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ここで一度、二人の会話は止まり、それぞれがカラスについて思いを馳せた。
金色に輝く指輪を薬指にした死人の左手を、その鋭い爪で掴んで悠々と都会の空を飛ぶ、黒々としたカラス、その翼の勇ましさについて。
「とにかく、こうして問題がすべて解決してよかったものの、私が一番危惧していたのは実のところ、犬彦くん、君の有能さでもあったんだよ。
最終的に犬彦くんが問題を解決してくれるってことは分かっていた、だけど君は、効率性を求めるばかりに自分をある程度のところまで犠牲にすることも厭わないタイプだし、それに…利用できるものはすべて利用する。
誤解はして欲しくないんだけどね、私が心配だったのは…意図せずとも君が問題解決のために、うちのマナちゃんを利用して良くない感じになっちゃうことだったんだよ」
最後になってブツブツと本音を語り出した仁見医師のようすに、犬彦は、おや…というように目を細めて拝聴している。
「本人は覚えてないだろうけどマナちゃんはね、おしめして、おしゃぶりしながらよだれダラダラたらしてるくらいの歳から、うちのクリニックに遊びに来ていて、そういうマナちゃんを抱っこしたりしていた私からしたら、可愛い姪っ子みたいなもんなのさ、そんなマナちゃんをね、ちゃんとやってくれるだろうって分かってはいても君みたいな謎のフェロモンたらしながらタバコすぱすぱ吸って女性をひっかけまくるような、そんでもって利益のためには手段を択ばないっていう危ない男のそばに寄らせたくないわけ、あれくらいの年齢の女の子には犬彦くん、毒気が強すぎるから」
「ひどい言いぐさですね、仁見先生」
文句は言うものの、犬彦はどこか面白がっているような口調で、なんだか拗ねたような顔をしている仁見医師を見ている。
「あーあー、もういいや、この話はもう終わり。
とにかく土地に振り回されるのはもううんざりだ、鈴木くんに伝えといてよ、あの土地は正式に君のとこの会社に管理委託するから、あとよろしくって」
「ありがとうございます、後々の処理はすべて弊社にお任せください。
鈴木が責任をもって仁見先生の土地をお預かり致します。
しかし今回の件、僭越ではありますが仁見先生の御手腕には感服致しました、猫発見までの経緯といい、マナさんに不信感を持たれないよう際どいラインで彼女を見守る姿勢など…多くを学ばせていただきました。
事件解決の裏に、名探偵がいるとするならば、それは仁見先生でしょう」
「ずいぶん私のことイジリにきてくれるじゃないの、犬くーん?
見守る姿勢ねぇ、そりゃ私は医者なんだから動いてくれてるスタッフそれぞれを見守るってのは、職業上慣れているよ。
看護師さん、検査技師さん、受付スタッフ、いろんな役割を持って病院で働いてくれているプロたちを信頼してそれぞれの仕事をまるっと任せてはいても、そこにある病状について最終的な責任を持つのは、医師であるこの私だよ、だから関わりのあるチーム全員のことを私はさりげなーくいつも見守っているのさ、犬彦くん、君のこともね。
それこそが責任者にとっての最も重要な仕事だと言い切れるだろう」
だらしない格好でドクター用のイスに座りながら、そのような金言を与えてくれた仁見医師のことを、いつもはポーカーフェイスを崩さない犬彦も少し微笑みのようなものを浮かべながら眺めると、さっき仁見医師からイジるなと注意をされたばかりなのに、さっそく軽口を述べる。
「仁見先生、事件が解決したのであれば名探偵というものは、しきたりとして締めの決め台詞を口にするようです。
折角ですから景気づけとして、何か名探偵らしいお言葉をおっしゃっていただけませんか?」
まったく慇懃無礼というか。
普段、真面目くさった態度や表情をしていても、赤間犬彦という人物が実は、親しい相手に対してはからかったりいじわるをするのが好きだという本質を持つことを仁見医師は知っていたので、一度はムッとした顔をしたものの、年上の懐の深さを見せて、そのイジリに乗っかってあげた。
「問題が解決したあとのキメ台詞?
犬彦くん、私は医者だよ? そんなもん、なんて言うべきかはとっくに決まっているんですよ」
おっほん、と一度えらそうに咳ばらいをしてから仁見医師は、犬彦を観客に見立て、目の前の犬彦へにーっこり微笑むとこう言った。
「はい、お疲れさまでした。
お薬の処方箋を用意しておきますから、お体を大切にしてください。
お大事にどうぞ!」
眼科診療のついでに、ミステリー解決はいかがですか? 桜咲吹雪 @fubuki-sakurazaki
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