20.まとまりのない三人(古川律視点)
中間テスト一週間前。教室ではそれなりの緊張感が漂い始めていた。
「ふっふーんふふーん♪」
そんな中、由希は上機嫌にスマホをいじっていた。
にまにまと表情を緩めている由希。それだけで能見にメッセを送っているのだとわかる。
その相手である能見はといえば、由希からのメッセに気づいては明後日の方向を向いていた。
由希から好意を寄せられればどんな男子だって嬉しいもんだ。能見は女慣れしている感じでもないし、照れているんだろう。
能見が学校に来るようになってから由希の様子がガラリと変わった。
由希はもともと男子を毛嫌いしていた。それは高校に入学してからも変わらず、下心を持って近づいてくる男子連中を冷たい態度であしらっていた。
あまりにも素っ気ない態度に、由希狙いの男子連中は一週間もかからずに撃沈した。これには私も安心した。悪い虫はいないに限る。
でも、能見が相手となれば由希は笑顔を惜しまない。今までの態度を知っているだけに、この変わりようにはクラスメイトは面食らっただろう。前もって「お見舞いをしている男の子がいる」と聞いていた私ですら目を見開いた。
誰が見たってわかるほどの好意。由希という最高の女に好かれている能見には嫉妬もあったが、クラスメイトのほとんどが温かく見守ろうという意見となった。
超可愛い由希が幸せそうに笑ってくれる。それに恥ずかしがっている能見から初々しいものを感じ取ったのだろう。
二人の邪魔をしない。それがクラスの総意となるのにそう時間はかからなかった。
「律はちゃんと試験勉強しているのかしら?」
唯一、邪魔をしそうなのが風香だ。
「してるよ。風香こそちゃんとやってんだろうな? 由希と能見にちょっかいかける暇があったら勉強に集中しろよな。赤点取っても知らないぞ」
「あら赤点なんて取らないわ。それにちょっかいをかけているだなんて心外ね。そんな無粋なことはしないわ」
「お前にそのつもりがなくてもやってる時があるだろ」
こいつが信用できないのは昔からだ。
頼んでもないのに世話を焼きたがる。それが相手のためならまだいいが、自己満足でやっているんだから質が悪い。
「この間だって由希のデートを邪魔したって聞いたぞ」
「邪魔だなんてとんでもない。少しだけお話しただけよ」
「それだけじゃないだろ。どうせまた『どんな相手か気になるわ』なんて言ってこっそり見に行ったんだろ」
「さすがね律。私のことよくわかっているじゃない」
「マジでそういうのやめろよな」
こう言っても聞きやしない。風香は悪気もなくデートでの出来事をしゃべり始めた。
「──それでね、ゲームセンターで由希ちゃんに絡んできた男共がいたのよ。猿みたいな連中だったから猿と同じことを考えていたのでしょうね。顔が物語っていたもの。正直殺してやろうかと思ったわ」
「物騒な言い方は控えろよ」
私も同じこと思ったけど。
「そこで颯爽と現れたのが能見くんよ。由希ちゃんをかばって間に割り込んだだけじゃなくて、由希ちゃんをお姫様抱っこして猿男共を振り切ったの」
「能見ナイス!」
わざわざお姫様抱っこした理由はわからないが。とにかく由希を助けてくれたってとこが重要だ。
「素敵だったわ……。今度こそ、彼なら由希ちゃんを任せられるかもしれないわ」
風香は熱っぽい吐息を漏らした。こういうところがやたらと色っぽい。騙される男が多いわけだ。
……まあ風香が由希を心配するのはわからなくもない。
中学の時、由希には男を信用できなくなる出来事があった。それから男子を毛嫌いするようになったし、そのトラウマを克服するのは時間がかかるだろうと思った。
だからこそ由希から能見の話が出たのは驚かされた。安心する一方で、「本当に大丈夫か?」と思ったりもしたものだ。
実際に話してみれば能見は無害な奴だった。今まで由希に近づいてきた奴らとは違ったタイプの男だった。
私も風香も、由希に対して過干渉になっていた。
それは傷ついた由希が見ていられなかったから。友達として、何もできなかったのが嫌だったからだ。
でも、由希が笑ってトラウマを克服しようっていうなら、応援してやりたいって思ったんだ。
「ねえねえ! 二人とも聞いてよー!」
由希が目をキラキラさせながらスマホを見せてきた。
画面には能見とのメッセのやり取りが映し出されていた。
「能見くんめちゃ優しいのっ。あたしが『テスト不安だよー』って言ったらね、『また勉強見てやろうか?』だってさ! 能見くんが優しすぎて鼻血出そ……」
咄嗟に鼻を押さえる由希。興奮しすぎで本当に鼻血出そうになっていた。
「わかったわかった。とにかく興奮すんな」
「よかったわね由希ちゃん。その勉強会とやら、私も出席してもいいのかしら?」
「風香は黙ってろ」
由希を介抱してやりながらも、ため息が出る。
風香は能見に期待しすぎだ。あいつは由希を傷つけるような奴じゃないってのは認めるが、物語に出てくるような王子様ってわけでもない。
風香の過度な期待で潰れてきた奴はけっこう多い。それは由希に近づく連中もそうだ。それで守られてきたってとこがあるから何も言わなかったが、能見に対しては控えてもらいたかった。
「……私がしっかりしないとな」
興奮が止まらない由希を落ち着かせ、首を突っ込もうとする風香をなだめながら、私はそう決意した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます