第46話 竜巻は去る、次の嵐がやってくる
突如襲来した巨大竜巻は、人や建物を根こそぎ巻き上げた。
爆心地となった西門付近、多少の術ではびくともしない分厚い石壁は、側防塔ごと吹き飛ばされ、基部すら残っていない。
人的被害も甚大だった。公爵軍が突破を果たしていたとはいえ、守備側の断続的な援軍もあり、大規模な戦闘が展開されていた。
だが戦場は跡形もなく消し飛ばされ、人間は誰もいない。公爵軍も守備隊も区別なく、暴風はありとあらゆるものに襲いかかった。
遠くまで吹き飛ばされたのか、それとも欠片も残らず粉々になったのか。いずれにせよ、生存者を探す気が起きないほど、無惨な有様だった。
トドメとばかりに竜巻は、最終的に内側から破裂して、内包していたエネルギーを衝撃波に換えて全方位に撒き散らした。
「これが
崩れた家々の合間から、ベルサがひょっこりと顔を出す。顔も服も泥まみれで汚れ切っていた。髪に粘土が絡んでいるのを見つけて、ベルサが深く溜息を吐く。
急いで地中に潜ったため、普段は調整できるはずの、泥汚れ防止の地術を怠ってしまっていた。それほどまでにベルサは、慌ててエルの一撃から退避していた。
「あんな大規模な竜巻を作っておいて、破裂させるとか。本当にバカじゃないですか、あの人」
感覚的な観測では、竜巻の持つ局地的なエネルギーを一滴も減衰させず、戦地のど真ん中で炸裂させたようだった。普通思いつかないし、思いついてもやらないし、そもそもできない。
あの巨大竜巻自体、風術として再現しようとすれば、気温や風量などの自然の下地があって、ようやく小規模なものが可能かもしれないといったレベルだ。
一から生成するには術者が保たないし、そもそも生成方法が確立していない。それほど風術が技術改良されていたら、もっと発展的な開発事業がされている。
ただただ攻撃性を高めるところが、いかにも復讐者らしい。
「プリシス卿といいエルネスト氏といい、何でこう四大継承者は、尖った方向ばかりに技量を向上させますかね。うちのマスターを見習って欲しいです」
聞いたところによれば、アルノーも大聖堂内部で台風を作って炸裂させたらしい。
山岳遊牧民としての暮らしが暴力的にさせるのか、人の身に過ぎたる魔石の力が傲慢を生むのか。どちらにせよ自分も注意しようと、ベルサは改めて自戒する。
「どうしますかね。身を隠すタイミングとしては最後の機会ですけど」
馬蹄の音が聞こえてくる。方角からして、王城側の部隊だろう。どうやら雲隠れするタイミングを失ったようだ。やがて姿を現したその部隊は、意外な面々であった。
「あの鎧、近衛騎士団ですね。もしかして」
「ご無事でしたか、ベルサさん!」
何と、女王陛下御自らの出撃だった。
先程まで戦術級の術式が発動していた領域に、精兵を率いて飛び込んでくるとは。
見かけによらず、向こう見ずというか勇猛というか、評価しにくい行動だ。
「危ないですよ陛下。竜巻は消えましたが、建物も地盤も緩んでいます。即刻避難を」
「分かりました。地術師の部隊を配備します。それから救助活動ですね。幸い公爵軍は退きましたので、今のうちに被害状況を把握しないと」
そういう実務的な陣頭指揮を、お願いしたい訳ではなかったが。
しかし救助と現場検証も必要なことだ。少なくとも自分が近くにいれば大丈夫かと、ベルサは考えを改める。そうと決まれば、情報の共有だ。
「落ち着いて聞いてください陛下。
精兵と言われる近衛の中でさえ、どよめきが起こる。だがアディだけは落ち着いて話を聞いていた。彼女はエルネスト・ジズサーラという無双の風使いを知っているから、或いはその正体を予期していたのかもしれない。
「破壊には
本当は取引のために、ベルサ側が提供したものなのだが。そこまでは馬鹿正直に教えない。今の状況では、意味の無い騒ぎが発生しかねない。
「ここまでの被害が出たのは、それが原因ですか。恐ろしいものです。対策を講じねばなりませんね」
そこで近衛兵団を含めて、押し黙る。皆分かっているのだ。こんな災害のような攻撃、対応手段など存在しない。
とはいえ、ベルサからすれば、また少し状況は異なる。
恐らく、己がフルパワーを発揮すれば、あの限界駆動も一瞬は抑え込める。
しかしそれも一回が限度だし、そこで燃料切れを起こすだろう。そうなれば、その隙をエルが逃すはずがない。限界駆動の連射は無くても、通常の術式で十分、仕留めきれる。
付け入る隙があるとすれば、技の発動前の長い溜めなのだが。
「困ったことに術の発動時は、術者は空高く昇ったところにいます」
「技の溜めの途中で、邪魔されないためですか。迂闊に姿は、見せてくれないのでしょうね」
地術師のベルサでは、空中のエルを攻撃できない。騎士団には風術師も在籍しているが、差し向けたところで並の風使いでは、
限界駆動の最中ならば、エルも襲撃に対処できないだろうが、竜巻で周囲の空は荒れ狂っている。どのみち近付くのは難しい。
「であれば術後、つまり今ですか」
「でも、降りてこないですよねえ。そりゃそうなんでしょうけど」
運良く相手も
一方で、今回のように例え戦術級の術式であっても、予兆を逃しさえしなければ、ベルサならば安全圏に退避できる。巨大竜巻であっても、地中の岩盤を掘り返すには至らないのだから。
無論、大勢を一瞬で移動させるのは無理なので、その事実はここでは話せないが。
つまりエルとベルサでは、勝敗をつけるには決定打不足ということになる。
更に言えば、お互いがお互いの首に、興味が無い。目的に敵の打倒が含まれないので、深追いする必要性を感じていなかった。
「いち情報部員としての私見ですが。現有戦力では、公爵軍はともかく、ジズ討伐は不可能と言わざるを得ません」
そうである以上、自分の切り札はアディ相手でも、気軽に開帳することはできない。個人的には、申し訳ない話ではあるが。
「リスクを取って攻めても、結局は相手に蹂躙されるだけ、ですか」
どうしたものかと、アディが頬に手を当て悩む。ベルサとしても、エルと本格的に構えるならあと二手は欲しい。
近衛騎士の一人が、アディに耳打ちする。新情報が入ったようだが、沈痛そうな顔を見るに、被害報告が上がってきただけかもしれない。
「すみませんが、他に回る場所ができました。後でまた相談に乗ってくださいね」
「了解致しました。陛下をお気を付けください」
近衛騎士達を連れて、アディが馬を走らせる。今のままでは、対応に苦慮するだろう。本音は
しかし、人の心配ばかりしている場合でもない。アディには伝えていない痛恨の事情が、ベルサにはある。
「あの
エルも、あの異形には執着を見せている。同盟を結んだ条件を鑑みれば、こちら側に渡すのが筋だと言うのに。
交渉の余地は無いでもないが、それでも行き着く先は、出し抜き合いになる気がした。
今手元に
先程地中に潜ったときに捜索してみたが、反応が無いあたり、水場を渡り今も逃げているのだろう。少なくとも、すぐに確保できる場所にはいない。
こちらへの対応も、喫緊の課題だ。
「どこ行ったかなあ。早急に確保しないといけないのに」
他にも、公爵軍との第二戦が迫っているという問題もある。
巨大竜巻は西門を爆心地に、街の中心部に至るまでを砕いた。だが、本丸であるリデフォール城は健在である。
騎士団の対応遅れも、ここにきて好材料に変わった。当時は兵舎で出撃準備をしていたはずだから、直撃は免れたはずだ。
公爵軍側も、先陣こそ大打撃を受けたが壊滅には至っていない。ミリー領軍本陣は湖畔に布陣していたはずだし、予備戦力はあるだろう。
そのうえクラオン公爵軍は、先立って本陣が崩れたが、逆に言えばそれ以外の部隊は丸々残っているはず。
両軍とも戦力の頭数で言えば、継戦は可能だ。
「対応としてはむしろ、公爵軍が撤退してくれる方が楽なんですけどね。その場合今度こそ、しっかり圧力かけて、緩々と力を削ぐだけですし」
その未来が見えるからこそ、ミリー公爵も打って出るだろう。
公爵家は兵力を失ったが、王宮側は戦力と城壁の二つを失ったのだ。城までの道のりは更地に変えられ、一直線に攻め込める。
エルの存在という不確定要素があるものの、それを無視しても良いくらいの好条件だ。そもそもあの竜巻が、一人の風使いの仕業だとミリー公爵に断定できるはずもない。
公爵家にとって今は、王城を攻めるまたとない機会だ。
「女王陛下、公爵方に停戦要求をするんだろうけど。恐らくは無駄に終わるだろうな」
鼻息荒い公爵達が、空気を読んで
逆に王都としても、停戦を受け入れることを条件に、不利な取り決めを押し付けられても困る。お互い体勢を整えて組み直すのであれば、もう奇襲による不利は生じないのだ。少なくとも、必要以上に引き下がる場面では無かった。
生半可な決着は、双方望んでいない。
「公爵家側次第だけど、性格を考えれば、戦闘が終了する可能性は低いかな。ここまで計算してたんですか、エルネスト氏」
ここにきてベルサは、エルの狙いを悟っていた。
今度一戦交えるとすれば、丸裸の王城を一息に落とすため、公爵家本陣を含めた全軍が動く。王宮は守勢に回らざるを得ず、戦場はより王城に近い場所になる。
立て直しに二、三日はかかるだろうが。それもエルネストには都合良く働く。限界駆動の疲労が抜ける目安には、丁度良い塩梅だ。
あの復讐に燃える風使いは、少なくともあと一度、
「戦況を予想してみましたが。外れてくれないですかねえ。無理でしょうねえ。こういうときって、困ったことに大抵、都合悪い方に推移しますし」
戦争が継続するものとして、考えた方がいいだろう。つまりそれまでに
しくじれば、本当に
状況の悪さに、ベルサは眩暈がしそうだった。
「時間との勝負ですね。急がないと」
改めて地中に潜ろうとして、ベルサが近くに開いた大穴を見つめる。
水が染み込んだ土は、やけに術の浸透が悪かった。ベルサほどの土使いが操り難いということは、そのこと自体がある事実を示唆している。
あの大穴の底には、先客がいたのだ。それも、
人間ではないことが不安材料であるものの、進んで街を守っていたことを考えれば、期待しても良いはずだ。恐らくあの異形は、そういう風な指向性を持たせられている。
そう判断して、敢えて探す真似もしなかったが。
「貴方が本当に、あの人の忘れ形見だというのなら。ここは任せて大丈夫ですよね?」
暴虐の限りを受けた城下町で。
その小さな呟きを聞いた者は、誰もいなかった。
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