27.金髪ギャルに告白された

『お話があります。放課後屋上に来てください』


 本日雛森から届いたメッセージである。

 雛森が敬語……。これは別人ってことなのか? メッセではいつも軽いノリなだけににわかには信じられなかった。


「なあ雛森。このメッセージだけど……」

「ひゃああああっ! 放課後っ、放課後になったら言うから! 今はダメェッ!」


 これは本当に雛森からのメッセージなのか。それを聞こうとしたら顔を真っ赤にして逃げられてしまった。

 ……まあ、本人からで間違いないみたいだしいいか。

 それにしても何の用だ? 放課後にならないと言えないことって……。時間が関係しているのか? 探偵脳ではない俺には難問すぎる。

 考えたって仕方がない。それに今日は雛森の様子がおかしかった。

 教室ではあまり話しかけてくるな、そう俺から言っていたものの、今まで目が合っただけですぐに逸らされることなんかなかった。さらに顔を真っ赤にさせていた。しかも何度もである。

 これは俺が何かしでかしたってことだろうか? この間の手作りクッキーは完食したし……、あまり美味しくなかったのが顔に出ていたか? うーむ、自分じゃあ確認のしようがないからわからんね。

 怒られるってんなら甘んじて受けよう。それが男の覚悟ってもんだ。男は自ら危険を冒さなきゃいけないってのを、俺は知っているんだ。


「……」

「……」


 あと古川さんと橘さんがピリピリした空気を撒き散らしていた。古川さんはともかく、橘さんは珍しいね。

 何か不機嫌になるようなことでもあったのだろうか。ちょっと怖いですよ?

 昼休みも雛森は俺に近づいてくることはなかった。いつもとの違いっぷりに疑問を浮かべていると、雛森から『今日は友達とお昼ご飯を食べます』とのメッセージがきた。だから何で敬語?

 いや別にいいんだけどね。一人で飯食べるの苦じゃないし……。


「俺って一人の時間を楽しめる男だし」


 いつものベンチで昼食。小声は誰にも聞こえることなく、俺の中だけで消化された。

 そう、一人でも問題はない。慣れているしな。


「……慣れてるはずだったんだけどなぁ」


 賑やかな奴が一人いないだけで静かなものだ。二人から一人へ。確かに大きな変化だった。

 昼飯を食べ終えると暇になった。ぼーっと見上げる空は青い。

 ……昼休みってこんなにも長かったっけ?


 昼休みが終わり、午後の授業もつつがなく過ぎていく。昼休みにぼーっとしていたのを引きずってしまったのか、午後の授業をぼーっとしたまま受けてしまった。

 そして、ぼーっとしたまま放課後になった。

 ちょうどいいと言うべきか、部活は休みである。バスケ部が毎日体育館を占領できるわけではないのだ。弱小部の宿命である。

 一応雛森もバスケ部のマネージャーだ。俺が暇だと思って呼び出したんだろうな。

 物語の世界じゃあ学校の屋上は出入り自由なことが多いが、実際は立ち入り禁止にされているものだ。昔はどうか知らんけど。


「開いてるし……」


 鍵が閉まっているんじゃないかって思っていた屋上に続くドアは開いていた。ギィと錆びついた音をさせながら外の風景が視界に入る。

 フェンスに囲まれただけの殺風景な場所。何もないからか清々しいまでに綺麗な景色だ。

 そして、屋上の中央には雛森がいた。


「よう」

「う、うん……」


 本日初めてのあいさつだった。

 このぎこちなさ。俺が入院中、初めて雛森がお見舞いに来てくれた時のことを思い出す。

 いつもと違った様子。顔を合わせてみても、いつもは軽い彼女の口が動いてくれなかった。

 何も遮るもののない屋上。風が気持ちいい。雛森が口を開くまで、彼女のなびく金髪を眺めていた。


「能見くんに……お、お話があります……」


 風に押されたみたいに、ようやく雛森が言葉を発する。

 いつもとは違った彼女の雰囲気。俺はそれを感じながらも淡々とした調子で見つめていた。

 すぅ、と。彼女が息を吸ったのがわかった。


「好きです! あたしと付き合ってください!」


 と、金髪ギャルは言った。

 うん。……うん?


「ワンモアプリーズ?」

「へ、変なこと言って茶化さないでよっ!」


 俺変なこと言ったかな? ……言ったかもしれんね。

 別に聞いてなかったわけじゃない。ちゃんと聞いていたし、彼女の表情を見ていれば意味を違えるはずもない。

 だからこそ、何かの間違いじゃないかって思うのだ。


「なあ雛森。実はドッキリ仕掛けていたりするか?」

「そんなんじゃないしっ!」


 だろうな。雛森はそうやって人を陥れようとする奴じゃない。

 自分の気持ちに真っすぐで、案外真面目な奴だ。でも真面目な奴だからこそ、間違った方向に突っ走ることだってある。

 そうだ、ただ間違えているだけなんだ。


「なんで俺のこと好きって思ったの?」

「え? そ、それはね……」


 照れた表情で、両手を頬に添えて体をくねらせる雛森。ある意味雛森らしい仕草。


「あたしを命懸けで助けてくれて……。それから能見くんといっしょにいるようになって……楽しくてあったかくて、とっても安心するの……。もっと傍にいたいって思うから……。だから、あたしは能見くんのことが好きなの」

「はっきり言うぞ。それは勘違いだ」


 彼女の気持ちを、即座にバッサリ切り捨てる。


「……え?」


 きょとんとする雛森。俺は構わず事実を叩きつける。


「雛森は交通事故から助けられて、俺に感謝とか同情とか罪悪感とかいろんな感情があるんだろうよ。それがごちゃ混ぜになって、きっと自分でも処理できないもんになってる」


 雛森に告白されて、嬉しくなかったかと聞かれれば嘘になる。正直胸が高鳴ったのを感じた。

 でも、その感情は偽物だ。間違ったことは正さなきゃならない。


「そんな自分でもわかんなくなったもんを返そうとして、本当にわけわかんなくなって、ただの善意だったものが好意だって勘違いしているんだ。自分が善意のためにやった行動を、好きからくる行動だって勝手に変換しているだけだ」


 そう、これはただの勘違いだ。

 人間は思っているよりも自己を正しく判断できない。吊り橋効果なんてものがあるくらいだ。交通事故から助かった雛森は、交通事故に遭ったかもしれない恐怖と命を救われたという安堵の混ざったドキドキを、俺への好意だと勘違いしてしまったのだ。

 ずっと雛森が俺にかまってくれるのは善意だと思っていた。そう思おうとしてきた。そうでなければならないと思っていた。

 俺も雛森と友達になれた、そう思っていたのに……。


「……あの時、俺が雛森を助けたのはただの善意だよ。雛森だから助けたわけじゃない。助けないといけないと思ったから助けたんだ」


 誰かのピンチが目の前に現れた時。人は体を張って助けなければならない。

 そんなことはみんな知っている。知らなかったのは俺だけで、知ったからには体を張る必要があった。

 俺はただ当たり前のことをしただけだ。

 その行いに見返りを求めているわけじゃないんだ。交通事故から女の子を助けたら彼女になってくれましたってか? そんなことを求めた覚えはない。

 見返りを求めたらただの善意ではなくなる。人の目はシビアで、俺はそんなことで後ろ指をさされたくはない。


「の、能見くん?」


 戸惑いのこもった雛森の声。そこでやっと自分が感情の渦に飲まれていたことに気づけた。

 気づいたところで、答えは変わらないが。


「頭を冷やせ雛森。冷静に考えたら俺に告白するだなんてあり得ないってわかるはずだからさ」


 雛森に背を向けて屋上から出る。


「ちょっ、わけわかんないよ! 待ってよ能見くん!」


 雛森が叫ぶ。普段の明るさを感じさせない、でも聞いたことのある声色だ。

 どこで? 思い出せないってことは大したことじゃないのだろう。


「待たない。話は終わりだ」


 どんな声色だったのか。自分で発した声なのにわからなかった。

 ただ、その言葉を口にしてから俺を追いかける足音はなくなった。


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