第47話(上)収容所の攻防、その傍らで爆発する彼女の事情

 時はわずかに遡り、エルによる未曾有みぞうの攻撃が起こる前。

 場所は城からほど近い、官営の施設が立ち並ぶ通りの一角。

 その場所に、デュオとディアナの目的の収容所があった。特に、汚職や収賄しゅうわい、政治犯罪など商人や役人が罪を犯し、摘発された犯罪者が主に収容されている。

 ロベールの治世であれば、罪を着せられた国王派が。アルノーが権力を握った後は、反対に宰相派の文官や貴族が、この収容所送りとなっていた。

 明らかな濡れ衣で収監された者は解放されたものの、昨今の国の乱れにより、今でもこの牢屋は高い収容率を誇っている。

 そんな城近くの収容所の外で、多くの人間が倒れていた。


「思った通り、ここに攻め込みましたか。それにもう始まっている。このまま突っ込みますよ」


 馬に乗ったデュオとディアナが、速度を緩めずに収容所の門へと疾走する。事前のアーネとの話とは違い、他に応援の兵はいない。


「本当に二人で来ちゃったよ。まああんな腰引けた兵士が二、三人いても、かえって邪魔なんだけどさ」

「代わりに馬を拝借できましたし、改めて救援を寄越すとのことですので、良しとしましょう」


 華の王都の守りが、あの程度の兵士だというのが、悲しくなるが。怖気おじけ付いた者を無理に連れ出したところで、戦場に転がる死体が増えるだけだ。

 それよりも、闘い慣れて連携も取れる二人の方が都合が良い。

 頭数という、如何ともしがたい問題はあるものの。古代における戦闘ならいざ知らず、今は魔石という兵器もあるのだ。守るだけ、或いは一撃離脱を心掛ければどうとでもなる。


「一応聞くけどさー、駄目そうなら撤退おけまるって、ねーさん言ってたよ」

「一当てして敵の力量を試します。押し切れそうならそうしますし、駄目なら退きつつ、収容所から戦力を引き剥がします」


 それならば危険は伴うが、収容所の警備隊の負担が減る。立て篭もる隙を作れれば、さらに上々だ。

 戦うと決めて出てきた以上、手ぶらでは帰らない。打ちひしがれても尚立ち上がるアーネのために、ここで戦果をあげておきたい。


「まあデュオがそう決めたんなら、それで良いよ。頑張ってとしか言えないし」

「随分他人事ですね。まさか一人で退くつもりですか?」

「それこそまさか。ねーさんに、お尻百叩きにされるし。てかマジで逃げんなら、デュオのこと無言で張り倒して引き摺って帰るし」


 そう言えば本当にやりかねないのだったと、デュオは今更ながら、己の無警戒ぶりに愕然とする。背後にいる同門の方が、敵より何倍も脅威だ。


「まあ逃げる必要あんのかよ、って話だよ。丁度新技も出来たばっかだし、実戦で試してみたかったんだよね。という訳でわたし、遠距離から援護ね。鉄砲玉よろ」


 馬を止めて塀に上がり、器用に建物にしがみついて登っていく。戦うにあたり高度が欲しいのだと、デュオはすぐさま察した。


「では乱戦になっているようですし、私は宣言通り、引き剥がしに掛かりますか」


 馬の足を更に早める。

 片手で手綱を握ったまま、襟の内側からペンダントを引っ張り出す。

 素手で触れたペンダントは、すぐに発光反応を示す。


「やはり力が強まっている。以前ならこれ単体では、魔石として起動できなかったのに」


 気付いたのは最近だった。

 契機は戴冠式の事件か、それとも遺言騒動のときか。

 アルノーの力に触れて以降、この大海蛇の水晶リヴァイアサンのカケラはどんどん力を持ち始めている。もちろん、本家の規模には比べるまでも無いが。出回っている水の魔石で起こせるような奇蹟は、このペンダントでも可能になっている。

 そこにデュオは、師の遺志が宿っているような気がした。

 生きて欲しいという願いかもしれない。

 殺された恨みかもしれない。

 裏切られたことへの嘆きという可能性もある。 

 どちらにせよ、親石である大海蛇の水晶リヴァイアサンを通じて、何らかの影響を受けている気がした。

 

「今はどちらでも構わない。師範代が戦うと決めたのだ。これより始まる我らがあがないの日々、力を貸してもらうぞ。大海蛇の水晶リヴァイアサンよ!」


 ようやく近付いてくるデュオに気付いたのか、ミリー公爵家の部隊が兵を差し向けてくる。だがもう遅い。

 デュオは鞍の後ろに載せていた革袋を掴み、取り口を開けひっくり返す。中に入っていたのは、ただの水だ。

 ペンダントが発する光が、意思を持ったように空中に零れる水を掴む。

 水は光に包まれながら、細長くしなやかに、形を変えていく。先端が輪になったロープ状の水が出来上がり、デュオが向かってくる敵の先頭に向けて、投げ縄の要領で放った。

 敵の兵士が、緩く飛んでくる水のロープを槍で切り裂く。勢いを無くしたロープは、切断面から発芽したかのように水が伸び、癒着ゆちゃくして元の形を取り戻す。切り飛ばしたはずが虚を突かれ、槍兵の首にロープが巻き付いた。

 デュオが水のロープを掴んだまま、すぐに馬を旋回させる。首に巻き付いたロープに引かれて、槍兵が転倒する。後ろから走って来た公爵軍の兵士が、前で転んだ槍兵に連鎖的につまずいていく。

 先頭集団の倒壊を確認したデュオは、馬を走らせながら水のロープを引き、更に振り回す。


「ふっ!」


 味方の兵士に蹴られ踏みしだかれた槍兵が、右へ左へとロープで引き摺り回される。

 それに巻き込まれ、公爵軍は次々と転げ回る羽目になった。敵陣が掻き乱され、一気にパニックになる。


「術使いがいるぞ、気をつけろ!」


 敵方の中で、デュオへの警戒が上がっていく。

デュオを囲うように、公爵軍は陣形を変えていった。ここからは、更なる精鋭が差し出されることになる。恐らくは、魔石を持った術師も混じっているだろう。

 であれば、次は彼女の出番だ。


「先制攻撃としては、こんなものでしょう。援護は任せましたよ、ディアナ」


 デュオが独り言のように呟く。

 それに応えるように、収容所の屋根の上で人影が立ち上がった。




「ふむふむ、ああいう布陣か。結構多いな。はあ、めんど。やっぱ帰りたいなー。デュオが一人で何とかしてくんないかなー。術師込みなら流石に無理かー。だよねー。という訳で食らえ新兵器」


 極めて人任せな呟きを残して、ディアナが球状の物体を投擲する。

 小柄な女性が投げたとは思えない速度で、それは敵兵に迫る。

 見るものが見れば、その球体が虹色に輝いていることに気付くだろう。

 狙われた敵兵の頭部にそれは見事に命中し、槌で殴打されたかのような勢いで吹っ飛ぶ。一斉に敵兵達の目がディアナに向いた。


「こっわ。怒りすぎじゃね。こっちはただの小娘ですよっと」


 先程同様に、ディアナが投擲とうてきを繰り返す。

ただ敵に見つかっている以上、今度は相手も黙ってはいない。

 敵陣の中から、新たな兵が進み出る。籠手こてが虹色に輝いているところから察するに、風術師だ。

 風術師は籠手を掲げて術を展開する。強烈な向かい風が発生して、ディアナが投擲した物の勢いがグンと弱まった。

 最後はひらりと落ちて、風術師がしてやった顔で投擲物を片手で受け止める。


「わお。キャッチしない方が良かったのに」


 投げ返すつもりだったのか、掴んだ飛行体を風術師が握り直そうとする。そこで彼の動きが止まった。

 風術師の手の平には、紅蓮の光を放つジャガイモがあった。

 次の瞬間、南大陸原産の澱粉質でんぷんしつ豊富な穀物は、火を吹いて爆発した。


「うん。急拵きゅうごしらえだけど上手くいった。魔石屑を埋めつつ、投げるのに丁度良いと思ってたんだよね」


 それこそが、時間が無い中わざわざ調理場に寄った理由だった。出てきた料理に使われてたので、絶対調理場にあるとディアナは確信していた。

 アーネに指示されていた遠隔発動可能な新術式が、アルノーの指南書をヒントにようやく完成していたのだ。


「組み合わせは問題無しっと。まさかこんなに早く、実践テストする羽目になるとは思わなかったわ。これなら最終報告まで一気に出来そう」


 仕組みは簡単だ。ジャガイモの中に起動させた魔石屑を埋め込み、すぐに爆発しないよう風術で真空状態にして投擲とうてきする。

 手から離れた時点で風術は解除され、真空は維持できなくなる。一方で火の魔石屑はすぐに冷まらず、それどころか密閉状態で熱が籠り続ける。その状態で着弾の衝撃が加わったため、ジャガイモが破裂し、可燃物でもある火の魔石も加わることで炎を吹き上げた。


「火術でコーンスープ温めようとしたら、爆発してえらい目に遭ったからね。熱のって大事なんだよ。過去の挫折も糧にするとか、流石わたし」


 次弾の準備をしながら、ディアナが満足げにする。

 魔石屑を仕込んで着弾、発火するまでのタイミングがシビアで、練習時には危うく大火傷をするところだったのは秘密である。

 パーティー参加の都合上、術の器となる物の準備ができていなかった。だが魔石屑だけは常に携帯していたので、それが功を奏した。


「さあて、どんどん行くよ。ご一緒にポテトはいかがですかー」


 次々に魔石入りじゃがいも、仮称「スマッシュポテト」が虹の光を放ちつつ、ミリー公爵軍に投げ込まれる。

 火の魔石で着弾後爆発する脅威のジャガイモが、敵軍に恐慌をもたらした。




「あの人は全く。食材を何だと思ってるんですか」


 ジャガイモは近年、南大陸から輸入され始めた食物だ。荒れた大地でも生育する穀物として、リデフォール国内では注目されている。それ以前もジャガイモの存在は認知されていたが、芽に毒があるため食用としての用途が確立したのはつい最近だ。

 いずれは北大陸への輸出品として、需要が増していくだろう。

 故にまだ市民の食卓には中々並び得ない、貴重な食材なのだが。それを一袋抱えて戦場に出向こうとするディアナを見た時には、流石に空いた口が開かなかった。てっきりナイフでも調達するものかと考えていたのに、予想の斜め上をいっていた。


「まあ師範代から依頼された。遠隔術式のテストにはなるのでしょうが。そもそもが緊急事態、上手くいっている内は小言は封じ込めておきましょう」


 そう、無理矢理自分を納得させる。

 そしてディアナの援護で、撹乱は成った。

 この隙に敵指揮官を討ち取れれば、言うこと無しなのだが。


「敵の動きが変わりましたね。建物への侵入が始まっている。援軍は一足遅かったようです」


 敵は二手に分かれ始めている。収容所側の警備隊と入場門付近で凌ぎ合いつつ、別働隊が迂回し塀を乗り越え始めている。流石に梯子程度は持ち出しているようだった。元より少ない警備隊は正面で押されていて、そちらに手が回っていない。

 放っておけば、侵入した敵から挟撃を受けて全滅する。

 屋根の上を見上げると、既に状況を察知していたのか、ディアナがジャガイモ袋を背負って移動している。その先には、塀から侵入した別働隊がいる。


「元居る守備隊も劣勢、援護が無ければ瓦解する状況です。中に入った分はディアナに任せますか」


 とはいえ、ディアナ一人で対応できる規模では無い。擬似遠隔術式を持ってしても、足止めが精一杯だろう。

 塀を越えた敵が正面の戦場に向かい、挟撃を図るようであればまだ良いが、収容所へ侵入し捕虜奪還を優先する可能性さえある。建屋内の守備要員などたかが知れているし、容易に捕虜の元まで辿り着くだろう。

 そうなるといよいよ、捕虜奪還の阻止というデュオ達の目的は、達成できなくなる。

 しかし、侵入を許した場合の利点もある。単純に狭い場所で戦えるので、数的不利が解消されるのだ。ディアナがそのことに気付いていないはずがないし、もしかしたらその状況を狙っているのかもしれない。


「やはり、入場門は保持しなければならなくなりますね。仕方ありません。無茶を通しますか」


 正直、収容所内部へ入り込んで行くディアナの動きは、自分達の撤退を封じるものだ。

 それ自体はデュオは構わない。だがそれをディアナが選んだということが、意外と言えば意外だった。少なくとも、戦いを忌避する彼女のやり方では無い。

 だが兆候はあった。ふざけながらもきっちりと戦支度をしていたし、いつもならそもそも戦いの場に出ようとはしない。


「言うまでも無く、原因はパーティーの絵ですね」


 戴冠式を揶揄した、饗応きょうおうの間の絵画。すこぶる会場の評判は良かった。

 あの時は自分も憤っていたので気付かなかったが、ディアナはどうだったのだろうか。

 何も思わないはずがない。

 いつかの日には、「生まれ変わったらにーさんとねーさんの子供になりたい」とまで言っていたのだ。それは冗談としても、あの二人に思い入れているディアナが、ただただぼんやり絵を眺めていたとは思えない。

 彼女も自分と同じように。或いは、自分以上に。静かに怒りの炎を燃え滾らせていたのではないか。

 そんな情緒不安定に陥った妹弟子が、自ら進んで戦場に躍り出ようとしている。危険な兆候を感じざるを得ない。


「……となるとこれ、失策かもしれませんね。今、ディアナを一人にすべきでは無かった」


 目の前には公爵軍の尖兵が迫る。

 デュオは馬に足を入れ、再び走った。

 すれ違いざま、水のロープで敵を捕え、強制的にどかしていく。馬上の動きで走るスピードが落ちないよう、ロープの出力を上げて、掴む力を上げていく。

 だがロープで捕える攻撃は、どうしても動作が多い。ひたすら遠距離から仕掛けるのであればともかく、自らが敵陣に詰め寄りながらとなると、物量差が重くのしかかる。

 やがて囲われ、馬が敵兵から槍を突き込まれる。それはデュオがロープで打ち払ったが、バランスを崩してしまい、落馬してしまう。

 落ちがけに鞍に載せた水入り革袋を足に引っ掛けつつ、右手でロープを投げる。適当な敵兵にロープが絡みつき、その反動で落下の衝撃を抑えた。だがそこで、完全に包囲を受けてしまう。

 

「っと。まあ、こんなところで十分ですか」


 それでもデュオの顔に焦りはない。

 まるで注目を浴びて、敵を一手に集めるのが目的だったと言わんばかりの冷静さだった。

 胸に下がったペンダントに手を当てる。

 冷たい深海のような深い青の光は、まるで家族団欒のときを過ごしているかのような、緩い温かさがあった。

 今にして思えばアルノーは、魔石を前提とした戦い方を指南していた節がある。故に魔石を組み込んだ戦闘は、不思議なほど己の体に馴染んでいた。

 指南書の中身を思い出す。あれを見て以来、短い間だがしっかりと練習し、コツは掴んだ。

 下地としての水術の訓練も、大聖堂における戴冠式での事件以降、欠かしたことは無い。

 今ならば、できる。

 わらわらと敵が集まり、逃げられぬよう囲ってくる。すぐに襲ってこないのは、デュオをやり手の術使いと見てのことだろうか。

 奥の方からは、赤や黄金に光る武器を持った、術使いらしき敵の精鋭が近付いてくる。


「とはいえ、向かってくるのは二十騎ほどですか。舐められたものです」

 

 一時とは言え、国さえも手中に収めたアルノー・L・プリシス、その道場の門下生筆頭。それに挑む意味を、敵方はもう少し思案すべきだ。

 ヘイト管理は十分。鞍から落ちる時に引っ掛けた革袋は取り口が開いていて、辺りに水をぶち撒けている。

 後は蹴散らすのみ。


水鏡ウォーター・アバター、起動。覚えたて故、術が荒いのには注意されるよう」


 胸のペンダントが、その日一番の輝きを見せる。

 水溜まりから人影が立ち上がる。

 その姿は、頭のてっぺんからつま先まで水で構成されていた。

 師のように、複数体を同時起動できたり、甲冑姿を再現できているわけでは無いが、それは紛れも無く、

アルノーの水鏡ウォーター・アバターと同等のものだった。

 突如現れた高度な水人形に、公爵軍が足を止めるも、すぐに警戒を深めて囲う。一部の兵士が暴発気味に飛び出し一太刀浴びせようとして、水鏡ウォーター・アバターはそれをあっさりと躱し、代わりに手刀で横一文字に斬り払う。金属製の鎧が、保護すべき人体ごと紙切れのように裂かれる。

 兵士の方は気付かなかったが、水鏡ウォーター・アバターの手刀は、目に見えぬ速さで高速振動を起こしていた。当然それは、並の水人形が実現できる挙動では無い。

 その場の公爵軍が、半ばパニック気味にデュオの水鏡ウォーター・アバターから距離を取る。

 その調和の取れない陣形を、見逃すデュオでは無い。


「浅慮。全員、隙だらけです」


 水のロープだったものを、今度は棍棒に形状変化をさせて、数人まとめて足払いをかける。

 密集した場所で転がされ、人雪崩が起きる。その一方で水鏡ウォーター・アバターの方も、軽い身のこなしで飛び交う槍を躱し、時に受けながら、水人形とは思えない剛腕で敵兵を殴り飛ばし、時に素手で盾や鎧を裂いていく。

 水鏡ウォーター・アバターを含めたたった二人を相手に、公爵軍の強襲部隊が押されていく。


「やれやれ。水場であれば、時短ができるのですが。そうそう楽はできませんか」


 異変を感じた公爵軍が、追加の兵をデュオに差し向ける。それを視認しながら、若き水使いは一歩も引かない。収容所の守りのためには、もっともっと引き付ける必要があった。

 受け継がれた水術が、奔流となってその空間を蹂躙する。

 そのまま縦横無尽に暴れ回って、公爵軍を足止めして。

 騎士団からの援軍がやって来た頃には、大川の敵兵が地面を這いずっていた。

 遠く、街の西で巨大竜巻が発生したのは、そんな時であった。

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