第4話(上)道場の日常、道場の非日常
会議室を出たアルノーはアディに連れられ、城の外まで出ていた。
昼間は直視できないほど眩しかった太陽が、今では傾き、黄色に染まりつつある。
思った以上に話し込んでいたようだった。
東門を抜け、上流階級の居住地を通り過ぎ、繁華街の人混みを掻き分けて進む。
王都は国の東端にあるため、東門を抜けた先には海と整備された港湾地区が広がっている。
海運や貿易で富を気付いたリデフォール王国の、心臓部と言える場所だ。
港は国中で拓かれているが、王城と面しているこの港が特に最大規模だ。城勤めする者であれば、王宮から毎日、湾を出入りする船を眺めることが出来る。
露店が軒を並べる浜通りを素通りしながら、二人は慣れた足取りで、とある場所へ向かっていた。
アルノーは行き先を聞いていなかったが、アーネが彼を引き連れて港湾地区に行くとしたら、自ずと候補は絞られていた。
「確かに、道場にはしばらく顔を出していなかったから、いい加減そろそろとは思ってたけど」
「何それ言い訳? 判決が出てから抗弁しても遅いんだよ。この件については、ちょっと怒ってるからね」
「任せっきりにしてたことは悪いと思ってる。ごめん」
「人には仕事仕事言ってるくせにさ、都合が悪いことにはだんまりだよね。私が連れ出さなきゃあ、次いつ顔出すつもりだったの」
なおもアーネの愚痴は止まらない。どうやら道場を放りっぱなしにしてたことを、大分根に持っているようだった。着くまで言われ続けるなと、アルノーは半ば諦めモードに入りながら、歩くペースを速める。
行き交う人々や荷車の群れをかわして歩き続けると、やがて目新しい倉庫が建ち並ぶエリアが見えてくる。
その手前、倉庫街と浜通りの合流地点となっている広場に出ると、一角に木造の一軒家があった。建屋の中からは時折、年若い男女の声が聞こえてくる。
アルノー達は特にノックすることもなく、その木造の建物に入っていった。
家屋の中は、この地方では珍しく玄関が
二人が靴を脱いだ先で両開きの木戸を開けると、そこは全面板張りの広い空間になっていた。潮風と直射日光を防ぐために石造りとなっている家が多いこの地方で、全面木造というのはかなり珍しい。
家主となっているアルノーも、最初は風が吹くたびに夜鳴きする家に不気味さと不安感を感じていたものの、慣れた今となっては、木の匂いと暖かみにのめり込んでいた。夏の日差しの強い日なども、石造りの本邸と違い熱が溜まりにくいので、涼しさを求めてこちらの屋敷に帰る日もあった。
板張りの広間では、十代くらいの子供達が集まって体を動かしたり、木剣や防具などを拭いて手入れをしていた。
「なるほど、今日はみんな来てたのか」
「あたしが誘っておいたからね。今日は久々に師範が来るよ、って」
それでどうしても連れて来たがっていたらしい。
人数は二十名ほどで、男女比で言えばやや男子が多い。
半分ほどは、まだ児童と言って差し支えないほど幼かった。運動をしているというよりは、じゃれ合ってると表現した方がまだ正しい。
もう半分は十代半ばから後半あたりの若者で、こちらは木剣を構えて本格的な打ち込みをしたり、年少組の面倒を見たりしている。
その中でひときわ大人びた青年が、入ってきたアルノーとアーネに気付いた。子供達への指導を一旦取りやめ、二人の傍まで駆け寄っていき丁寧に頭を下げる。
「お久し振りです師範。お変わりないようで僥倖です。師範代も毎日お疲れ様です」
「元気そうだなデュオ。ここのところ、まともに顔を出せずにすまない」
「おつかれデュオくん。今日は人多いけど大丈夫? みんな仲良くできてる?」
「問題ありません、と言いたいところですが。流石に手に余しています。お二方がいらして助かりました」
困った顔をしながら、まとめ役のデュオが答える。道場の子供達の中では最年長にあたり、アルノー達からも子供達からも信頼が厚い。
元は貴族の血筋だが、後継争いに敗れ家を追い出されたところをアルノーに拾われて、この道場を仮住まいとして与えられていた。
アルノーとしても家屋の管理だけでも有難いのに、流れで始めた道場まで手伝ってくれるので、大分助かっていた。今もこの道場が維持存続できているのは、デュオの管理者としてのスキル故だ。
「いつもごめんね。私もずっと居られてる訳じゃないし。今度ディアナにもお手伝いさせるよう言っておくから」
「彼女が手伝うとも思えないですが。むしろこっちに回られると仕事が増えそうなので、お気持ちだけ頂きます。今でさえ、あの調子ですし」
デュオが道場の端を指さす。そこには、周囲の喧噪をものともせず、毛布を被って寝こける少女がいた。よく見れば、懐には年少組の中でも飛びきり幼いであろう子供が二人、引っ付くようにして一緒に寝ている。
「あ、ディアナ! 道場に来てまで寝るな、みんな揃えた意味ないでしょ!」
アーネがどすどすと不機嫌そうな足音を立てて近付き、容赦なく毛布を剥ぐ。年少組が起きないように器用にディアナと呼ばれた少女だけを踏みつけ、揺らし始める。
「ほら、おーきーろ!」
「んむぅ。ねーさん、いたぃ」
面倒臭そうに、横になっていた少女が体を起こす。年は十七、八といった風貌で、ミディアムくらいの黒髪に、一束分の灰色の付け毛をしているのが特徴的だった。
アーネよりは女性的な丸みを帯びた体つきをしているが、鍛えてないだけと言われると、そのような気もする体型だった。
やたらと襟が広い服を着ており、大きな欠伸をした際に、さらに際どい位置までずれていく。あわやというところでアーネが襟を引っ掴み、元の位置まで着直させる。
「もう、この服あたしんじゃん。これ単品で着る服じゃないから、てか勝手に着るな。ウイッグは寝るとき外せ」
「だってねーさん、私の服どっかに隠したまんまだよ。探したけど分かんないから、もうねーさんので良いかなって」
「寝所入ってすぐの台に上げといたでしょ! しかもちゃんと言ったし。いつもそこに置いてるんだからいい加減覚えろ!」
道場内にかしましい声が響く。だが周りの人間は気にせず、それぞれの仕事や鍛錬に打ち込んでいる。アルノーがデュオを見ると、いつものことですと言わんばかりに深く首肯した。
デュオがアルノーの一番弟子だとすれば、ディアナはアーネの一番弟子のような存在だ。
複雑な家庭環境で育ったので、アーネに預ける形で世話を任せている。当初からアーネの家に居候する形で同居しており、仲は非常に良い。
今ではアーネを姉と慕い、甘えたい放題懐いている間柄だ。アーネの方も何だかんだ、まんざらでは無さそうだった。
おかげで彼女といるときのアーネは、普段の自由奔放気分屋な性格がなりを潜め、しっかり者の側面を見せてくる。
「まあ、いつも通りの風景か」
なおもアーネが小言を言い続けているようだった。
その小言を人に言えるなら、翻って自分にも適用して欲しい。そんな詮無いことを考えていたときだった。
「あ、シハンだ!」
「シハン、お久し振りです!」
「シハン、稽古つけてください!」
年少組がアルノーを見つけたのか、わらわらと集まってくる。
皆にこやかな笑顔を見せてくれているが、元は血筋や家柄の関係で一悶着あったり、商家の三男四男で、家庭内で持て余されている子達だ。
どれもアルノーが噂を聞きつけては道場に住まわせたり、通わせていたりしている。親と話が付いている者もいれば、半ば匿うように暮らしている者もいる。
今となっては皆、アルノーにとって弟妹のような存在だった。
そもそもこの建物は、密輸組織が根城にしていた屋敷であり、大陸東部の建築様式になっているのもそのカモフラージュだった。
組織を潰し終えた後、再利用されないよう差し押さえたものの、どうしようかと考えていたときに出会ったのがデュオだ。
始めは仮住まいの提供だけのつもりが、最低限の護身術を学ばせたいと考えるようになり、それが道場の走りとなった。
デュオに似た境遇の子供が増え、周囲の住民からも門戸生を募うようになり、さらに人が増え今の規模になった。
「ほんと、増えたよなあ」
「師範の人徳です。胸をお張り下さい」
デュオが間髪入れずフォローを入れてくる。人のことをよく見れていると、アルノーが感心する。
自分が弟子を取るなど最初は考えられなかった。右往左往しながら必死に情けない姿を見られないよう頑張ってきたつもりだったが、果たしてデュオは自分とは比べものにならないくらい、真っ直ぐに育ってくれた。
そんなことを考えてると、胸の内が温かくなってくる感覚をアルノーは覚える。
「先生も、同じなのかな」
そのことを考えると、少しだけ寂しい思いに駆られる。今の自分と先生が擦れ違っているように、デュオともいつかそうなってしまうかも知れない。
詮無きことだとは、分かっているけれど。
それでも今のアルノーには、思いを馳せずにはいられなかった。
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