第10話 出向、追放
「そんなわけで、団長補佐をクビになった」
演説から三日後。
城内の執務室にアーネとアディを呼んだアルノーは、開口一番はきはきと言い切った。
「何それ! アルノー悪いことしてないじゃん」
「王太子護衛の任にありながら、暗殺を許したぞ」
「アルノーだけの責任じゃないでしょ!」
「むしろ、騎士を剥奪されないだけ温情ですね。国外追放か、下手したら死罪も有り得なくはなかったかと」
アディがいつも以上に手厳しいが、完全にその通りだった。
「田舎への出向もセットだから、事実上の追放のようなものだけどな」
アルノーが手元の羊皮紙をアーネ達に投げ渡す。
通知書と題されたそれには、確かにその通りのことが書かれていた。文末には貴族院議長、つまりは宰相ロベールのサインがしっかりと入っている。
建前としては、団長補佐にはまだ若すぎたので、諸国を巡らせて相応しい経験と実績を培って欲しいなどと宣っている。
だが敵対していたことへの意趣返しは明白で、聞き入れたら最後、二度と王都には戻れないだろう。
護衛失敗という付け入る隙を見せたので、当然の行動ではあるのだが。
「うわ、全然聞いたことない街だね。ウチらの故郷より遠くに飛ばされてるじゃん」
「離れてますが、王の直轄地ですね。ほとんど何もないので誰も統治したがらない、でも一応国内だから王家が治めているって場所です」
騎士にしがみつきたいなら構わないが閑地へ飛ばす。嫌なら辞めろということである。
「しかも赴任は十日後、本日中に執務室を引き払い引き継ぎを行うこと、ですか。これまた短いですね。移動を考えると、今からでも準備をしないと」
「俺だけじゃなく、第一師団の多くの騎士に出向命令が出ているらしい。よくもまあ、左遷先をポンポンと用意できるもんだ」
明示はされていないものの、騎士団再編も同時に行うつもりだろう。これで名実ともに騎士団、つまりは王国軍の中枢がロベールのものになる。
「アルノーさん。一応聞きますけど、この異動、黙って受けるつもりなんですか」
「正式な文書として出された以上、どうにもならん。政争で敗れた結果だからな」
「ていうか戴冠式まだだし、ロベールまだ国王じゃないじゃん。こんな権限あるわけ?」
「団長不在時は、国王若しくは宰相が上位者として職務にあたるから制度上は問題ない」
騎士の叙勲は国王による「任命」だが、騎士団内の役職者は騎士団長が指名、国王の「承認」で決められる。国王が職務に就けない場合、宰相が代理で行う。
任命であれば国王の「権利」のため代理は認められないが、承認行為は国王の「職務」の内だから、やはり今回の出向話も通ってしまう。
「知ってるよ、そんなこと。あたしが言いたいのはそんなことじゃなくて」
知ってるのかよ。
アルノーは一瞬驚いて口を開きかけたが、それを言ってしまうとさらにヒートアップしそうだったので、ぎりぎりで口を
元々勉強家なきらいはあるので、知っていてもおかしくはないのだが。
「先生が亡くなったばかりで。城を占拠したと思ったら、自分が王になるとか勝手なこと言い出して。そんでもっていきなり騎士団人事に口出して。図々しすぎるんだよ!」
アーネの瞳が涙で潤んでいる。感情豊かな性格ではあるが、ここまで怒りを露わにしているのは、アルノーも久しぶりに見た。ロベールに大事にしているモノにちょっかいを出され、我慢が利かなくなっているのだろう。
だが今回の通達は、間接的とはいえアルノーが自ら招いたことであるし、自身でも予想していたことではあった。
自分の行いが幼馴染みを傷付けたと思うと、アルノーは胸が痛んだ。
どうアーネを落ち着かせようと悩んでいると、扉からノックが聞こえてきた。
心当たりがあったので、アルノーは確かめもせずにどうぞと声を掛ける。
「失礼します。師範、御用とのことでしたので参上致しました」
「どもー。言われたとおり来たよ、にーさん」
現れたのはデュオとディアナだった。
アルノーが呼んでいたのだが、話を聞かされていなかったアーネが露骨に驚く。
「ん? ねーさんがにーさんに泣かされてる。どゆこと?」
「それあたしのセリフだから! 何で二人がここに」
「部屋を引き払うから、その手伝いに呼んだんだ。何しろ今日中だからな」
それも聞いてないぞとばかりに、アーネが睨む。
団長補佐を罷免されたのだから、当然城内に部屋など持てない。
アルノーはそれも含めた説明のつもりだったが、上手く伝わらなかったようだ。
「本当に今日でお別れなんですね。寂しくなります」
「俺もアディとお別れするのは残念だよ」
「うーん、そっか。何だかんだこの部屋気に入ってたから残念だなあ。私も今日で最後なら、ちょっと挨拶回りして来なきゃ」
「冗談はほどほどにしとけ。アーネが片付なきゃ、誰が片すんだ」
「は? アルノーでしょ。決まってるじゃん」
「半分以上、アーネの私物なんだよ。本とか枕とか服とか替えの下着とか。替えの下着ってなんだ、いい加減にしろよ」
「何でそんなの置いてるんですか、アーネさん」
ジェラールに見つかったときは、冷やかされて大変だった。
もちろん、昼夜構わずアーネに仕事を回すアルノーにも責任はあるのだが。
そもそも、騎士と従士が日頃から付きっきりで生活するというのは、別段珍しい話ではない。
「手伝いも到着したことだし、俺は詰所に行って引き継ぎを進めてくる。その間、こっちは任せたぞ」
「うぇー面倒臭いなあ。ディアナ、私の荷物まとめて家に運んどいて」
「いいけど。私達以外にも、ベンやトリスタンやオクタビオも今来るよ。ねーさんのぱんつ、触らせていいの?」
「あー、青少年にはちょっと刺激強いか。年上属性こじらせちゃったら、将来影響するし。フェロモンたっぷりなのも、こういう時考えものだよねえ」
「ハチみたいな習性だな。それかアリ」
「せめてチョウって言え!」
鋭いローキックがアルノーの脛を捕らえる。理不尽だとアルノーは思った。
「はいはいアーネさん。暴れたら部屋、散らかっちゃいますよ。私もお手伝いしますので、みんなで頑張りましょう」
満面の笑みで天使のようなことをアディが言う。
僅かでも、ジェラールのことを吹っ切れたのだろうか。付き合わせてしまい申し訳ないと思いつつも、少しでも気晴らしになればいいと、アルノーは本心でそう思った。
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