第9話 宰相の演説、評議会設立
「リデフォールの民よ。此度の参集、ご苦労である。この国の行く末について、諸君らに改めて述べたいことがある」
年齢を感じさせない高らかな声で、宰相ロベールが語り始める。アルノーは聴衆に紛れ聴いていたものの、心中では不安が渦巻いていた。
「現在、国は荒れている。突き詰めれば、我ら貴族院と国王、国政を担う者の未熟さ故だ。既得権益に執着し派閥争いに勤しみ、それがどれほど国を、民を混迷に導くことになるのか省みることがなかった。それに関しては陛下をはじめ、他の諸侯をまとめられなかった私にも多少ならぬ責任があろう」
政争の内情を知る者からすれば、白々しく聞こえる前置きだ。何せ、この国で一番の既得権益を得ているのは、他ならぬ宰相ロベールだ。
「さらに皆には、残念な知らせをしなくてはならない。王太子暗殺で心を痛められたのか、陛下が先日倒れられ、病床に臥している。そしてあろうことかその隙を狙い、一部の貴族が陛下を拐かす計画を立てていた。すんでのところで第二師団に捕らえられたが、最早この国の政治は限界を迎えている。私欲を肥やす一部の官吏や大臣。王と諮問機関である貴族院だけでは、
ロベールが声を張り上げる。
力の籠った声に、聴衆は揃って息を呑んだ。
「王の容態もまだ安定に程遠い。復帰なされるのは難しいと言わざるを得ない状態になっている。そこで今朝方、私は病床の国王と内密に、あることを決めた。病に伏せる王と、先日
民衆のざわめきが最大限に達する。ロベールが話をしている最中であるにも関わらず、騒ぎが鎮まらない。
とはいえ、ここまでの展開はアルノーの予想通りだった。
むしろここで終わるようであれば、私は王に成りたくてどさくさ紛れに城を占拠しましたと公言しているようなものだ。
そして宰相ロベールに限って、これで終わりのはずがない。
「故に、最初の話に戻る。貴族院と王だけでは成り立たないのであれば、その制度に手を入れる必要があろう。私が王につき次第、議院を二つに分ける。一つは今まで通り貴族達で構成される貴族院。もう一つは、庶民院。民衆の中から選ばれた人間によって構成される議会となる。両者を併せて評議会とし、新たな行政の諮問機関として運用していく」
聴き入る民衆はよく分かっていない様子だが、その言葉にアルノーが内心驚いた。
自分の計画に、障害がまた一つ立ちはだかったことを察して、愕然とした。
「北部大陸の国家の政治体系には、評議会が既に組み込まれている。これを持って、王と議会が互いに政治を管理するシステムとしていく。さすれば王も貴族も専横政治は出来なくなるだろう。そう、諸君らから選ばれる庶民院が、この国を盛り立てる一角となるのだ!」
「ああ、それが狙いか」
アルノーは独りごちる。皆を納得させるための策。それが今言った評議会導入なのだろう。
王や貴族は軽々しいことを言っても、庶民院という抑止力があるので実行できない。逆もまた然り。
相互作用が働く、良く出来た政治システムのように映る。
しかし現状、貴族院は今でこそ宰相派と国王派が半々だが、国王派は既に二人の筆頭を失っている。半ば崩壊している以上、次の貴族院は宰相派で固められるだろう。
そして庶民院の方も、ロベールであれば自分に有利な人間で固めることも可能だ。
彼の領地は、北部の港町。貿易が盛んなリデフォール第二の都市だ。街の有力者や大商人を味方に付ければ、掌握は不可能ではないはず。
評議会が自分の子飼いなら問題なく政権を握れ、結局は独裁と何ら変わらなくなる。
だが一見すれば合理的なこの制度に、果たして何人がその裏に気付いただろう。下手をすれば民は皆、それならばと納得してしまったかもしれない。
アルノーにとって問題はまだある。
いずれロベールを始末し、自分が玉座に就いたとき、評議会は邪魔にしかならない。既に出来上がった議会制を廃止するとなれば、それはそれで民の信用を失いかねない。貴族達に認めさせるのも厳しい。
「くそっ。面倒なことを」
苛立ちから、考えを小言で洩らしてしまう。
だがその瞬間、アルノーに天啓が閃く。意図せず、口が吊り上がっていった。
「いや、或いはいずれ来るあの場面で、最後の一押しに使えるか? 力尽くでどうにでもなると考えていたが。飛ぶ首が減る分には、構わないし」
苛立ちが胸から消えていく。心配事が一気に片付いた。
演説はなおも続いたが、アルノーはそれを半ば聞き流しつつ、自分の計画の修正案を頭の中で練り上げていった。不思議と、不快な作業ではなかった。
今日は良い夕食になりそうだった。
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