19.バスケをする理由

 部活時間まで体力が持たなかった。男としてこれは恥ずかしい。正直かなりへこんだ。


「能見くん大丈夫? 気持ち悪くなってない? 飲み物買ってこようか?」


 そんな落ち込みモードの俺に付きっ切りで世話を焼いてくれる雛森。まさに追い打ちをかけられているようで、彼女の目を見られなかった。


「……」


 橘さんなんか俺の醜態を見てから無言である。心なしか冷ややかな目になってる気がするし……。

 でも女子の反応としてはそれが正しいのだろう。こんなにもできない男子を目の当たりにしてしまえば、呆れて冷たい目になってしまっても文句は言えない。

 あーあ……。橘さんをがっかりさせてしまったのが一番ショックかも。繊細な男心にはつらい現実だ。

 それに、バスケ部のみんなもこんなに体力がない奴なんて願い下げだろう。高校の運動部を舐めてた俺に責任がある。

 落ち込んで落ち込んで、雛森に気を遣われて落ち込んで……。そうやって立ち上がれないまま部活が終わってしまった。

 男子更衣室で着替える。談笑する輪にも入れやしない。


「悪かったな能見。最初っから飛ばしすぎたわ。もうちょっとゆっくりやってやればよかったな」


 キャプテンの気遣いがつらい……。


「い、いやー、むしろこんな俺を練習に参加させてくれてありがとうございました。……自分、思った以上に体力なかったみたいっす」

「でもセンスよかったぞ。もしかして経験者?」

「いや……あははー」


 なんとか褒めてくれようとするキャプテンの優しさが身に染みる。染みすぎて目頭が熱くなったね。

 これだけできない自分を見せつけられるとバスケ部は無理に思えた。ていうかこんなんじゃあ運動部そのものが無理そうだ。


「能見はさ、なんでバスケ部に興味持ってくれたの?」


 俺の気のない返事を感じ取ったのか。キャプテンが話を変えてきた。


「それは……」


 改まって聞かれるとちょっと言いづらい。

 しかし、バスケ部の人達はわざわざ俺のために時間を使ってくれたのだ。それくらいのこと、言うのが筋だろう。

 俺は羞恥心に耐えながら口を開いた。


「……恥ずかしい話なんですけど、友達がほしくって」

「友達?」


 顔が熱くなる。友達いないって、自分から口にするのってけっこうきついな。


「はい。俺、中学の時ちょっとやらかしたことがあって友達いなかったんです。高校ではなんとかしようって思ってたんですけど、入学前に事故って入院しちゃって……。それから退院したはいいけどクラスでのグループはもう固まってて。だから部活をやって仲良くなれないかなって思ったんです」


 一息に言ってちょっとだけスッキリした。恥ずかしさは限界突破しそうだけどな。

 でもこれが最後だろうし、練習に参加させてもらった誠意……と言ったら違うか。たぶん俺が言いたかっただけだ。


「事故に遭ったって大変だったな。けっこうひどいケガしてたのか?」

「まあ、足にギプスする程度には」

「「「ギプス!?」」」


 いきなり他の部員がハモったからびっくりした。

 それから俺を囲む。え、何事?


「俺ギプスした人初めて見たよ」

「あれだろ松葉杖ついてたんだろ」

「白衣の天使はいたか?」


 なぜか入院エピソードに食いつく部員達。病院に何か夢でも抱いてんのかな?

 なんだか小学生のノリに近い。そういえば小学生の頃に足をケガして松葉杖を突いて来た奴に周りがすごい盛り上がってたな。男子連中は松葉杖に興味津々でその子から借りてリハビリごっこみたいなことしてたっけか。

 ひとしきり質問に答えたらキャプテンが止めてくれた。


「いいじゃないか。入学前から大変だったのに、こうして前向きに何かをやろうとしている。俺は良い理由だと思うぞ」


 そう言ってキャプテンは爽やかに笑った。

 理由を聞いて、バカにする素振りもなく肯定してくれた。さっきまでは恥ずかしい気持ちばかりだったけど、すっと心が軽くなっていく気がした。


「それに、バスケやる理由ならこいつらの方がよっぽど適当だぞ」


 キャプテンが「順番に教えてやれ」との言葉にみんなが答え出す。


「俺は身長伸ばしたいからだ。バスケやったら身長が伸びるって聞いてな」

「バスケはモテるスポーツだと思ってな。なんかカッコよく見えるだろ?」

「バスケ漫画にはまったんだよ。名作だったぜ」

「部員少ないし、ここならレギュラーになれると思って」


 部員全員が言い終わり、なぜかキャプテンがどや顔をした。


「どうだ? バスケやる理由はこんなんでいいんだよ」

「い、いいんですか?」

「俺は純粋にバスケが好きだからだけどな!」


 すごく自慢げにしてますねキャプテン。


「まあだからさ、能見が楽しんでくれたらいいなって俺は思うぞ。うちは野球部やサッカー部みたいにガチなやつじゃないからさ。やりたいからやる。それでいいんだよ」

「……はい」


 ……なんだ、優しい人っているじゃないか。

 別に助けたとか助けられたとか、そんなんじゃなくたって善意はあるんだ。


「それに能見のおかげでマネージャーできたし。そこんとこ含めて感謝したい」

「……はい?」


 さらりと雛森達がマネージャーになるのが確定したかのような言い方に首を傾げた。

 雛森はキャプテンとどういう話をしたんだろう。もうマネージャーやりたいって言ったのかな。


「そうそう! 可愛いマネージャー連れてきてくれたんだろ? 能見くんマジサンキュー!」

「え、いや……」

「つーかどういう関係? まさかカノジョじゃ……」

「違います! あいつは出遅れた俺を不憫に思って付き合ってくれているだけで……」

「へぇー。見た目派手なのに優しいんだ。天使かよ」

「ま、まあ感謝はしますけどね……」


 なんか変な方向に盛り上がってしまった。男の着替えは早いはずなのに、けっこう遅くなってしまった。更衣室を出た頃には外は暗くなっていた。


「能見くんいっしょに帰ろー!」


 外に出れば笑顔の金髪ギャルが待っていた。わざわざ待っていてくれてただなんて悪いことをした。


「「「ちっ」」」


 バスケ部のみんなから小突かれる。それをくすぐったく感じたのが、少しだけ心地よかった。


「は? アンタら能見くんに何暴力振るってんの?」


 男同士のじゃれ合いに雛森はガチギレしていた。これをなだめるのは俺の役目となった。


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