬るのならば、風よりも速く駆けなければ勝機は無い。


「次は大規模出力だな。妖鳥の風晶ジズよ、輝け。四大の魔石、その本領を示せ」


 柄からほとばしる虹色の輝きが、光を強める。

 先程とは比較にならない轟音が、辺り一帯に鳴り響いた。

 空気が唸り、音よりも早く放射状にはしっていく。

 木々も、草花も、天幕も、家畜も、人も。

 巻き込まれた何もかもが、風術によって切り伏せられる。

 切り潰す暴風の一撃は、すぐに止んだ。

 深い緑の香りに土が混じり、更には血臭が仄めく。

 それは嵐に遭うよりも、さらに惨憺さんたんたる光景だった。

 後に立つのはただ一人、褐色の青年のみ。

 

「通常駆動ではこの程度か。真空生成と気圧操作は局所的には使えるが、問題は工程数と発生場所だな。やはり限界駆動まで試す必要があるようだ」


 自分の起こした状況を、エルは静かに分析する。

 真空制御。それが虹剣こうけんを通じてエルが行った風術だ。

 一瞬で周囲に真空を生み出しつつ、気圧差を増大させることで、人体を切り裂くほどの空気の流動を作っていた。

 更には真空を対象の周りに展開することで、空気を奪い窒息させる術式にも応用している。


「減らし過ぎても意味が無いし、他の雑兵が来る前にずらかるか。残りのクラオン兵はミリーに吸収させねば」


 そう言いつつも、偵察を命じたミリー軍の陣地ではなく、王城方面へ向けてエルは歩き始める。

 市街地で両軍入り乱れる前に、確かめたいことがあった。その動き次第で、今後の方針が決まる。


「獣の巫女への対応も要るな。眠り半分の魔獣なぞ捨て置いても構わんのだが。どちらにせよこの国は滅ぼすとして、奴の動向は注視する必要がある」


 何の悪びれもなく、何の疑問もなく、エルは国を滅ぼすと言い切る。作業の一環だとでも言わんばかりの気安さだった。


 王都勢力と二大公爵が激突する、王国史に残る規模となった今回の内乱。

 その内の一大勢力であるクラオン公爵軍の本陣が、開戦から二刻足らずでこの世から消滅した。

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