第35話 守護者なき道場、終わりの予兆

 新たに騎士の称号を得たアーネは、道場で門下生達と共に昼下がりを過ごしていた。

 騎士は従士を抱えることが一般的だが、アーネは特に選出していない。

 指南の相手としては、既に門下生達がいるので、これ以上は手に余る。

 補佐してほしい仕事も今のところない。騎士団の業務として、治安維持と称した見回りに連れ出されることはあるが、それは従士の時分からのルーチンでもある。今のところアーネは、紛うことなき名ばかり騎士の身分であった。


「あーあ。暇だなあ」

「ねー、そこの新人騎士のおねーさん。暇と言いつつ、道場で魔石屑弄って実験するの止めてくれない? 爆発したら道場吹き飛ぶんですけどー」


 テーブルの上に、量の異なる魔石粉を取り皿に分けつつ、アーネが思案顔をする。

 傍には箱型のガラスケースがあり、内部には小さな平皿に薬包紙が重ねられ、そちらにも魔石屑が載っている。

 まるで、どこぞの研究施設の実験室である。普段門下生達が組み合い汗を流す道場の板間としては、極めて相応しくない光景だった。


「アンタもサボってないで、手伝いなさいよ。今から魔石粉の爆発限界に関する濃度実験するから、その導火線握ってて」

「この貧乏騎士サマ、人の話が聞けないタチかな。掴んだら爆発する仕掛けでしょ、それって」


 アーネが、手に持った導線を雑に揺らす。その様子を、ディアナが嫌そうな目で眺めていた。

 ケースには内外に通じる孔が開けられてあり、そこに金属箔で覆われた導線が通され、中の魔石屑へと繋げられていた。


「反応させない試験だから。爆発させるのは最後の対照実験だけ。だから安心安全。良かったね?」

「ははーん。このひと、よっぽど妹を殺したいと見える」

「防爆仕様だから大丈夫だって。火薬用だけど」

「師範代。仕様違いでは、安全が担保されません。爆発させるなら、やはり外でやって頂けると」


 他の門下生を見ていたはずのデュオが、場を離れ直々に注意に来た。

 アーネが諦め顔になり、渋々片付けを開始する。


「むう、新任の師範代に言われたなら仕方ない。続きは家でやるか」

「家も困るんですけどー。どのみち、わたしいるんですけどー」


 板間の隅で寝転びながら、ディアナが抗議の声をあげる。

 他の門下生達は実験を恐れてか、かなり離れたところから遠巻きに観察していた。


「ていうか、通気口に導火線ぶち込むの危なくない? 火や熱が導火線握った人に真っ直ぐ向かうから、防爆ケースの意味無くなるじゃん」

「やっぱ導火線用の穴、もう一個開けなきゃダメか。特注品だから、あんまり加工入れたくないんだけど。どっかに丁度いい実験器具売ってないかな」


 この場合の導火線は、使用者が魔石屑に擬似的な接触をするためのものだ。

 通常魔石は、人体を介さなければ反応しないため、髪や皮膚片を金属箔でくるんで導火線としている。導火線が燃えてしまうと人と魔石の接続が切れるので、難燃材である必要があった。もちろん、反応させている間は導火線を離すことはできない。


「北大陸に魔石の実験施設があると聞きましたね」

「知ってる。戦争で吹き飛んだよそこ。容赦ないことするよね。科学の発展を何だと思ってるんだろ」

「兵器開発に応用するからじゃないかなー」


 話をしながらも、アーネはテキパキと手を動かす。魔石屑を大きさ毎、量毎に袋に詰めて、きっちりと縛っていた。触れても大丈夫なテーブル等の器具類は、デュオも片付けを手伝う。

 繰り上がりのような形で師範代に就任したデュオだが、仕事が増えたにも関わらず文句の一つもなく、実直に対応してくれていた。


「師範、いっそのこと、この袋ごと投げつけられませんかね。火の魔石屑ならば効果あるのでは」

「人の手に触れてないと術が発動しないから、それじゃあ着火手段が無いんだよ」


 袋詰めしているのは、あくまで量の管理のためであり、迂闊に触れられないようにするためでもある。魔石屑は一粒が極めて小さいため、火があればそれだけで燃える。密閉と断熱処理は、火の魔石を扱う上での必須事項だ。


「遅延で発火するように、発動状態を維持できませんかね。風の魔石で真空密封しつつ、封が解かれれば炸裂するように」

「ええと。袋を二層にして、内側は熱を持たせた火の魔石屑。外側は風の魔石で、断熱兼ねた真空の術式組んでおいて。うん、出来そうな気もするね。ねえディアナ、ちょっと実験してレポートしといて」

「ヤだ」

「あたしも鬼じゃないから、明後日まででいいよ。あと、屋外での魔石使用許可も取っといて。一般利用や運搬目的じゃなく、開発用のやつだよ」

「イ、ヤ」

「所感でモノになりそうだったら、魔石の在庫補充もしといてね。仕入れ先は任せるけど、三級品以上だよ。後でまとめて精算するから」

「お、こ、と、わ、り、でーす」

「それと実験器具も見繕っといて。裏町の雑貨通り行けば、なんか置いてるでしょ」

「無茶なオーダー加え続けるの、やめて欲しいなー! レポートまではやっとくって!」


 理解のある妹で嬉しい。アーネは本心からそう思った。何故か、ディアナからは恨みがましい視線を送られるが。恐らく彼女なりの愛情表現なので、問題は無い。


「師範、片付け終わりました」

「ありがとデュオ君。持つべきものは、働き者の師範代だね」

「ねーさんが、またデュオこき使ってる。タダ働きしてくれるからって、よくないんだー」

「貴女が手伝っても良いのですよ。門下生の指導、騎士業の補佐、道場の運営、よりどりみどりです」

「さっきドギツい仕事の振られ方したの、聞いてなかった? 疲れてるのかな。それとも耳糞が病的に詰まってるのかな」

「ですが仕事がある割に、動く気配がありませんね。適当に誤魔化すつもりですか」

「だって今は、ちびっ子達の面倒見てるしー」


 アーネが、自分をくるむ毛布を剥がす。中には、一緒にお昼寝中とおぼしき年少組の少女が二人、くっつきながら寝息を立てていた。

 デュオが溜息をつく。

 彼女らも門下生の一員ではあるものの、実情はやや異なる。

 今の道場は、親が日中いなかったり、家庭不和が見られる家の子供を預かり、寝食を世話するようなことも行っていた。なお慈善事業の一環なので、謝礼は発生しない。

 道場の本来業務ではないとはいえ、進んで受け入れている以上、最低限の面倒を見る必要があった。


「いやー、小さい子がすぐ寄ってきちゃうから困るなー。モテ女過ぎてゴメンね。何ならもう、孤児院とか開いちゃう? 寄付金集まるかも」

「はは、ディアナちゃんは馬鹿だなあ。孤児院は義務労働や体罰が問題になったから、国の管轄になったんだよ。寄付金にしたって救貧税が町ごとで徴収されるから、今じゃあ殆ど集まらないんだよ」


 ディアナの疑問に、近くにいた子分肌のノルンが答える。栗色の癖っ毛が特徴的な青年は、童顔をにこやかに綻ばせて口を挟んだ。

 活発な貿易により経済が急発展したため、リデフォールは貧困差が激しい。

 貧民への対応も長年問題視され、国が本腰を入れて救貧に動いたのだが、まだまだ意識は根付いていない。


「なるほど、ありがと。しかしそれはそれとして、姉弟子を馬鹿呼ばわりしたことは許さん」

「うああぁ! 教えてあげたのにぃ!」


 ディアナが両拳をノルンのこめかみに当て、ぐりぐり捻り込む。アーネ達の方まで悲鳴が聞こえたが、仲良しの証明であり決してイジメではないので放っておく。

 実はその辺り、衛兵や官憲の育成を目的とした、徒弟制度を道場に取り入れる動きが昔あった。

 そうすれば国から助成金が出るものの、子供達の将来を限定させてしまう危惧が出てしまう。王太子ジェラールの口添えがあったものの、最終的にはアルノーが泣く泣く断念していた。


「財源については、騎士としての給金はそれなりだし。暫くは大丈夫だよ。上手くいけばお金に繋がりそうなことも、試してる最中だしね」


 箱詰めした実験器具を掲げながら、アーネがアピールする。稼ぎ頭が減った以上、方策を考えるのは彼女の責務だ。


 そして誰も、何故収入が減ったのか、具体的な言及はしない。

 失ったものについて、揃って口をつぐんでいた。

 道場に変化をもたらした出来事への言及を禁じて、更にはアーネ自ら別の話題を供給し続けて、それでようやく、普段の日常を偽ることができた。

 未だぎこちなさが見られる門下生達だったが、特に危ないのがデュオである。

 最近までは、表に出ることさえできなかった状態だ。師範代への昇格も当初辞退を申し出ていたが、アーネが根気強く説得を重ね、ようやく受諾してくれた。

 門下生達への指導や道場管理など仕事が回りだすと、ようやくデュオ自身も、表向き立ち直ったように振る舞えていた。

 そんないびつさを抱えながらも、アルノーの遺した道場は運営を続けていた。

 今日この日までは。


 大きな音を立てて、玄関の引き戸が開けられる。

 ノックもせずに、複数の人間が道場内に雪崩れ込んできた。

 前にもあったなこんなことと、うんざりしつつアーネは玄関まで移動する。

 幸い今回は、狼藉を働きそうな輩ではなかった。

 宮中の文官らしき制服を着た男が二人と、護衛らしき衛兵が一人のみ。

 三和土たたきから上がってくる様子もなく、じろじろと道場内を観察していた。


「何、ねーさんの男友達? ごめん三人ともタイプじゃない」

「誰がアンタに男紹介するっつったよ。いいから行儀よくしてなさい」


 道中で、毛布にくるまったままの妹分を、足で小突く。

 来客へ敵意剥き出しのデュオが、「やりますか」と言いたげに目線を送ってきたので、小さく首を横に振っておいた。何だか最近、考え方がアルノーに似てきた気がする。


「この施設の責任者の方はいますか。この度は建物の接収の件について、お話に参りました」


 入っていきなり何を言うのかと、アーネは一瞬思考が飛ぶ。

 「やっぱり殺りますね」とデュオが再度視線を送ってきて、「うん殺っちゃって」と頷くのを、限界ギリギリで耐え忍んだ。


「すみません。事情が飲み込めないのですが。そもそもどちら様でしょうか」

「おや失礼しました。私共は宮中で新たに立ち上がった、復興庁の役人です。接収については案内板が回っていたはずですが、ご存じありませんか?」


 ご存じない。全くの初耳だった。

 とはいえアーネも最近叙勲を受けた身分なので、復興庁については認識がある。

 リデフォール城で起きたいくさの余波で、城下町はかなり荒れ果てていた。戦時中は掠奪を禁じていたものの、貴族街をはじめとした宰相派の私有地では小競り合いがあったようで、建物や城壁、道路や橋などの破壊がしばしば散見されていた。

 インフラのみならず、輸送用の家畜や荷車、資材としての材木や石材などもダメージを受けたため、市民の生活が少なからず影響を受けている。

 そのため国は復興庁という臨時の部門を立ち上げ、社会福祉や建設、運輸に関して取り纏める動きをとっていた。

 元はアルノーが音頭を取っていたはずで、その流れで今は国家元首の地位についたアディ、アーデイリーナ女王が責任者となっている。


「その復興庁の役人様が、うちのような貧乏道場を接収するとはどういう了見で?」

「簡単に言うと、復興拠点のためです。市内には有事の避難場所や食糧庫がありますが、多くが宰相派の息がかかった施設でして、戦地になってしまいました。そのため復興資材が喪失してしまい、先ずはそれらを調達し街に運び貯める必要があるのです」

「ああ、そういう」

 

 役人の説明でアーネは理解する。失った復興資材をどう運ぶかとなったとき、リデフォールであればまず海送になる。何せ、城の東側が丸ごと港だ。


「何でウチ? 港に倉庫街が並んでんじゃん。タケノコかってぐらい生えてんだし、使えばいいのに」

「ディアナちゃんは社会情勢への見識が乏しいね。あそこは諸外国が貿易のために借りてる所だよ。国名義だったり大商人だったりね。リデフォールの一存で取り上げたら、突き上げ喰らうよ」


 ディアナの疑問に、近くにいたノルンが答える。

 復興の途にあっても、経済活動は回さないといけないわけで、取り分け中継貿易港として発展したリデフォールとしては、港の貸し倉庫は常に売れ行き好調、作った分だけ使われる目玉の収入源だ。


「ふむふむ、なるほど。しかし姉弟子を尊重するフリして見下した言動は、やっぱり許さん」

「うああぁ! 馬鹿とは言わなかったのにぃ!」


 ディアナがまたもノルンに、こめかみグリグリを開始する。口は災いを招くと言うが、ノルンの天然煽りはまさにそれを表していた。

 ノルンの言う通り、海上輸送であれば港の倉庫街があるが、自由に使えるかといえばそうではない。


「港湾エリアはほぼ駄目でしょうね。貸し倉庫を取り止めようものなら、その分外貨が入らなくなるし、何より国家間の信用問題になる」

「民間所有の倉庫もあるはずだけど、そこ含めて経済優先かな。貿易が滞れば、多くの商人が路頭に迷うことになりかねないしねえ」


 そこで海辺に近く、港と市内を行き来できて、かつ大量の資材を持ち込む場所が必要になる。浜通りに構える道場は、復興庁の格好の標的だろう。

 もしかしたら、アルノーが主導していた時代にも話自体は上がっていたかもしれない。そして、まず間違いなく蹴っている。


「ここの旧所有者は、かの悪名高き背国者アルノー。他の接収先の気持ちを考えても、まず第一にここを頂かなければという建前もございまして」


 至極真っ当な正論だ。役人が人の感情どうこうを駆け引きに持ち込むのは、どの口が言うのかという思いが無いではないが。

 それと不要な一言で、後ろでデュオが殺意増し増しになる気配があったので、抑えるよう脇腹を小突いておく。


「それにこの件は、既に女王陛下の許可を得ているもの。手前どもとしては、早急に立ち退いて頂きたく存じ上げます」


 まるで盾でも広げるように、役人は一通の羊皮紙をアーネに見せる。そこには道場接収の件について、しっかりとアーデイリーナ女王陛下の署名が直筆でされてあった。

 つまりこの接収については、正式な案件であり決定事項。住民といえど逆らうことができず、書面に記された期日までにこの場所を去る必要があった。


「もちろん国からの正式な立ち退き依頼ですので、補償はされます。その内容についても先に発行された案内板に記載されていたのですが。あの、本当にご存じありません?」


 デュオを見ると、首を横に振っている。デュオが知らないということは、確実に案内は来ていない。

 どうしたものかとアーネは思案する。

 事情は理解したし、納得もできるものだ。役人が腹芸をしているような様子もない。

 しかしその有無を言わせない、外堀を入念に埋めてくるやり方には、違和感を感じ得なかった。道場接収という目的ありきで場を仕立て上げられたような、そんな気持ち悪さがある。

 そして残念ながら、狙い撃ちされる覚えも無いではない。前任のアルノーが辣腕を振るっていただけに、嫌われる一因にはなっているだろう。

 少なくとも、背後を洗うまでは即答しかねる問題だった。


「やっぱり接収の報せは来てないようです。でも文書は偽物に見えませんし、こちらで少し確認する時間を頂けますか。分かり次第、あたしから復興庁に伺いますので」


 役人は困った表情を見せたが、アーネがこれ見よがしに騎士の徽章を見せると、渋々頷く。名ばかりと思っていたこの称号も、案外捨てたものではないらしい。


「しかし、確認とは? 案内板の発行部門に、お問い合わせでも?」

「まあそんなとこです。立場はもうちょっと、上かもしれませんが。あ、副本貰ってきますね」


 本当は、ちょっとどころではないのだが。

 どうやら早急に、城に出向く用意をしなければならないようだ。

 道場の危機を救うため、アーネは旧友を訪ねる用意を始めた。

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