22.料理に大事なこと

 結論から述べよう。調理実習は地獄だった……。

 班のほとんどが男女別々。数少ない男女混合の班も二対二とバランスが保たれていた。

 そこに俺一人と女子三人の組み合わせ。しかもその女子ズは金髪ギャルに赤髪ヤンキー、そして黒髪大和撫子である。目立つのは自明の理であった。

 きっと男子からは「このハーレム野郎め! 羨ましい!」とか思われていたに違いない。女子からは「女の子をはべらせるなんて不潔!」と罵られていたかもしれない。そんな想像が俺の胃をキリキリと痛めた。

 だけど、ここまでならまだよかった。


 いざ調理実習が始まれば否応なくそれぞれの実力がわかってしまった。

 それなりに料理ができたのは古川さんと橘さんだった。目を見張るほどの、というわけでもなかったけど、確実にレシピ通りのものが作られていた。

 俺はといえば、調理実習においては無力だった。無力は無力なりに準備や後片付けなどのサポートに徹したものだ。

 無難に終わるかと思われた調理実習。しかし、出来上がった料理は想像していたものではなかった。


「ごめん……っ。本当にごめんなさい……」


 なぜこうなったのか。出来上がった料理はダークマターと化していた。学校の七不思議もびっくりなくらいの不思議な出来事だった。

 犯人は雛森である。自白したから間違いない。供述によれば「あたしも参加したかったから」とのことだ。

 始まる前に古川さんから「由希は余計なことをするな」と言われていたのを目撃していた。不思議には思ったけど、黒い物体を見せられては納得するしかない。


 結論。雛森は料理ド下手くそである。



  ※ ※ ※



 地獄の調理実習から数日後。朝、教室に入ってすぐに雛森が近づいてきた。


「う~……」


 顔を合わせていきなり唸り声を上げてくる金髪ギャル。とても対応に困る。


「う~……」

「……」


 人語を失った金髪ギャルにどんな言葉をかければいいんだろうね? 教えて偉い人!


「……どした?」


 渋々嫌々、尋ねてみれば、雛森の目が「よくぞ聞いてくれました」とばかりにキラリと光った。

 おもむろに差し出された包み。それを見た瞬間、俺は身構えた。


「なんだそれ。木炭か?」

「ひどくない!? ……ひどくないか」


 透明な包みの中身は黒い物体だった。雛森も自覚があるのかはぁとため息を漏らす。


「こないだ調理実習あったでしょ?」

「あったな……」


 目の前の黒い物体があの時のダークマターと重なる。調理実習があるからと弁当を持ってこなかった女子ズは悲劇だった。さすがに可哀そうになって購買のパンをおごってしまったほどだ。おかげで俺の財布の中身が可哀そうなことになってしまったが。


「あれであたし足引っ張っちゃったから……。ちゃんとできるとこ見せたくって、クッキーでも作ってみようってリベンジしてみたんだけど……」

「見事返り討ちにされてしまったと」

「い、言い方ぁ……」


 反論に力がない。彼女自身、失敗したという自覚はあるのだろう。

 それにしてもこれクッキーだったのか……。一応包みを受け取って振ってみたらカサカサと音が鳴った。どうやら恐ろしいまでの硬度があるわけではないらしい。それで安心するわけでもないけど。

 クッキー(?)が入っている包みを雛森に返す。こういう時は明るく接した方がいいだろう。

 そんなわけで、笑顔で雛森を慰めることにした。


「まっ、人間向き不向きがあるからな。諦めろよ」

「もうちょっとなんとかしようとか考えてよっ!」


 うわーん、と雛森は大きなリアクションで泣きマネを見せる。それに反応した古川さんがよしよしと雛森を慰めた。


「おい能見。何由希をいじめてんだよ」

「理不尽だ!」


 今度は俺がオーバーリアクションで泣きマネをした。当然のように誰も反応してくれなかった。やんなきゃよかったと後悔しかなかった。


「由希、人間諦めが肝心って言うんだぞ」

「りっちゃんもひどい!」


 古川さんに事情を説明すると、このようなやり取りが行われた。付き合いの長い彼女も雛森の料理の腕にはお手上げらしい。

 ここは賛成多数ということで、雛森にはわかってもらおう。


「この便利な世の中で女子が必ずしも料理ができなきゃいけないってこともないだろ。クッキーなら美味しく作ってくれてる店はいくらでもあるしさ。別に手作りにこだわらんでもいいだろ」

「でも……」


 チラリと雛森から視線を向けられる。それはすぐに床へと落とされた。


「能見くんに美味しいって言ってもらいたいし……」


 ぽつりと零されたのは乙女の意地なのか。女子として料理が下手だと思われるのは嫌とのことだ。

 俺はチラリと古川さんに視線を向ける。あっさりと首を横に振られてしまった。


「私も教えられるほど料理が得意ってわけじゃないから」

「だよねー」

「……できないってのは認めるが、その反応はムカつくな」

「す、すんませんっ」


 やはり赤髪ヤンキーは怖い……。目つきが険しくなっただけで口から謝罪が漏れ出ていた。


「でも、せっかく本人がやる気になっているのだし、努力はしてみてもいいんじゃないかしら?」


 横から声がかけられる。そこには橘さんが微笑を浮かべていた。本日は眼鏡モードである。


「ふーちゃん……」


 ようやく味方ができたからか、雛森は気持ちが込みあがってきたみたいに目を潤ませた。


「いいかしら由希ちゃん。料理に大事なのはレシピ通りにやることと、味見をすることよ。それはわかってる?」

「えーと……」


 雛森の目が全力で泳いでいた。これどっちも守ってないやつだ。


「そして、最重要なのは食べてくれる人への愛情よ。その気持ちがあれば、きっと上達が早いはずだわ」

「うん!」


 今度の返事はとても元気がよかった。レシピを無視したり、味見すらしなくても、気持ちだけなら誰にも負けないってほどの返事だった。

 ドスッ、と脇腹を肘で小突かれる。犯人は古川さんだった。


「えっ、ちょっ、何?」

「ちゃんとわかってんだろうな? んん?」


 絶妙に力加減されてるのか痛くない肘攻撃だった。むしろこそばゆい感じ。


「味見してくれる人ならバスケ部の人達がいるわ。あとはレシピ通りを繰り返すだけよ。がんばりましょう由希ちゃん」

「うん! ふーちゃんのおかげであたしやる気出てきたよ! 早速今日からがんばってみるよ」


 古川さんから何度も肘攻撃を受けている最中、そんな不穏な会話が聞こえていた。


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