第3話(上)挙兵の上申、裏庭の会議


 

「お話中、申し訳ございません。アルノー卿がお話があるとのことでしたのでお連れ致しました」


 部屋は、会議室と呼ぶのがおこがましいくらいの様相だった。壊れかけの大きな机と椅子がいくつかばかりあるだけで、どちらかと言えば物置に近い。

 中では、二人の人物が対面になるようにして座っている。


「アルノーか。もしかして、頼んでいた報告の件かな」


 リデフォール王国王太子にして騎士団総団長、ジェラール・ホラル・リヴァイアサン・ド・リデフォールは今年で丁度三十六歳になる。

 黒に茶色がかった髪で、がっしりとして大柄な体格だが、童顔のおかげで大抵五歳は若くみられる。首に提げた長方形型の装飾がかったペンダント等も、年不相応さを感じさせない。

 どちらかといえば、貴公子といったほうがしっくりくる容姿だ。

 彼こそが直系唯一の男子であり、次期国王を担うであろう人物だった。


「あら、申し訳ありません殿下。長居してしまったようですね」


 恭しい口調であるものの、どこか距離の近さを感じさせる軽快さで、向かいに座わる女性が頭を下げる。

 見事なまでに大きな碧い瞳。すっきりとした目鼻立ち。しっかりと梳かした長い髪は、腰近くまで伸びている。

 野暮ったいと評判の女性用軍服も、彼女が着ると不思議と引き締まった印象を受ける。いるだけで空間が華やぐような、繊細な芸術品のような存在感だった。

 

「こちらこそ多忙な御身を引き止めてしまい、申し訳ない。昨今は情勢も相まってお会いするのも容易でありませんでしたから」

「殿下にそう仰って頂けると恐縮です。それではまた改めて」


 深くお辞儀すると、先にいた女性は席を立つ。擦れ違い際の、流し目での会釈がどこか妖艶だった。去っていく背を、アルノーは毅然とした立ち姿で見送る。


「む、でれでれしてない。今の流し目、絶対持ってかれたと思ったのに」

「何がだよ。裸で歩いてたわけじゃあるまいし、易々と鼻の下伸ばすかよ」

「うわやば、きも。女子の目の前で。ほんとアルノー、そういうとこ」

「あの、お二方。一応、殿下の御前ですので。そのあたりで何卒」


 言い合っていた二人が慌てて顔を前に向ける。

 咳払いの真似をした王太子ジェラールが、じっとアルノー達を見ていた。


「お目汚し失礼致しました。二度と無きよう自重いたしますので、ご容赦願います」

「怒っちゃあいないさ。二人揃って顔を見せることも、最近は少なかったからね。それはそうとアディ、どさくさに紛れて私を一応呼ばわりしなかった?」

「え、私は目こぼし頂けないのです? この流れで?」


 ジェラールが穏やかにと笑う。すまないとばかりに軽く手を挙げて、冗談だとアピールしていた。

 もちろんそんなポーズが無くても、ただの冗談だと言うことは誰もが分かっていた。


「昨夜の件について、内容をまとめたものを持参致しました」

「助かる。宰相派に手を回すより、そっちの方が正確だと思って」

「昨夜の件、ですか。城内の噂で、宰相一派の仕業だという声がちらほら聞こえてきましたが」 


 アディがいきなり核心を突く。

 皆が沈黙する中、考え込んだ末にといった様子でジェラールが口火を切る。


「分からない。結果だけ見れば、確かに宰相が一番得をする形となったわけだけど、時期が半端すぎる。病床にいる父王が亡くなった後ならば別だけど、この時期にミリー公を手にかけては、自分の仕業だと喧伝するようなものだから。宰相はそういう情勢を見極められるタイプだし、違和感がね」

「今回の件、宰相以外にも動いている者がいるのかもしれません」

 

 繋ぐようにアルノーも考えを述べる。

 二人の言うことが正しいとすれば、それはつまり、宰相以外の人物が裏に潜んでいることになる。

 ただでさえ、宰相に手をこまねいている状況だというのに、だ。


「殿下、以前献策させて頂いた案、ご検討頂けましたか」


 アルノーの一言に、ジェラールが困ったような顔をする。

 今その話をするのかと言わんばかりだった。アルノーとしても困るのは分かっているが、これ以上引き延ばしにできない。陣営に死者が出ているのだ。


「過激な案であるのは理解の上です。ですが最短の最善策です」

「最短が最善とは限らない。そこをもう少し考えてほしい」

「昨日のミリー卿の件で分かったことでしょう。宰相を放っておけば、取り返しが付かなくなる。味方はどんどん消えていく。陣営の者ならばまだいい。市井のものまで累が及びかねません」

「宰相の仕業とは限らないという話を、今していたと思ったけど」

「宰相だろうと、混乱に乗じた誰かの犯行であろうと、宰相の圧政が引き金になったことは明らかです。誰がではなく、何故起こったかが、重要では」

「分かってるじゃないか。宰相のような拙速はどこかで歪みを生む。真偽も定かではないのに、暗殺はやり過ぎだったという声が宰相陣営からも出ている。ミリー公爵ほどの人物だと、派閥が違えど付き合いがあった者も多いからね。少し様子を見よう」


 敵陣営の話を、もう入手している。

 それでアルノーは納得した。部屋に着いたときにすれ違った先客の女性。あれが情報源なのだろう。


「時間をおいたとしても、好転は期待できません。内部崩壊が成るほど、宰相は甘くない。手綱を握り直されるのがオチです。今が、攻め時なのです」


 もちろん国王派とてミリーの死は大きい。

 事後処理や後任選びも、すぐには終わらない。

 それでも攻めるべきだというのが、アルノーの意見だった。


「国王派内の立て直しは後で宜しい。事が成れば刷新される組織図など、今書き換えることにどれほど意味がありましょう」

「ねえ、ちょっとちょっとアルノー」


 アルノーが何を上申したか、さすがに察したのであろう。

 アーネが軍服の裾を引っ張って、言い過ぎだと伝えてくる。

 そんなことはアルノーも分かっている。

 だが、それでも。今こそ王太子ジェラールに立ちあがって貰わなければ。

 ジェラールの言った通り、王宮内は陣営問わず揺れている。

 逆に言えば、既に賽は投げられたとも言える。


「今も刻一刻と、宰相の無理な増税で民は苦しんでおります。貴族の暴走を止め、罪無き国民を守るのが、王たる者の使命ではないのですか」

「ふむ、王の使命ときたか」


 一瞬で、空気が冷え込む。アルノーも、自分の迂闊な発言にすぐ思い当たる。

 よりにもよって、王室の人間に面と向かって王のなんたるかを語るなど、不遜にもほどがある。場所が違えばその場で処断となってもおかしくない。


「ああ、すまない。怒っているわけではないんだ。思えばアルノーには色々なことを教え込んだけど、この手の政争を話題にするのは初めてだね。避けていたわけではあるんだけど、君が興味があるならば、もっと早く話をするべきだった」

「出過ぎた物言いをしました。撤回します。ただ、今は挙兵の請願についてです」

「やれやれ。戦のことは兎も角、君の考える理想の王については、とても興味があるのに」


 失言をした自覚があった。故にここは一度、提案を取り下げるべきなのだが。

 アルノーはなおも食い下がる。


「今一度、ご一考ください。貴方の号令は、万の兵を立ちあがらせる。兵さえ動かば、私が先陣に立ち宰相の首を上げてご覧にいれましょう」

「頼もしい言葉だけど。それでも挙兵は出来ない」


 アルノーの熱意に圧されることなく、王太子ジェラールが拒絶する。優しげな口調とは裏腹に、はっきりとした意志を感じられる言葉だった。


「私を買ってくれるのは、嬉しいのだけれど。戦慣れしていない貴族連中を戦場に引きずり出せるほど、私にカリスマは無いよ」


 とても悲しげに、ジェラールが言葉を重ねる。


「きっと、温厚な時代を重ねすぎたんだろう。騎士という名称が、この国では爵位を表す程度の意味しかないことは、アルノーも知っているね。志は無く使命も背負わず練武に明け暮れることもなく。けれども爵位としての旨味だけはすするのが、リデフォールにおいての騎士だ。嫌な言い方をしてしまうけれど、平民出で二十半ばの君が騎士団長補佐に抜擢ばってきされるくらい、騎士団には人材がいないんだ」


 ジェラールの瞳がアルノーを射抜く。

 剣術や作法を仕込んだ頃のような、指導者としての使命に満ちた視線とは、全く異なっていた。


「もちろん君が色々な逆境を乗り越えて私の元まできてくれたことは、有難く思っているよ。王宮の騎士団でさえそんな始末だから、各地方の貴族達が抱える私兵なんて、及ぶべくもない。それこそ例外は宰相閣下の領軍くらいだろうね。そんな状況で私が檄を飛ばしたとして、誰が立ち上がれるだろう。それこそ敗れたら、逆賊の汚名を着せられたうえでの処刑は、免れられないというのに」


アルノーはここでようやく、先程王太子から感じた意志について、その正体に気が付いた。


「たとえ立ち上がる者がいたとして、それこそ盗賊退治さえ王都の騎士団や傭兵に任せてばかりの者達が、どれほど役に立つだろう。そもそも鎧を着たまま走れるのか、槍や剣を振るうことは出来るのか。鍬を持った農民に頼る方が、まだ戦の真似事としては成立するかもね。詰まるところアルノー、君は」


 ジェラールの心は、ある種の諦観で満ちていた。

 そのことに、気付いてしまった。


「君は騎士に、夢を見すぎだ」


 いつから、こうなってしまったんだろう。どのくらい擦れ違っていたのだろう。

 同じ夢を見ていると信じられていたのは、全くの誤解だったのだろうか。


「あなたが起つのなら、後は全て私が承ります。それでも、ですか」

「私を、私が嫌いな連中と同じ座に据えないで欲しい」


 危険を他人に押しつけて、安全な位置で成果のみを搾取することは好まない。

 ジェラールが今まさに語ったことだ。

 であればこそ、彼は起つべきではないだろうか。

 疑問が脳内をぐるぐると駆けめぐる。言いたいことはたくさんあるのに、何故だか言葉が出なかった。


 話が悪い流れになっていた中、ジェラールがやれやれといった顔で息をついた。


「とはいえミリー公が死んだのなら、どのみち必ず宰相殿は動く。最初に言ったとおり、彼にとっても望ましくない展開だろうからね。なれば私は王族の務めとして、玉座と王家の財宝、大海蛇の水晶リヴァイアサンを守らなければならないことに変わりないよ」


 アルノーの頭に、ジェラールが優しく手を置く。

 落ち着けと言われたような気がした。


大海蛇の水晶リヴァイアサン、ですか」

「ああ。もちろん、それだけではないけど」


 ジェラールがとある方を向く。アルノーもつられて見ると、不安そうに見守るアディとアーネがいた。どうやら、心配をかけてしまっていたらしい。


「由緒正しガラクタと言った方が正しいんだけどね、あの魔石。私も起動できたこと無いし」


 自嘲気味にジェラールが言う。

 数多の魔石の中でもとりわけ最高位に位置し、世界に一つずつしか確認されていない四大の魔石。

 その一つが大海蛇の水晶リヴァイアサンと呼ばれる魔石だ。

 莫大な力を持つ半面、決められた一族にしか起動させることができない。

 リデフォールの王家もその一族であり、王族のミドルネームとしてもリヴァイアサンの名前は用いられている。

 とはいえ、その血筋のものが全員扱えるわけではない。まだまだ解明が進んでいない、オーパーツのような魔石だ。

 

「あれ? 先生、使ったことありませんでしたっけ? 四年前の戦争の時とか」

「ん? ああ。そういえばあったかも。一応」


 アーネの疑問に対し、何故か歯切れ悪く答える。

 四年前、アルノーがまだ従士として仕えていた頃、この国は侵略の憂き目にあった。


 リデフォール王国は、北と南の大陸間の中継港として発展し、交易で莫大な富を得てきた国である。

 地理的に両大陸のほぼ中間にあるため、緩衝国として長年平和な状態にあった。

 にも関わらず急に大陸の大国が攻め入ったため、開戦当初はずいぶん混乱した。


 だが、後にジェラールが総団長の座につくと彼は戦局を五分に戻し、ついには自国の戦力のみで他国の侵略を防ぎきったのである。

 このとき、万一のために国王から託されていた国大海蛇の水晶リヴァイアサンをジェラールが使用したとされ、それが最大の勝因とされた。

 アーネが指摘したのも、このあたりの話が半ば常識の範疇として、王国内に広く流布されているからだ。


「あれの継承権は父のままだし、普段使い出来ない私には関係ない代物さ」


 急にふて腐れるジェラール。その様子を見たアーネが慌てて弁明しだす。


「あ、いえ。別にそんな意味で言ったんじゃないんです。でも歴代の中でも扱えたのが、建国時の初代国王様だけですし。国王様に返してなきゃ、有効活用できたかも」


 アーネは古代の秘宝に興味を持っているようだった。

 確かにあれをジェラールが使えたとすれば、大きい手札になったかも知れない。

 但し、それには大きな問題、というか不可能である事情があることを、当時小姓としてジェラールに随伴していたアルノーは知っている。


「いや、王室で保持してる大海蛇の水晶リヴァイアサン、実はイミテーションなんだよね。魔石ですらない」

「ええぇ」


 力が抜けたようにアーネが肩を落とす。

 四年前の勲功で名を馳せているだけに、寝耳に水の話だろう。


「殿下、それ機密情報です。軍と国に跨った最上級の」

「そうだっけ? 知ってる人は知ってる話だと思ってたけど。公然の事実的な」

「アルノーは知ってたの? ずるい!」

「ずるいってなんだ。そりゃあ間近で見てたから知ってるよ。アレ自然現象が重なっただけだぞ。戦勝を華々しく脚色するために、こじつけたんだ。都合よくあったし」


 王太子自らが先んじてバラしたので、続けとばかりにアルノーも説明し始める。

 あまり戦時中の話について、探って欲しくないという意図もあった。


「しょうもない。あの奇跡の勝利をモチーフにした小説だって山ほどあるのに」

「現実はそんなもんだ。大本営発表をいちいち真に受けてたらがっかりするぞ」

「身も蓋もない話ですねぇ。あまり知りたくなかったというか。言われてみると当時も不自然に、大海蛇の水晶リヴァイアサン発現者の話題が広がった気がします」


 黙って聞いていたアディも、思わずといった様子で声を零す。

 どうやら思っていた以上に、当時の隠蔽工作は上手くいっていたらしい。


「やれやれ。随分脱線してしまったけど、昨日の事件絡みの話は以上かな。アーネも巻き込んでしまってすまなかったね」

「いいえ。我が直下の従士であれば、団長の麾下であることに相違ありません。いつでも御用をお申し付け下さい」

「ちょっと、何でアルノーがそれ言うの。あたしもこの場にいるんだから、謝辞受け取るのもあたしなのが筋でしょ」


 妙なところで細かい。

 相手は王室の人間であり組織のトップでもある。この場でもっとも位の高いアルノーが、代表として応対するのは不自然なことではない。

 とはいえアーネが言いたいのは、そういうことではないのだろう。


「口調の堅さが戻ってしまったね。さっきはあんなにぐいぐいきていたのに。楽にして構わないよ」

「ほら先生もいいって言ってるじゃん。アルノーってばそうやっていつも体面だー体裁だー、って言ってるからコミュニケーション下手なんだって。少しはあたしみたく肩の力抜けばいーのに」

「アーネは本腰入れてるときの方が少ないだろうが。てかアーネが馬鹿やって、机やら書類やら全部吹き飛ばしたから、余計な仕事増えたんだよ」

「まださっきのこと根にもってんの? ねちっこいなあ。なんだかんだで人的被害無かったから、結果オーライじゃん」

「俺の机が吹っ飛んだ物的被害については、オーライに含まれないらしいな」


 そこでアルノーがはっとする。

 急に口調を崩したせいか、周りの視線が自分に集まっている気がした。

 口調や言い回しについては、彼もまだまだ勉強中の身だ。


「失礼しました。先程アーネに、公人に対する口の利き方を教育したばかりでしたので。まずは私が率先垂範せねばと」

「なんだよ教育ってさ。アルノーはあたしの婆ちゃんか」


 教育の成果が出るのはまだまだ先らしい。

 アルノーは溜息をひとつ吐くと、それまでの背筋を伸ばした佇まいを少しだけ崩し、手を後ろ手に組んで楽な体勢を取った。


「個人的見解を述べれば、アーネはあまり甘やかさない方がいいと思うのですが」

「大丈夫。アーネはちゃんとしているよ。勉強家だし、学んだことを活かせる知性もある。君だって知っているだろう」


 ジェラールに優しく諭され、アルノーは口を真一文字に結んでみせる。反論したいのをぐっと堪えているのが丸分かりだった。

 そう、アーネが優秀なことはアルノーが一番良く知っている。


 故郷を離れて早八年。アルノーが平民出ながらも騎士になったように、アーネも成長している。

 アルノーの後ろをひょこひょこついて回った少女は、今では自ら書を漁り学を身に付けている。

 そこから得た指揮能力や分析能力、作戦立案等においては、アルノーより上だと彼自身が認めていた。

 普段おちゃらけているので意外なのだが、アーネの将としての才は、家名で騎士の位を買ったような連中とは比較にならない。


 一方でアルノーに守られなくても済む程度には、戦いの術をも得ている。従士という扱いではあるものの、アルノーやジェラールに鍛えられた剣の腕は、平均的な騎士の水準を遙かに上回っていた。


 腕っ節で成り上がったアルノーと違い、色々な事をなし得る人間に育ったのだ。

 ともすれば、アルノーよりもよほど出世できる能力があっただろうに。


 なまじアルノーが嘗て、多少無茶な仕事であっても何でもこなして、派手に出世を重ねてしまったせいで、アーネにはそもそもの仕事が回ってこない。


 無論アルノーが直属の上司として仕事を与えているが、それ以外が全くで、いまいち名を挙げることに繋がっていない。

 下手なちょっかいは逆効果だと、彼らを僻む者達が学習しているのだ。


 彼女が正当に評価される社会基盤がないことが、歯がゆくて仕方ない。

 もっとも当のアーネに出世心が希薄なせいか、いまいち徒労な気もするが。


「ふふん、聞いたアルノー。先生みたいに見る目がある人は違うね。いやー、ちゃんと見てくれる人がいるっていいことだなー。普段傍にいる上司がポンコツでも、頑張れるなー」


 わざとらしくアルノーの脇腹を肘で突いてくる。

 ちゃんと見てるぞと反論しかけて、ギリギリで口を閉じた。

 甘やかさないと言った手前、図に乗らせるような発言は控えるべきだ。

 

「まったく、人の気も知らずに」


 それは決して恵まれた環境ではない。

 彼女であればもっと大きな成功を掴める。

 だがそれはきっと、彼女自身でさえ気付いていない事実で。


 だからこそ、分かる人間がどうにか引き上げてやらなければならない。

 胸から湧き上がる決意を、アルノーは今一度強く噛み締める。

 その気負いをジェラールが心配そうに眺めていることも、もちろん気付いてはいるのだけれど。


 こればかりは自分がやらねばならないと考えて、鬱屈な気分に陥る。


「本当、楽な道じゃないな」


 壁に寄りかかりたい衝動を堪える。本番はこれからで、まだまだ休んでなどいられない。

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