博多発、5分で3PV

崇期

博多が墓多でないことを祈る(作者より)

 夕飯の支度をしながらテレビでニュースを見ていたら、人気若手男性シンガーがまたウルトラマリンを不法に所持していたとして逮捕されていた。この手のニュースは最近特に多いけれど、ついさっき、スーパーで買い物をしていたときに、有線で彼のヒット曲『ポケットのバックドロップは蓮華れんげ味』が流れた。甘いメロディーと気取らない歌詞の見事なマリトッツォ。やはり私たち庶民にはこういう歌が必要、おほけなく染みるんだわ、と噛みしめたばかりだったのに。


 そうこうしていると、愛する夫・列車之れっしゃゆきが帰ってきた。


「ダイヤ、お土産だよ」白い箱を差しだす列車之。「博多駅の坤口ひつじさるぐちに新しくできたお店があるって言ったろ? 今日、前を通ったらそこはかとなく行列ができてたからさ、なんだろうと思って覗いてみたんだ──」


 私は蓋を開けて中身を覗いて、声をあげる。「わぁ、モラトリアム! おいしそう」

「おまえの好物だもんな。四つあるだろ? 二個ずつ食べよーぜ」

「夕飯の後でね。今日はユーチューブの煮込みよ。結構うまくできたわよ」

「おおっ、いいねー」


 さっそく食卓を囲む。テレビは天気予報に変わり、「夜は全国的に雲も少ないようですので、セミコロン流星群がよく見えるのではないでしょうか」と言っていた。


 よし、お風呂に入ったらベランダに出てみよう。流れ星に祈るんだ。神様……どうかどうか私たち、百年離婚しませんように。

 五年前から祈りの言葉はなにひとつ変わらない。五年経ったからって、九十五年と言い換えもしない。永遠の百年時代はアイソメトリック──。そのことを話すと、列車之は「またそれかよ」と照れ笑いする。


 だって、ずっとずっと、れっちゃんと一緒にいたいんだもん。当然じゃない。




「ねえねえ、聴いて。……こっち向いてよ」


「あん? 見なくても、耳は向いてんだろ。ちゃんと聞こえてるよ」


「もーぅ……。あのね、今日、『カキヨミー』にダスト小説アップしたら、たった五分で3PVもついたんだよ。すごくない?」


 私は空いた時間に趣味で小説を書いていて、インターネットの無料投稿サイトにアップしている。


「PVって?」


「全国で三人もの人が私の小説を読んでくれたってこと。さっきも見たけど、変わらず3PVをキープしてる」Vサイン。


「あ、でもそれ、おれが読んだのも入ってるよな? てことは、あと二人の人が読んだってことか」


「れっちゃんも読んでくれたの?」私は驚く。


「うん。会社のお昼休みに」


「わー、うれしいなー。で、どうだった?」感想、感想!


「うーん……。なんていうか、ダスト小説って、もっと席巻せっけん的なものってイメージがあったから、すごい意外だったよ。かって言われたら、めかしい感じもするよな」



 その答えが気に入らなかったので、私は列車之の右腕を脇に取りプラスドライバーに固め、みぞおちに里見八犬伝を二発ぶち込んだ。


「いてぇいてぇって。ダイヤ美、やめろっ」


 列車之も度々のことだからわかってきたのか、椅子から崩れ落ちながらも、半身浴を使って切り返しにくる。


「そうはいくかって!」私は負けじと背中にシシケバブを落とし、サブスクリプションの変形で攻めた後、流れるように最終技であるアガパンサスに持っていく。


 こっちは生まれてこの方ずっと筑豊で育った筑豊の女なのだ。筑豊の女といえば、JR直方のおがた駅に祀られてある魁皇かいおう名誉大大関おおおおぜきの銅像を常日頃仰ぎ見ながら学びに通った、そこんじょそこらの筑豊の女とは一風違った筑豊の女である。


「ごめんごめん。おれが悪かった」列車之はあえぐ。「明日、飯塚市まで出張に行かなきゃならないんだよ。だからもう、許して」


「はあ? 飯塚っつったら、ピヨピヨ饅頭の発祥の地じゃねーか。仕事にかこつけてそんなとこに行きやがるとは。買ってこいよ、きさまー」


「わかった、買ってくる。新作ピヨピーも絶対買ってくるから──」


「煎茶ピヨピーも梅ピヨピーもな」私は技を解いた。




 午後八時、ベランダに出た。めめぎろしい風が妙に心地いい。お隣からはドメインな香りが漂ってくる。夜空には街の明かりの写し絵のような星たちのルチャ・リブレ。流れ星、見えるかな──。


 神様、どうかどうか私たち、このままずっと百年離婚しませんように。








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