23.やればできる
古川さんと睨み合う。鋭い目つきに腰が引けそうになるけど、ここでビビるわけにはいかなかった。
※ ※ ※
放課後になれば部活の時間だ。
バスケ部に入部してからというもの、練習に汗を流していた。受験と入院でなまった体もいい感じに絞られていった。
「ぐわぁー! 負けた!」
体育館に断末魔が響いた。大げさな言葉を使ってみたけど、気分はそんなものだろう。
今やってることはただの1on1だ。オフェンスとディフェンスが一対一で争う。シュートを決めればオフェンスの勝ち。それを防げばディフェンスの勝ちである。
「ったく、だらしないな」
だが男子対男子じゃなくて古川さん対男子だった。今ので古川さんの三連勝だ。
古川さんは一年生女子とは思えないほどバスケが上手かった。男子部員が三人も負けたことからも実力は証明されている。
どうやら交流を深めようとの目的で、たまに練習前に男子対女子の勝負が行われているらしい。古川さんが入部してからは彼女の独壇場となっているのだとか。
「ははっ。古川はすごいな」
爽やかに笑うキャプテン。部員がやられて笑ってる場合ではないのでは?
「おい能見。今度はお前が相手しろよ」
連勝を重ねた古川さんの次の標的になったのは俺だった。助けを求めてキャプテンを見る。返ってきたのは「がんばってこい」とのお言葉。
「……うっす」
練習をしてきて、部員の中で俺が一番下手で体力ないってのはわかった。つまり古川さんに勝てる確率は限りなく低い。
「いくぞ古川さん」
だからと言って、やるからには勝つつもりでいく。適当に流そうだなんて、それこそいい結果にはならないと知っていた。
「その目つきいいねぇ」
古川さんは唇をぺろりと舐める。肉食獣の舌舐めずりにしか見えなかった。
そんなわけで、彼女と1on1をすることになったのだ。
向かい合って古川さんにボールを渡す。ドリブルをする姿からだけでも上手なのだと感じ取れた。
ダムダムダム……。規則正しいリズムで続くドリブル。
「わっ!?」
そのリズムが変化した時には、俺は抜かれてしまっていた。すぐさまシュートを決められてしまう。
み、見えなかった……。漫画なんかじゃいきなり姿が消えたなんて表現があるけど、さっきのはまさにそんな感じだった。
「よし、次は能見が攻める番な」
勝ち誇った顔の古川さん。楽しそうですねー……。
今のプレイで実力差は歴然だとわかった。他のバスケ部員がやられてる時点でわかってはいたけれど……。
ボールを渡される。ドリブルを始めるけど、古川さんみたいな音はしなかった。音だけでも実力差ってわかるもんだなぁ。
腰を落としてディフェンスの構えを取る古川さん。鋭い目つきも相まって、まったく隙がないように見えた。
手も足も出ないような感覚。悔しいと思うのは俺にもちょっとはプライドがあるってことか。
せめてシュートは打とう。そう決めて視線を右に向ける。それから左へと向けた。
うん無理。古川さんを抜ける気がまったくしないぞ。
「うりゃっ」
抜けないならせめてシュートは打とう。俺はその場でシュートを放った。
これは予測していなかったのか。古川さんは俺のシュートを防ぐこともなく、目を丸くしてボールを見送った。
「……は?」
そして、そのシュートは見事決まった。シュパッていい音をさせてリングを通過した。
呆然とする古川さん。周囲の反応も似たようなものだった。この空気に俺は喜んでいいのだろうか?
「「「うおおおおおおおおおーーっ!!」」」
遅れて出たのは男子部員の雄叫び。歓喜に沸くみんなを見て、俺は小さくガッツポーズをしてみた。
「ナイス能見!」
「見たか! これが男子の意地だ!」
「これで連敗記録ストップだ!」
わっしょいわっしょい! 胴上げされる俺。古川さんからシュートを決めただけで優勝でもしたみたいな騒ぎだ。
「ま、待て! これで同点ってだけだろ。まだ勝負はついちゃいねえっ」
そりゃそうだ。
古川さんの言い分はもっともなので勝負続行。攻守交替で古川さんの攻撃の番だ。
もちろんあっさりとシュートを決められた。次は俺が攻める番だ。
「いくぞ能見」
今度の古川さんに油断はない。ボールを渡された瞬間、距離を縮めてのディフェンスがきた。
これはドリブルをした瞬間にボールを取られそうだ。俺はそのままシュートを打った。
「速っ!?」
古川さんのブロックよりも先にシュートを打てた。ボールは放物線を描いてゴールネットを揺らした。
「今の、3Pラインよりも外からだったよな?」
「だな。見間違いじゃねえ」
「つまり、今度こそ能見の勝ち、ってことだよな?」
顔を見合わせる男子部員一同。俺も古川さんと顔を見合わせてみた。
「……」
唇を固く引き結んだしかめっ面。とても悔しそうな表情だった。
古川さんのその表情を見て、込み上げてきた気持ちのままぐっと拳を握った。
「やっっっったぁぁぁぁぁぁぁーーっ!!」
そして俺ではない大声が体育館に響いた。
この声には聞き覚えがあった。振り返れば出入り口に金髪ギャルの姿。遅れてのマネージャーの到着である。
「すごいじゃんすごいじゃん! りっちゃんに勝っちゃうなんてさっすが能見くん! やっば、あたしまで嬉しいー!」
真っすぐ俺のもとへと駆け寄ってきた雛森は感情を抑えられないのかその場でぴょんぴょんと跳ねる。ボディランゲージすごいな。
「由希ー? 友達の私の心配とかないのかよ」
「しょうがないじゃん。どんまいりっちゃん」
これが女の友情というものか……。古川さんが本気で落ち込み始めて俺の方が気が気じゃない。
「由希ちゃん由希ちゃん。ほらクッキー」
「あっ、そうだった」
さらに遅れて来た橘さんの言葉で雛森は我に返った。今朝からクッキーで騒いでいたもんね。
「能見くん……はい、これ……」
雛森の手の中にはラッピングされた包み。中身は言葉通りのクッキーだろう。
……ちゃんとクッキー、なんだよな?
「大丈夫よ。食べられることは私が保証するわ」
橘さんからフォローが入る。「美味しい」とは言っていないことに引っかかりを覚えるのは俺の考えすぎだろうか?
でもせっかくの手作りだ。食べられるというのなら受け取っておこう。
「ありがとうな。部活終わったらいただくよ」
「うん!」
金髪ギャルの笑顔が輝いた。本当に嬉しそうにされるとなんだか照れる。
「他の方々には私から差し入れです」
「「「うおおおおおおおおおーーっ!!」」」
橘さんは他の部員に包みを配っていく。たぶんあれも中身はクッキーだろう。
橘さんの手作りかな。だとしたら羨ましい……。そう思って見つめていたからか、みんなが喜びの雄叫びを上げている中、橘さんがこっそり近づいてきた。
「心配しなくても由希ちゃんの愛情がたっぷり入っているから。安心して食べていいわよ」
「愛情て……」
まあ、がんばって作ってくれたってことだろうけどさ。
「由希ちゃんの愛。きっと能見くんは気に入ってくれるわ」
「まあ……楽しみにしておくよ」
あまり愛とか言わないでほしい。言葉通りに受け取ったらどうしてくれるんだ。
ちなみに雛森のクッキーは普通に食べられた。あのダークマターからここまで成長したのだと思うとちょっと感動してしまった。それとも橘さんマジック? 一体何をすればここまでの急成長を遂げられるのやら。
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