第1話 報告書の書き方、魔石の使い方
「報告書
ミリー公爵及び守衛二名が殺害された件について
昨晩、フィリップ・ミリー公爵が、城内の執務室にて死亡していることが確認された。
頸部及び胸部に数カ所の裂傷痕が見られることから、殺害と断定するものである。
また守衛の任にあった騎士と衛兵が、同室内にて死体となって発見された。
ミリー公爵同様、刃物による裂傷及び刺傷痕があるため、これもまた殺害と断定。
上記二件について、傷跡が類似しているため同一犯の犯行と思われる。
なお
犯人は不明であるが、ミリー公爵と政治的に敵対関係にあった宰相の手によるものとする説が濃厚。作成者もこれに同意するものである。
以上
作成者 第一師団従士アーネ・ティファート」
報告書を見たとき、受け取り相手の青年騎士、アルノー・L・プリシスは机の上で頭を抱えた。
かっちり着こなした黒い軍服には、騎士団長補佐官を示す襟章が付けられている。
伸ばしっぱなしのストレートの黒髪は、窓から入る日差しを浴びて照っていた。
顔も均整のとれた、充分美男子と呼べるものだが、眉間に皺が寄せられ台無しになっている。
髪と同様の黒い瞳は、絶えず報告書の中であっちこっちと動いていた。
「アーネ、真面目にやる気はあるのか。全却下だから書き直してこい」
「えー何でアルノー。真面目に書いたよ。誤字脱字無いじゃん。却下はないでしょ」
手を腰にやり頬を膨らませ、身体全体を使って不満を表すアーネと呼ばれた少女。
アルノー同様黒眼で、短く刈られたショートの黒髪が特徴的だった。
平均的な男性より一回り小柄だが、それでも同年代の女性に比べればやや高めの身長である。
彼女も同じく軍服に身を包んでいる。
が、やや改造の跡が見られた。
少なくともこの国にミニスカートの軍服など存在しない。
何故自分以外、誰も注意しないんだろうとアルノーはいつも不思議に思う。
猫のようのくっきりと見開かれた瞳は、指摘に不満なのかアルノーを睨み付けるように見ている。
だが顔にあどけなさが残っているせいか、大して怒っているように見えない。
彼女はこの報告書の問題点を判っていないようであった。
「勝手に敬略するな。仕事中はアルノー卿と呼べって言ってるだろ」
「いいじゃん、今二人しか居ないし。幼馴染みでしょ、あたし達」
ここはアルノーの執務室で他には誰も居ない。
奥には簡易的な仮眠室があったが、二人が今いる場所には、机と本棚と武具という最低限の物しか無かった。
「そもそも報告書なんて、宮勤めの衛兵からとっくに提出されてるじゃん。作んなくてよくない?」
「城詰めの衛兵は上から下まで宰相派だ。やつらが国王派に、事件の報告書なんか流すわけ無いだろ」
「でも現場行ってみたら、衛兵に止められたよ。立ち入り禁止だって。調べられないんですけど」
「それが今の勢力図だからな」
椅子に深く座り直しながら、アルノーが長い溜息を零す。
城に限らず、街中や港、主立った交通網はほぼ全て宰相派の管理下にある。
何かあれば宰相派の役人や兵士が出向き、それが国王派に連絡されることはない。
故に今回のような事件は、国王派は独自で調査解明をしなければならない。
理不尽なことに国王派内の連絡事項は、国の大事を担う宰相に洩れなく報告される。
どうあっても後手に回るのが、今の宰相派と国王派の関係だった。
「何も出来ないじゃん。むしろ何で私に書かせたの」
「適当でもいいからだよ。それなのにこの報告書ときたら、うちに伝えられていないはずの室内の情報や、遺体の損傷具合が記載されてある」
途端、判りやすくアーネが額に冷や汗をかく。どうやら、何が危険な内容だったか理解したらしい。
「な、何でかなー? 雰囲気ででまかせ書いたんだっけなー?」
「もしかしなくても、宰相派の報告書を盗み見たな?」
「はあ? 違いますー。どさくさ紛れに、侍従に変装して押し入っただけですー。すぐ追い出されたけど、遺体もまだあったよ。だからちゃんと自分で見たものを書き込んでるのです」
「余計まずいから。連行されても文句言えないから」
アルノーにとっては頭を抱えたくなる話だ。
方針が決まるまでは、出来れば独断専行は慎んで貰いたい。
「俺の従士ってバレたら、拘置所にぶち込まれるだけじゃ済まないんだぞ。よくて追放処分だ」
「うぇー。拘置所のごつごつした石畳の上で過ごすのも、都落ちして故郷に帰るのも無理ぃ。そもそもウチらの里って今どこなの? これだから山岳遊牧民族は」
「さあな。大連峰は越えていないはずだが、どうだろうな。西海岸は砂漠で海も荒れているし」
故郷。
表情には出さないものの、その単語はアルノーの心を僅かに抉る。
孤島の楽園と称されるここリデフォール王国において、二人の出身地である西部地方。
そこは山脈で他の地域と区切られた、名も無き荒野と険しい岩山が延々と続く土地であった。
枯れて痩せ細った大地。治安も最悪で、賊がいいように跋扈する無法地帯。沖合には、岸から肉眼で確認できるほど巨大な大渦が張っている。
故郷を憂い、アルノーは胸が締め付けられる感覚に駆られていた。
「本当、何とかしないとな」
「……ルノー、聞いてるのアルノー? おーい」
そこでアルノーははっとする。つい物思いに耽っていたようだ。
「聞いてるよ。とりあえず報告書は受け取るけど、次は気をつけろ。あと、堂々と宰相の仕業ですなんて書くんじゃない」
考え込んでいる間、何を言っていたのか聞いていなかったものの、アルノーは適当に答える。
故郷については触れたくなかったので、話題を戻したいという意図もあった。
「はいはい、ごめんご。ていうか、派閥ごとに同じ報告書が別々に作られるとか、本当無駄な仕事だよねこれ。タテ社会は悪い文化だよ」
「殿下に直訴しろ。依頼元は殿下だぞ」
「あー、そっか先生が見るのか」
「先生じゃなくて殿下とお呼びしろ。若しくは騎士団長閣下。間違っても他に人がいる場で言うなよ」
「堅物め。ここで言う分にはいいじゃんか」
分かりやすくアーネが膨れっ面をする。彼らの師に当たる人物は、この国の王太子に当たる。
色々な奇縁を経て拾われる形になったのだが、そんな破天荒な王族を良く思わない者も多い。その最たるものが、宰相率いる一派である。
「でもさ。正直な話、ミリー公殺したのって宰相の仕業だよね。対立派閥だし。先生も頼りにしてたのに。次は先生狙われたりしないのかなあ」
現在この国は、宰相派と国王派が覇権を争っている。死んだミリー公爵や、アルノー達の師にあたる人物も国王派でその中心人物だ。
もっとも国王派とはいうものの、宰相が持ち出した議案は全て素通りする等、国王本人は
そんな現状も絡んで、アルノーはアーネの心配を杞憂だとは言い切れず、思わず顔を伏せてしまう。
「殿下も騎士団長を務める身だ。宰相が私兵団を持っているとはいえ、易々と襲撃はできないだろう」
「王子が団長務めるのはただの慣例だけど、そもそもムッキムキだしね先生」
「歴代最強の騎士団長と言われてるし、討ち取るのは容易じゃない。宰相も国政から遠ざけるのが精一杯だし」
我ながら仮定の話が多いなと、アルノーは独りごちる。
楽観的すぎる話ではあった。王太子を狙うも狙わないも、宰相の指先三寸の話だ。こちら側が警戒しない理由にはならない。
政治でも武力でも、まとまりに欠け宰相派に後れを取る国王派。それがミリー公爵暗殺の件で、より浮き彫りになってしまった。
場に沈黙が流れるが、気まずい雰囲気を取り払うような明るい声で、アーネが新しく話を切り出す。
「先生といえばさ。この前初めて魔石支給して貰ったんだよね。使い方教えてよ」
「従士レベルじゃあ手が出せない値段なんだけどな、それ。殿下もあまり、甘やかさないでほしいもんだが」
「ふふーん。師弟関係の中で貰ったものだから、それこそ補佐官様が関知する話じゃあないでしょ」
どうだと言わんばかりにアーネが腰に手を当て、ポーズを決める。
さっきまでの心痛そうな面持ちは、既にどこかに飛んでいた。
「出世重ねた団長補佐さんには取るに足らない消耗品でも、私くらいの末端じゃあ、ろくなお給金出てないからね。貰えるものは貰っておくのだ」
「俺のは消耗品じゃないぞ。インプラント加工しているから長持ちするし」
「知ってる超高いやつだ! 職権乱用だ!」
「暴発させると半身が消し飛ぶけどな。慣れない内は、使い捨てが安心だぞ」
そういうとアルノーは机の引き出しから、小指の爪程度の、薄く小さな石をいくつか取り出した。
石は窓から差し込む陽の光を浴びて、くすんだ色合いを映し出している。よく見ると、若干赤みがかっているようにも見えた。
「ほれ。練習用の使い捨て魔石だ。素手で触らないよう気をつけろ。実戦用のはもったいないからこっち使え」
「こんなのあるんだ。赤いから炎術用かな。でも色味が悪いね」
魔石は純度によって価値も乱高下する。当然、性能が良いものほど高価である。
アルノーが取り出した魔石は、その中でもグレードが低いものであった。
魔石は一部の好事家の間では、装飾品として取引される場合もしばしばある。
暴発しないよう加工して売りに出されるのだが、それを悪用し武器として扱える状態のまま、アクセサリとして隠し持つことも可能だ。
「これ貰っていいの?」
「ああ。不純物が混じっているから大した出力が出ないんだ。それでもうっかりすると火傷するから気をつけろよ」
はいはい、とおざなりな返事が飛んでくる。
魔石を初めて扱う彼女には、アルノーの忠告よりくすんだ赤い石の方が、よっぽど優先事項であるらしい。
「で、どうするんだっけ。炎の魔石だから火を扱えるんだよね」
「まあ、デモンストレーションをしておくか」
そう言ってアルノーが、机の上の燭台を左手で持ち上げる。
赤い魔石を掴んだまま、火の上に右拳をかざす。
そしてそのまま、躊躇することなく握り潰した。
「うわ、何してるのもったない」
「危ないから黙って見てろ。俺も炎はあまり上手くない」
砕けた魔石は発光を伴い、ヒュームとなって周囲を漂う。光がやがて燭台の炎に触れたとき、異変は起こった。
まるで引火したかように、それまで灯火程度だった火が大きく膨れ上がった。
「まあ、これが基本の使い方だ」
炎の光で紅く照らされながら、顔色一つ買えずにアルノーが言う。一歩間違えば顔が焼かれていたというのに、その顔色は驚くほど冷静に見えた。
「意味分かんないんだけど。何がどうなったの」
至極真っ当な疑問をアーネが口に出す。
目の前で大きな炎が立ち上ったというのに、まるで気にした様子がなかった。出身地が同じなだけあって、彼女も彼女で肝が据わっている。
「安物じゃなきゃ、いちいち壊す必要はないんだけどな。とりあえず、試しに砕いてみろ」
机の上に転がっていた魔石を、アルノーは二重三重にして布でくるむ。安物だと断じたのが嘘のような、丁寧な手つきだった。
「人が触れただけで簡単に発光反応を示すのに、布を巻いたり棒で突いたり、間接的に触る分にはただの石なんだ。動物が触れても駄目らしい」
「うーん何が違うんだろ。体温じゃあ無いだろうし、汗や皮脂?」
「生々しいな。夢がないぞ、それ」
「道具に対してロマンとか、どうでもいいんだけど」
身もふたもない言い方でアルノーが若干傷付く。
「うーん、脈拍から鼓動を関知してるのかな? それ以外だと、乾期とかに金属触るとビリってなる、静電気ってヤツ。あれも実は、ヒトの体って恒に帯びてるらしいけど。でもそれだと動物でも該当しちゃいそうか。複合的な条件になってるのかな」
その手の疑問は、学術界で研究対象になっている。今アーネが挙げては即否定してみせた条件も、研究者が研究と実験の末、やはり否定されていた。
そう、長年の研究の末にである。
対してアーネは思いつきとはいえ、いくつかの可能性を挙げ即座に否定してしまう所まで、できている。
初めて魔石を取り扱おうとしている人間が、だ。
相変わらず、末恐ろしい。
アルノーはアーネに聞こえない声で独りごちる。
軽く本棚を見渡せば、化学や地政学、宗教学等の学術書に混じって、護身術や体術の基礎、挙げ句は冒険小説やら王宮ゴシップなど、雑多な書物が並んでいる。
アルノーや騎士団長が持ち込んだものはほんの一部で、ほとんどはアーネがどこからか持ち込んでは読み漁り、投げ捨てていったものだ。
そんな乱読家な一面のおかげか、彼女はしばしばアルノーでも思いつかない閃きを口にするときがある。
見た目の童顔と幼稚な言動からは、想像できない知性と知能の持ち主。
一介の従士にしておくには、あまりに惜しい。
そんな彼女でも、能力に見合った出世が見込めているかと言えば、疑問符が付いてしまう。
古い慣習と旧体制が
アルノーが思い悩む一方で、アーネは無造作に彼から布に巻かれた魔石を奪う。
「ま、原理は今はいいや。こういうのは自分で見て触って試さないとね」
物怖じせずにアーネは布を解き、よしと息巻いて思い切り握りしめる。丁寧に扱えというアルノーの忠告はどこ吹く風だ。
魔石は砕け散り、アルノーの時と同様、光を伴って粉体となり舞い散る。
「乱暴に扱うなって、あれほど」
「さあ出でよ炎! で、ここからどうするの?」
勝手に始めるなと、叱ろうとして止める。
発動してしまった以上暴発も有り得るので、速やかに次の工程を伝えなくてはならなくなった。
一通り伝えてからでなければ危険なのだが、そこはもうサポートしながら進めるしかない。
「室内だから分かりづらいけど粉体とは別に、光が発生しているのは分かるな。そのまま手を適当に振ってみろ」
アーネが言われたとおりに、魔石を潰した右手を左右に振る。
生まれた光が、アーネの手を追うように揺らめき始めた。
「んー? 光が手をトレースして揺らめいてる。楽しいような気持ち悪いような」
「慣れたら、光を燭台まで誘導させて、そのまま光で炎を掴むんだ。自分の手の延長だと想って」
「光を誘導、と。こうかな。掴むっていうのは、火を掌で包む感覚でいいんだよね」
そうして炎に伸びた光は、ゆっくりと炎そのものを包んでいく。
すぐに次の反応が起きた。光に触れた炎が、次第にその大きさを膨らませていったのだ。
「アルノー、これ成功ってことでいいの? 私ちゃんと出来ている?」
操作にまだ不安があるのか、アーネは燃える燭台を見ながら声を掠らせていた。
実際、初めてでここまで上手くいくのは、大したものと言えた。
魔石から零れた光を制御するのでも、幾日かの練習が必要になると言うのに。アルノーが見せたデモンストレーションだけで、アーネはいきなり炎を掴む段階まで進んでいた。それも、純度の低い安物の魔石で。
純度の良いものであればあるほど使い手と魔石の光はシンクロするようになり、素早く炎を掴むことが出来る。
それだけ魔石の純度というのは、術を行使する上で重要なファクターとなるのだ。
その辺りの事情を鑑みると、安物の魔石でいきなり炎を操作するに至ったアーネの物覚えの速さは驚嘆に値するものだ。
アルノーでも、ここに至るのには数日の練習が必要だった。
このまま術の道を究める方へ将来の舵を取れば、すぐに一流の術師になれるであろう。
「本当、アーネにはいつも驚かされるよ」
「ふふん。そうでしょ。我ながら大分すごいんじゃ、って思ってた。まずいよこれは。戦場に咲く一輪の花、火炎のアーネが爆誕してしまう」
お前は何を言っている。
そう突っ込みを入れようとして、アルノーは言葉を飲み込んだ。
ふざけた物言いをしているが、アーネの視線は光と炎に釘付けになったままだ。
おそらく操作が紙一重で成り立っているのだろう。純度の低い魔石を使ったのだから、至極当然の話である。
むしろ軽口を叩く余裕があると、誉めておくべきだろう。
「こりゃ本当に、水術以外はすぐに追い抜かれそうだ」
そう言葉を続けた彼の口を、無理矢理縫い止めるような光景が目の前で起きた。
炎が遂に燭台そのものを飲み込み、銅の焼ける匂いとともに巨大な火球へと成長しようとしていた。
「あ、アルノー。あの、これどうすれば止まるの」
一瞬、唖然としてしまい声を失う。
だが目の前では、炎はテーブルに火の粉を弾けさせながら、どんどん大きくなっている。勢いはいまだ、留まるところを知らない。
「おいアーネ! もういいからそれ引っ込めろ!」
「いや、でも、これ止まんないよ!」
アーネは自分が生んだ炎でパニックを起こし、ギリギリでバランスが取れていた炎が揺らめき崩れていく。
魔石の光で掴んでいた炎を、徐々に離していけばいいのだが、アルノーはそこまではまだ伝え切れていない。
飛んだ火の粉がテーブルに焦げ痕を増やすたび、そちらに気を取られて焦っていった。
「アルノー、これ引き取って!」
「そんなシステム無いから、炎をこっちに投げようとするな! 安物の魔石は砕いて使い切るタイプだから、最初から最後まで本人が制御するしかないんだよ」
掴んだ炎を投げようとするアーネを諫め、アルノーは対応策に頭を巡らせる。
同系統である高位の炎使いならば、自前の炎術で無理矢理アーネから制御を奪うことも可能だが、アルノーは本来水使いで名を馳せたクチだ。
純度の高い炎の魔石があれば話は違うが、それもない。
部屋は水術による探知系の術式を掛けているが、発動条件をパッシブにしている。そもそもが泥棒よけだ。
より規模の大きい水術をアルノーが展開すれば火の球ごと潰せるが、操るための水がない。奥に水瓶はあるからフルパワーで無理矢理引っ張ってくることは出来るが、そこまで急ぎで水を操ったとて、果たしてアーネを巻き込まずにいられるだろうか。
と、彼がそこまで考えを巡らせたところで。
「いやあぁ!」
すっかり混乱したアーネが景気よく、光を纏った腕を振り下ろした。
燃え盛る赤い弾丸と化した炎は、その力の向くままにアーネの手元から離れ飛翔していく。アルノー目掛けて。
全てを包み込むような情熱的な赤い燐光。
彼は文字通りその光を胸いっぱいに浴びて。
「ごぼぁ!」
騎士団長補佐を務めるエリート騎士とは思えない、格好悪い悲鳴を上げて爆風に吹っ飛ばされた。
「え、ちょ、アルノー大丈夫!」
さすがに心配になったのか、アーネが恐る恐る声をかける。
しばらくして、伏せていたアルノーはいきなり飛び跳ねて立ち上がった。そんな動作が出来る辺り、意外と平気そうではある。
実際、火球は見た目ほど威力がなかったのか、彼の眼前で弾けて消えた。
浴びたのは爆風だけで、それもギリギリで上体を後ろに反らし、減衰することに成功していた。吹っ飛んだように見えたのは、体捌きで体が流された結果だった。
とはいえ、一歩間違えば大惨事だったことは間違いない。
事実、アルノーは顔を俯かせたままだったが、それでも分かる程度には怒気をギラ付かせていた。
怒りが自分に向けられていることを悟ったのか、アーネはすかさずフォローに入る。
「えーと、ごめんね! 失敗しちゃった!」
胸の前で指を軽く絡ませ手首を折り、小首まで傾げ笑顔を輝かせるアーネ。
咲き誇るひまわりのような明るさと陽気さが溢れており、この満面の笑顔を見て心を射られない男は少ないだろう。
髪を短くしているせいか、ともすれば少年にも間違えられるアーネだが、彼女が見せる可愛らしい仕草がギャップとなって、余計に魅力を引き出させている。
それほどの、会心の笑みだった。
惜しむらくは、目の前にいる髪の逆立った青年は、心を射抜かれない少数派の人間だったということだろう。
黙ったら殺られると本能的に察知したのか、アーネは諦めずに食らいつく。
「あ、アルノーってば、テヘッ、失敗しちゃった、きゅるん。くらいあざとい方が好きだった? もうしょうがないなあ。それならマニアックなアルノーのリクエストにお答えして」
「こんのっ、バーーーーーーーカぁぁぁっっっ!」
今度こそアーネは、最後まで言うことが出来なかった。
耳をつんざく怒号が部屋中に響き渡る。
窓ガラスが震え、棚に飾ってある刀剣類が揃いも揃って落ちて床に傷をつける。
奥に飾られた上下一式の分厚いプレートアーマーも、心なしか表面が振動したように見えた。
説教タイムの始まりを告げる鐘が、今この時鳴らされた。
とは言え、室内で爆発騒ぎを起こしておきながら小一時間の小言で済んでる辺り、かなりマシな処分ではあったのだが。
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