21.班決め問題

「能見くんは調理実習どうするの?」

「はい?」


 昼休み。昼食を終えて自販機で買った紅茶を飲みながら優雅な午後の時間を楽しんでいると、隣から雛森の質問が飛んできた。

 いきなり何の話だと固まってしまう。この間の中間テストでだいぶ頭をやられていたようだしな。まだ試験勉強の後遺症が出ているのだろうと推察する。ごめんな、勉強させすぎたよ。


「あれ、忘れたの? テスト前に先生言ってたじゃん。今度の家庭科の授業で調理実習するから班決めしとけー、ってさ」

「……そうだった」


 頭がやられていたのは俺の方だった。

 調理実習をするからと、四人一組の班を自分達で決めておくようにと家庭科の先生はのたまったのだ。

 仲の良いグループが固まっているのならいい。しかし俺の場合は未だに事務的なこと以外で男子としゃべったことがない。つまり自分から動いて班を作ろうってのが無理なのだ。こうなると余りものに期待するしかなかった。

 テスト勉強を言い訳にして、そのことを忘却の彼方へと追いやっていた。こういう時こそ先生がしっかりと生徒を管理して班を作っていてほしかった。


「まあ、なるようになるんじゃないかな」


 そう言ってみたが、むしろこれはチャンスではないだろうか?

 同じ余りもの同士なら話しかけやすいかもしれない。今まで変に目立ったり緊張してたりでクラスメイトと仲良くなれなかったけど、少人数で共同作業しながらなら友達になれるかもしれない。

 ふふっ、これはいけるぞ! 調理実習で班決めしないといけないと聞いた時は地獄かと思ったけど、むしろボーナスステージに思えてきた。


「ね、ねえねえ、もしもまだ班が決まってないんだったらさ……あたし達といっしょにやらない?」


 俺が調理実習に希望を見出している中、雛森がずいと顔を寄せてそんな提案をしてきた。


「あたし達って?」

「あたしとりっちゃんとふーちゃん」

「却下」

「なんで!?」


 いや、こっちのセリフだよ……。

 女子三人のグループに入っていく度胸なんか俺にはない。よほどのイケメンかクラスでの地位を確立している奴でもなければ悪目立ちするだけなのは想像しなくてもわかる。

 橘さんと同じ班になれるというのは心惹かれるが、それでこれ以上クラス内での立場を悪くするわけにはいかなかった。


「でも能見くんはりっちゃんとふーちゃんとしゃべったことあるし、友達じゃん」

「え、俺ってあの二人と友達なのか?」

「え? 友達じゃないの?」


 友達の定義がわからない件。雛森は誰でも顔を合わせておしゃべりしたら友達認定しちゃうのかな。


「も、もしかして……あたしのことも、友達って思ってなかったり?」


 おずおずと尋ねてくる雛森。心配そうな顔をしているのが金髪ギャルらしからぬと思った。


「雛森は友達だろ。だからGWの時に遊びに行ったんじゃないか」

「そ、そっか……えへへ。あたしと能見くん仲いいもんね」

「まあな」


 力強く頷く。ていうか雛森が友達じゃなかったら俺ってぼっちだからね。


「何笑ってんの?」


 なぜか雛森が肩を震わせて笑いを堪えていた。くすくす笑いが漏れているから我慢している意味はあんまりない。


「ごめん……嬉しくなっちゃって……うふふ……」


 それ、俺の友達が雛森しかいないってことについてじゃないよね? ここで「ウケるー」とか言われたらけっこう傷つく自信があるぞ。


「ふぅ……、だったらなおさらあたしといっしょに調理実習しようよ! 仲がいいあたしがいたら能見くんも心強いでしょ」


 やっと笑いが収まったかと思いきや、話が元に戻った。

 それどころかさっきよりもぐいぐい攻めてきている気がする。「仲がいい」ってところを特に強調してた気がするし。どうせ俺が仲いいのは雛森だけですよ。


「そりゃあ心強いけど……」

「じゃあ決定ってことでいいよね」

「よくないって」


 このままでは流されそうだ。雛森も前のめりになりすぎて顔近いし……、近づきすぎてちょっとだけ胸が当たってるし……。気づけよオイ。


「はえっ!?」


 俺は冷静に雛森の両肩を掴んで距離を取る。小柄な見た目通り華奢だ。なのにどうして胸はこんなにも成長しているんだろうね? これも女性の神秘ってやつなのかもしれない。


「雛森、俺のことを気遣ってくれるのは嬉しいけど、今回は俺だけでも大丈夫だと思うんだ」


 雛森の目を見てそう言った。

 自分で班決めもできない。それでも雛森の善意に甘え続けるわけにはいかない。あとハーレム野郎とレッテルを貼られるのは男子高校生として回避しなければならない。


「……能見くんは、あたしといっしょなのは嫌なの?」


 目を潤ませて俺をじっと見つめる雛森。金髪ギャル相手だってのに「うっ……」と言葉に詰まってしまった。

 さすがは金髪ギャルだ。あざとい。そうは思っても抵抗はできなかった。


「そんなにも、あたしはダメなのかな?」


 ……いや、これ本気で泣きそうになってないか?

 唇を震わせながら、俺の心を抉ってくる。なんだかとてつもなく悪いことをしている気になってきた。


「あたしは、能見くんじゃないと嫌だよ……」

「わかった。いっしょの班になろう」


 なぜか刺激されてしまった罪悪感。俺は雛森に屈した。

 今にも零れてしまいそうな雫を見ていると断れなくなった。たかが調理実習の班決めなんですけどねー……。


「やっっっったぁぁぁぁ!! 能見くんといっしょの班だーーっ!!」


 でも喜ぶ雛森を眺めていると、これでよかったのだと胸が軽くなった。泣く子と同じくらい、泣く雛森には勝てそうにないなぁ。


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