三題噺「月・鱗・友達」

四つ目

第1話、夢

 何時か誰でも月に行ける。そんな夢の未来予想が創作で存在する。

 実際その夢は現実になりかけているのかな。本当に何時か行けるのかな。

 お金のある人が宇宙旅行の予約、なんて話はあるらしいけど、私にはまるで想像出来ない。


 どうしても作り話の様な、どこか現実味の無い御伽噺の様に感じる。


「良いよねー、宇宙旅行。何時か誰でも行けるようになると良いよねー」


 そんな夢物語の様な話を描いている雑誌をめくりながら、私の友達が夢を口にする。

 いや、彼女に限ってはただの夢じゃない。彼女はその夢物語を叶えようとしている。

 勿論誰でも乗れる旅客船にではなく、一人の宇宙飛行士として。


 私は良く知らないけれど、宇宙飛行士の条件が変わったらしい。

 彼女はそれを知り、その条件に食い込む為の準備をしている。

 様々な外国語を勉強してると聞いて、その本気さに驚いた。


「そうなれば一緒に行けるのにね!」


 楽しげに笑って告げる友達に、思わず曖昧な笑みで返した。

 私は別に宇宙へ夢をはせた事が無い。ただ空に浮かぶ黒い世界だ。

 とはいえ馬鹿正直に答えてがっかりさせる、なんて事が出来る性格でもない。


 ただ彼女と話していると何時も思う。私には何もないなと。

 夢を追いかけてキラキラ目を輝かせる彼女の事は好きだ。

 けどそんな彼女を見ていると、どうしても自分と比べてしまう。


 別に誰かに何かを言われた訳じゃない。彼女にだって何も言われていない。

 ただ本気で夢を語る彼女の話を聞けば聞く程、私の中は空っぽだと感じるだけで。

 だからこそ彼女の事が大好きなのだろう。強く胸に抱く夢がある彼女の事が。


「そうだね、行けたら、良いね」

「ね!」


 嘘でもないけど本心でもない。そんな微妙な答えに、彼女は喜んでくれた。

 その笑顔が見れただけで充分かもしれない。そんな風に思った。

 夢の為に時間を使っている彼女が、空いた時間を私の為に使ってくれている。

 それはきっと無駄な事で、けれど私の為に無駄にしてくれる事が嬉しい。


 そんな風に想いながら彼女を見つめていると、彼女の持つ携帯電話が鳴った。

 多分彼女の母からの電話だろう。もう夕方だから、早く帰って来なさいと。


「はいはーい。今から帰るー。ん、わかったー」


 彼女は母親からの言葉に明るく応え、雑誌を閉じて帰り支度を始める。

 そんな彼女の袖を思わず掴み、ハッとして慌てて放した。

 まるで小さな子供の様な行動に、気まずい気持ちで目を逸らす。


「どしたの?」

「・・・ごめん、何でも無い」

「なーにさー。寂しいのー?」


 彼女はにまーっと笑って私に抱き付き、図星と迂闊な行動に思わず顔が熱くなる。

 けどこのまま抱きしめ返せば帰らないだろうか。そんな思考が頭に浮かんだ。


「また遊びに来るから。ちゃんと来るからさ」

「・・・ん、約束」


 ニコニコと笑う彼女を縛り付けてはいけない。私にはその約束だけで十分だ。

 そう自分に言い聞かせて、彼女がスッと離れるのを我慢する。


「じゃあ、また来るねー! またお話聞いてね!」

「うん、またね」


 キラキラと光る笑顔を見せる彼女の胸元に、私が以前渡したお守りが光る。

 夕日に照らされた一つの鱗は、きっと彼女を守る力になると言って渡した物。

 周囲の人に何を言われようとも、彼女はその鱗を気に入って身に着けてくれている。


「・・・いつでも、聞くよ。ずっと・・・友達、だからね」


 鳥居をくぐっていく彼女に手を振り、彼女の事をこの社でずっと待つ。

 大事な大事な私の友達。大好きな可愛い友達。絶対に手放さない。

 私の鱗をずっと持っていてくれたら、私はずっと貴女の傍に居られる。


「・・・何処までも、一緒・・・空の果てでも・・・死んでも、ずっと」


 宇宙飛行士が飛び立てずに死ぬ可能性は、どれぐらいなのだろう。

 その時は、ちゃんと迎えに行くからね。ずっと、友達、だから。

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三題噺「月・鱗・友達」 四つ目 @yotume

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