曖昧な伝記、確固たる神話

 かつて、この世界は豊かな大地から数多の水と食料と資源を供給し、人々は増え続けておりました。しかし、やがて地面を掘り抜き尽くし、太陽が強く日照り、人々はその数を減らしました。そして人々は最後の砦を築き上げ、そこに文明の全てを賭けた閉鎖された世界を造り上げました。そこは無数の機械が地面の下で蠢き、完全に管理された生産と環境が実現し、かつて無き平和が訪れたのです。しかし人々は働けども、その数を減らしつつありました。

 そこに救世主が現れたのです。彼は異界からの使者と自弁し、トオル博士と名乗りました。彼の持つ未知の装置により、我々の寿命が変化したのです。彼は一種の不老をもたらしました。平均寿命九十年で六十年ほどにして判断力に異常を来す身体を、死の間際に老衰を圧縮することで、七十年間若く強いままの肉体に保つことに成功したのです。労働力の向上と出生率の向上により、滅亡は回避されました。

 彼はその後、七十で亡くなり、その記憶と記録は永遠に保存されることとなりました。しかし、一つだけ、致命的な誤算がありました。その施術を受けた次世代の、出生する全ての赤ん坊が成長を止めたのです。学者たちは全力を持ってこの解決に挑みました。が、結果はただ一組の男女を十代後半ほどまで成長させるに至っただけでした。

 親たちは永遠に成長しない我が子を見守りながら、次々に寿命を迎えて死んでいきました。赤ん坊が野垂死ぬことのないように、また研究のために一ヶ所に集められ、全自動の保育ベッドが作られました。そして、それらの管理はトオル博士の記憶を基にした人工の知性に任せられたのです。

 全ての大人が死に絶え、最後の子どもが赤ん坊たちを看取り、この世界は孤立系となりました。


*  * *


「いかがでしょう。最後の子どもの少女が、あなた、なのです。」

「……そう、なのか」

 少女は画面に背を向けて、壁を押した。そこに隠れた扉があるのを知っていた。しかし、鍵が閉められているのか、動かなかった。

「出ることは不可能です。指示に従ってください。」

 少女はなおも扉を押して、破壊した。その先には画面に向かい立っている少年が居た。少年が振り向く前に、少女の腕が少年の首を折った。

「僕は、トオル博士じゃないし、君もそうだ」

 そのまま、少女は人類の叡智を詰めた施設を壊して回った。機械の身体はいとも簡単に全てを引き裂いた。やがて、砦の外に通じた。外は、木々が鬱蒼と生い茂り、緑色の太陽が凶悪に光をばら撒き、紫の空が広がっていた。少女の行方など神のみぞ知る。

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誰が為の孤立系 英島 泊 @unifead46yr

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