第6話(上)暗闇の決闘、忘恩の刃

 まずはアルノーが動いた。腰から下げた革袋の蓋を外し、大きく振って水をぶち撒ける。

 アルノーから発せられる光が水滴に伸びて、次の瞬間、水が猛スピードで射出されていった。

 

 ジェラールもほぼ同時に動いていた。土の魔石があしらわれた指輪から淡い光が漏れだし、足下へと落ちる。

 ジェラールが虚空で引っ張り上げる動作をすると、足下から土壁が一気に迫り上がった。土壁は、アルノーの放った水弾を悉く受け止める。

 水弾では土術の壁を突破できないと判断したか、アルノーは剣を持ち、土壁を迂回するように距離を縮めてきた。

 しかし自分の間合いにまで引き付けたところで、ジェラールが先に剣を振るう。

 アルノーはそれをしゃがみ込んでかわすと、再度革袋の水を撒き、近距離から水弾を放った。

 ジェラールは剣を盾にして、散らばる前の水弾を残らず受ける。土術で強度を上げた剣は傷一つ付かなかった。

 術後で無防備になったアルノーに、ジェラールは正面から真っ直ぐ剣を振り下ろす。

 アルノーが苦し紛れに左腕を前に突き出すが、ジェラールの一撃は腕の手甲ごと叩き切り、顔面を割る。

 そのはずだった。


 剣がアルノーの手甲に触れた瞬間、斬撃の威力がどこかに掻き消えた。

 少なくともジェラールは、そう感じた。

 アルノーの手甲が弾けるように消し飛ぶ。手甲のみならず、上腕から肩までの鎧が蒸発するように消滅した。

 鎧の下から表れたアルノーの体は、傷ひとつ付いていない。

 体勢を立て直したアルノーが、後ろに跳び下がる。ジェラールはそれを、敢えて追わなかった。


「その鎧、圧縮させた水で出来ているんだね」


 アルノーの兜を割った最初の一撃で、薄々気付いてはいた。

 明らかに手応えが、金属を砕いたそれとは違ったのだ。あの時も、頭頂部から兜が弾けるように消えていた。


水鏡ウォーターアバターを使わないから妙だと思ったけど。それが奥の手というわけかい」

水鏡ウォーターアバターも使っていますよ。衛兵がここに来ないよう、賊としてあちこちに配置しています。水人形で死体を偽装できたら、色々と楽だったのですが」

「そのための刺客、かな。取り逃したのは虚報だったんだね」


 いかに精緻な水人形でも、本当の人体を作れるわけではない。

 のちに、確かに襲撃はあったのだとするために、どうしても死体役が必要だったのだろう。


「その水の鎧、まさか斬撃の威力を全て吸収できるとは驚きだ」


 ジェラールとしては鎧込みでも、腕を叩き折れる程度には本気だった。人体保護だけではなく、鎧を形成する水だけで、衝撃を受け流されるのは予想外だった。

 鎧が弾けるように消えたのは、殺しきれなかった威力を逃がすためだろう。


今鏡プリテンドアバターと名付けた技です。本来は勝負所まで隠しておきたかったのですが。初撃を浴びたのが痛かった」


 アルノーの全身が光りを帯びていく。

 それと同時に、鎧の破壊された部位も復元し、元に戻っていく。兜の修復をしないのは、視界が遮られるのを嫌がったからか。

 とはいえ水の補充が出来たわけではないので、全体を薄くして損壊部分の復元を行ったのだろう。何度か破壊を繰り返せば、今鏡プリテンドアバターを剥がしきることは可能のはず。

 二十半ばでここまでの水術を繰り上げるのは、流石の才能だった。

 水人形を繰る技術自体、扱える術師の数は、王国内でも両手の指で足りる。水術の精密性は、他の追随を許さない領域に達している。


「そんな技術、教えた覚えはないんだけどね」 


 ジェラールが一気に間合いを詰める。お互いの戦闘技術は把握できている。真っ向からの戦いならば、このまま押し切れる。それはアルノーも分かっているはずなので、当然手を打ってくる。


 ならば、そろそろアレを使うはず。


 アルノーが革袋の中身を全てぶち撒けて、水弾を射出してくる。

 何度も見た攻撃だ、最早土壁を出すまでもない。

 直撃弾だけ剣で弾き、後はかわしてジェラールはそのまま突撃する。

 アルノーは技の直後で、受ける準備が出来ていない。

 あと一歩踏み込めば。そんなときだった。

 暗殺者達の遺体から拡がった血溜まり。そこから棘が生えるように、水の刃がジェラールに伸びた。

 背後からの一撃を、ジェラールは待っていたと言わんばかりに振り向き、枝を落とすように切り裂いた。


「くっ!」


 アルノーが驚きの声を上げる。

 ジェラールは斬撃の勢いのまま回転し向きを戻し、アルノーを袈裟斬りにした。アルノーの鎧が、膝下の脚甲を残しほとんどが弾け飛ぶ。


「私が本来水使いだということ、忘れていないかい。使えそうな水場に手を伸ばしたら、既に手つきなんだから警戒するに決まっているだろう」


 水場がないときは、用意するのが水使いの鉄則だ。それは戦場の血溜まりであっても例外ではない。

 アルノーが首を刎ねるという残虐な殺し方をしたのも、血液という水分を確保するためだ。

 そしてジェラールが魔石で操作しようとしたとき、既に誰かがそれを操っている状態だった。


「水弾の連発で注意を引きたかったのだろうけど、仕込みが甘い」


 血の刃は敢えて大きく斬り飛ばした。こう散り散りになっては、再利用は叶わない。革袋の水も既に空になっている。これでもはや水術に用いる水は残っていない。

 そこまで見抜いたジェラールは様子見を止め、攻勢にまわる。

 闘いを優勢に進めていたアルノーは、次第に守りへと転じなければならなくなった。そこを容赦なく攻めたてる。

 斬り、払い、打ち、突き、斬り、返して、薙ぎ、叩き、振るい、弾き、刻み、斬り、裂いて、殴り、斬り、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って斬って斬って斬って斬って斬りまくる。

 ジェラールは華麗なる剣技を、流れるようにいとまなく繋ぎ続けた。

 アルノーは必死に決定打を回避するも、その苛烈極まる攻めの前に、身体にはどんどん傷が刻まれていく。

 それでも未だこの猛攻の中で、両の足で立てているだけ奇跡ともいえた。

 闘いは決着に向かって着々と進んでいった。

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