第2話 団長探し、道中の出会い

 言葉の折檻の後。

 アルノーは気を取り直して、騎士団長の元へと向かっていた。

 報告書を提出するためなのでアルノーだけで事足りるのだが、何故か当然のようにアーネも付いてきている。

 爆発と説教でダメージを引き摺っていたので、アルノーも特に指摘しなかった。

 

 かつかつと規則正しい足音を立てながら、幅広な廊下をアルノーとアーネが歩く。

 王族の居住区にそろそろ差し掛かる辺りで、向かい側から見知った者が歩いてきた。


「あ、アルノーさん。それにアーネさんまで」

「アディか。今日はこちらの当番だったんだな」

「アディくんだ! さっきは侍従じじゅう用の制服貸してくれてありがと。女子用とか無理言ってごめんね。洗ったら返しにいくね」


 朗らかな声を上げた侍従のアディは、頭巾を巻き、水を貯めたおけほうきを持ち歩いていた。どうやら清掃をしていたらしい。


 アルノー達とは歳が近いため、たまに食事を共にする程度には仲良くしていた。

 柔和な顔に満面の笑みを浮かべており、頭巾の合間からはブロンドの髪がこぼれていた。本来は長髪だが、城で働く使用人という職業柄、仕事中は纏め上げていることが多い。

 アルノー同様に、城では顔が整った男子として名を馳せているが、アルノーは野性味溢れる鋭い眼光が特徴的なのに対し、アディはどこか気品溢れる中性的な顔立ちをしている。

 侍従用の制服である白シャツを着用しており、ボタンはきっちり最上段まで掛けられている。寒いわけでもないのに、上には厚手のベストを着込んでいた。


「アーネさん、制服は洗わなくていいですよ。仕事終わりで宜しければ、私が取りに伺いますけど」

「いいって。アディくん働きすぎ。あたしなんて、朝からもう帰りたいのに」

「アルノーさんのお手伝いがあると、早朝からいらっしゃっていましたものね。そんなに大変だったんですか?」

「うん、ほんと午前中疲れたぁ。頑張ったのにアルノーは全然誉めてくんないし。過労で死んじゃいそうだよ。城勤めは働き過ぎなんだよ」

「お得情報をこっそり教えてやろうアーネ。一般的な労働者は、朝から夕方まで働いているんだ。勉強になったな。次ふざけたこと言ったら道場の掃除一人でやらすぞ」

「先週も大体私が当番だったよ、何故か! 掃除ばかりやらされるせいで、私のお嫁さん力がどんどん上がっているんだけど。責任取れるのアルノー?」

「知らんよ。使う予定のないテクが上達して、可哀想だなとしか」

「あのアーネさん。お掃除だけだと、お嫁さん力は中々上がらないのでは。もっと総合的にスキルを磨いては如何でしょう」


 流れで、どうでもいい会話が始まってしまう。

 仕事の真っ只中でなければ、このまま休憩に入りたいところだった。

 だが今の逼迫ひっぱくした状況では、そんな余裕はない。今もなるべく早く団長の下へ向かいたい。

 そしてアルノーの目の前には、宮仕えの侍従であるアディがいた。言うまでもなく、雇用主は王族である。


「そうだ。団長閣下、いや殿下に用事があったんだけど、取次をお願いしてもいいかい。そろそろ時間が空くころだったと思うんだけど」

「殿下はお部屋には戻られてないですね。ですがいらっしゃるところは、心当たりがあります。宜しければご案内いたしますが」

「本当かい? 問題なければ、是非お願いしたいな」

「わかりました。殿下は今、裏庭そばの旧会議室だと思います。今は誰も滅多に使わないから、考え事があるときとか、お忍びで行かれているんです。本当は内緒なんですけど。アルノーさんなら教えて大丈夫だと思います」


 そういえば確かにあったかもしれないと、アルノーは思った。

 会議室と名のつくものは城内に山ほどあるが、裏庭は構造的に遠回りしなければ辿り着けないので、現在そこはほとんど使われない。


 襲撃事件の報告をアディに聞かれる可能性があったが、どのみち聞かれて困るほどのことではない。

 そもそも、アディが誰かに告げ口するような性格ではないことは、国王派の人間ならば誰でも知っている。


「すまない、じゃあ頼む」

「はい、おまかせください。アーネさんもご一緒で宜しいんですよね?」

「よろです。場所知らないし。この後もアルノーと喋りたいことあるしね」

「喋りたいこと? なんだ聞いてないぞ」

「後で話すよ。今言うと逃げられるかもしれないし」


 今まで別に、逃げたことなどなかったはずだが。

 それを言うと根掘り葉掘り昔のことを持ち出されそうなので、アルノーは口を閉じた。どのみち後で聞けばいい。


 アディという道案内を得て、アルノー達は改めて裏庭へと向かいだした。

 途中、主要導線から外れた細い通路を渡り歩き、中庭を突っ切って目的の旧会議室に向かう。


「何か、めっちゃ入り組んでない?」

「昔の内乱で、一度制圧されているからな。補修を兼ねて内部構造を大幅に入れ替えたらしい」

「そのようですね。ちなみに制圧した側が、今の王室の流れを汲んでます。アルノーさん、お詳しいですね」

「ん-、アーネが持ち込んだ児童文学に、お伽噺とぎばなし形式で書いてた」

「え? そんなのあったっけ」

「あるんだよ少しは片付けろよ。俺の部屋だぞ」

「アルノーのじゃないじゃん。国のものだよ」


 ああ言えばこう言う。

 なおも続く二人の舌戦を、アディは微笑みながら見守っていた。

 

 そうこう言っている内に、三人は裏庭の旧会議室に辿り着いた。

 庭は、枯れ細った木や花壇用の石垣が朽ちており、在りし日の庭園を想像させた。

 きちんと手入れがされていれば、緑鮮やかな植樹や色彩豊かな花壇を眺められたのだろう。

 今では庭内に椅子や卓がうち捨てられ、花壇も雑草だらけで見る影もない。


 庭の一角には扉が立て掛けられた場所があり、そこから先が旧会議室なのだろう。 

 木製の扉は腐りかけており、錠が機能していない。

 

「ここなんだ。なんでわざわざここ?」

「宰相派の間諜を防ぐためだろ。目を盗んで話をするにはもってこいだ」

辺鄙へんぴすぎて、国王派の人も知らないでしょうね。城内にこんな場所があることは」

「ていうかあたし、一人だと多分帰れないんだけど」


 扉の中からは、何やら話し声が聞こえる。すでに先客がいるらしい。

 アディの方を見てみると、やはり不思議そうにしている。

 同じく誰がいるかは知らないらしい。

 小首をかしげながら、アディが扉をゆっくりと開けた。

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