第8話 宰相の叛逆、火中の城へ
クーデターにより襲撃を受けた城は、辺り一面が兵士という兵士で囲まれ、内乱の渦中にあるといった表現がぴたりと合う状態だった。
そんな中、アルノーは第一師団の騎士達と共に、郊外にある兵舎にて緊急の会議を連日行っていた。
「それで、何か決まったの?」
会議から帰ってきたアルノーを出迎えがてら、アーネが聞いてくる。
「王城奪還か、恭順か。最後まで結論は出なかった。まあ、すぐさま決戦という線はない」
「王族含む城の人達が人質だし、そうなるよね。でもこのまま何もしないのも、まずくない?」
アーネの言うとおりだった。第一師団は嘗ての王太子直轄、つまりは戦時における国王派の主力だ。
徹底抗戦ならば士気が高いうちに打って出る必要があるし、降伏の場合、早めにその意を示さなければ、日を追うごとに軋轢が深まり立場が悪くなる。
「うーん。もう様子見している場合じゃないと思うんだけどなあ」
「そうだな。事実、ついさっき宰相派から使いが来たよ。明日、市民に状況説明を兼ねて演説をするから準備をするように、だそうだ」
城には一般にも開放される場所がある。城門をくぐった先の広場がそれで、設営や誘導をしろと言うことだ。
新年の挨拶であれば二階テラスから王族が顔を出すのだが、宰相はそこを使って演説するつもりなのだろう。
「あー、降る気があるなら手伝え、的な? 当然だけど、こっちを待ってはくれないね」
「第二師団が丸め込まれている上に、あっちは自領に兵士を抱えているからな。数で勝っているから、強気にもなる」
潰し合って騎士団が弱まる分、後に宰相派が掌握しやすくなる。そもそも第二師団と戦いになれば、ロベールの領兵軍に背を撃たれる。
各地には第一師団の味方となる人間もいるにはいるが、散っている分どうしても伝達は遅れる。呼び寄せる前に、勝負を付けようというのが宰相派の筋書きだろう。
アルノーとしても、次の手は決まっているものの、まだ布石が打てていなかった。
「降るという選択肢は有り得ないが、今は下策であろうとも様子見せざるを得ない。とりあえず相手にゴマを擦りながら、どう転がってもよい様に準備をしていく」
幸か不幸か、第一師団内の戦意はまだ高い。
王太子ゆかりの人間や長年王家に使えていた者が多いので、何とか士気は保っている。
その辺りを確認できただけでも、最近の会議は悪いものではなかった。頭数さえいれば、後のアルノーの切り札は機能する。
とはいえ、その辺りを細々とアーネに説明するわけにはいかないのだが。
案の定アーネは、消極的な第一師団の動きに不満があるようだった。
「宰相のミス待ちとか、期待するだけ無駄だと思うんだけど」
「百も承知だ。だからその辺り、何か探れないか今から直接会いに行ってくる」
アーネがきょとんとした顔になる。
何故と聞かれることが分かっていたので、アルノーは自分から喋りだすことにした。
「俺は今のところ、総団長代理にして第一師団長代理だ。演説の準備をするとなれば、挨拶に行くのが当然だろう」
というのが建前で、本音が敵情視察だ。
城から閉め出された現状、今回は堂々と入り込む絶好の機会である。
アーネも意図を察したのか、左掌を上に向けて右拳で打つ仕草を見せる。
「そっか、気をつけてね。王様達が人質ってこと、忘れないでよ」
「俺が少し反抗的にしたところで何かあるなら、最初っから人質なんて取らずに、王族連中を残らず殺せばそれで済む話でもあったんだ。あっちはここのところの暴政と暗殺騒ぎで民の信頼を無くしている。少しでも点数稼ぎしたいんだろうさ」
クーデターを起こした手前、点数稼ぎも何もない気はするが。
アーネが行ってらっしゃいとばかりに手を振るのを見届けて、アルノーは城へと向かって行った。
歩き慣れた城内を、アルノーは進んでいく。馬で城内に侵入した者もいるのか、白い床のあちらこちらに蹄の跡が残っていた。
アルノーの横にはクーデターに参加した第二師団の人間が脇を固めており、迂闊なことはさせないといった様子が窺える。それ以外でも城内のあちこちに、甲冑を身に着けた兵士が哨戒にあたっていた。
宰相の執務室までやってくると、ついて来た騎士の一人がノックをし、アルノーを連れてきた旨を報告する。
案内に従って室内に踏み入った瞬間、アルノーは不意に威圧感を感じた。
机の方に視線を投げかけると、初老の男性が椅子に腰掛けていた。
装飾品などの飾り気はないが、仕立ての良い緑の羽織り。齢を重ねた顔には皺が刻まれているが、精悍な顔つきが未だ威厳を感じさせる。
色が抜け落ちた白い髪は、綺麗に櫛でとかされ肩胛骨の辺りまで伸びていた。
リデフォール王国宰相、ロベール・ド・クラオンがそこにいた。
「いつまでそこに立っているのかね。入るなり引き返すなりしたらどうだ? 部屋の暖気が逃げてかなわん」
アルノーがはっとする。雰囲気に呑まれ、気付けば扉の位置で立ち止まっていた。
扉を閉め、申し訳ありませんと告げて部屋の中に入る。
思った以上に、佇まいに隙がない。
それが宰相を間近で見た、アルノーの第一印象だった。
もちろんジェラールを通して遠巻きに
呑まれるわけにはいかない。
アルノーが気を取り直し、ロベールを真正面から見据える。
「陛下のおわす城に兵を仕向けた此度の蛮行、宰相閣下は如何おつもりでしょうか」
「ふむ。蛮行ときたか」
「失礼。田舎育ちの
「浅学か。確かに。卑屈な言葉を並べれば謙遜になると思っているあたり、社交場でのマナーが備わっているとは言い難い」
思い切り、出鼻をくじかれた。
「なるほど。その様子では、昨夜陛下が倒れられたことを知らんな」
伏せた先でアルノーの眼光が鋭くなる。
嘘だと、瞬時に察した。
恐らく、今回のシナリオなのだろう。
「葬儀のあと、陛下の容態が急激に悪化してな。すぐに医者を呼んだのだ。それが一部の不届きものの目に留まったらしい。幸い陛下は一命を取り留めたが、今度は陛下の不調をこれ幸いにと、私兵を招き入れた貴族がいた」
「どなたが、何故そのようなことを?」
「貴殿は聞かぬ方が良かろうよ。同じ国王派の醜態ほど、聞くに堪えぬことはない。拐かして要求を通すつもりだったか、或いは死に体の派閥を見かねて、無理矢理擁立でもしようとしたのか。今取り調べの最中だ」
城を占拠した正当性を主張しつつ、その責任をさりげなく国王派に擦り付ける。
ふざけた話だが、これを通してしまえるのが宰相ロベールだ。
事実、ミリー公爵もジェラール王太子も亡き今の国王派では、その戯言をひっくり返せる人間はいないだろう。
「下手人を捕らえておいででしたら、第二師団を退かせては? いつまでも居座らせては、城の者をいたずらに不安にさせましょう」
「無論、そのようにしよう。但し、真の下手人が見つかった場合には、の話だ」
ロベールの圧が高まったことを、アルノーは感じた。
なるほど。巷では宰相派の仕業になっているが、確かに宰相ロベールだけは確信を持っているはずだった。王太子ジェラール暗殺の実行犯が、他にいることは。
「はて。陛下を拐かそうとした者は捕まえたと、先程お聞きしましたが」
「そちらは、ついでに過ぎない。今の状況を仕込んだ人間がいる。そいつを捕まえぬ限り、今回の騒動は解決とは言えまい」
椅子に座りながら、ロベールの眼は確かにアルノーを射抜いていた。
今の状況を鑑みるに、まだアルノーが実行犯だと確証を持っているわけではないだろうが。確実に、ロベールは疑いを持ってアルノーと接していた。
アルノーの背に冷たいものが走る。
宰相ロベールを甘く見ていたことを、これでもかとばかりに思い知った。
確かに、最初から雌雄を決するつもりであった。
ただその結末は、やはり自分が寝首を掻く形になると、そう思い込んでいた。
だが目の前にいる王国宰相は、いずれ来る黒幕との対決を見据え、今回一足先に陣立てを行っていた。
濡れ衣を着せられている身とはいえ、国王派の重鎮二人の死は、それだけで十分ロベールに大きく有利に働くはずだった。国王派に死んだ二人以上の求心力を持つ者など、いないのだから。
それにも関わらずこの男は油断をするどころか、全てを平らげようとしている。
これが王国を長年牛耳ってきた、宰相ロベール・ド・クラオン。
「目の前に、宝石のあしらわれた王冠が転がってきた。それだけでは、物足りぬと仰るのですね」
「拾ってくださいとばかりに転がり込んだから、拾ってやったにすぎない。だが冠を盗んだ者は、見つけねばなるまい。ただでさえ、拾った私に嫌疑が向いているのだから」
「冠は戴き、なおかつ盗人の首を上げ、名声も得ると。恐ろしい人だ」
覚悟を決めなければならないと、アルノーは心中で決意する。
ロベールを越えなくては、玉座は手に入らない。
それに、決着の準備を重ねているのは、ロベールだけではない。
扉をノックする音が聞こえる。別の来客が来たようだった。
ロベールが虫でも払うように、退出を促す。
アルノーもそれに合わせて、扉に向かう。
早く演説の準備に取り掛からねばならない。
この状況で、民に向けて果たして何を話すのか。
恐らく自分の計画とも、関わって来ざるを得ないだろう。
嫌な予感を抱きながら、アルノーは部屋を退出する。
そして明くる日、演説は始まった。
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