18.ちゃんとするのは難しい
男子バスケ部の部員は五名。もし入部すれば無条件で幻のシックスマンの称号を得られるだろう。スタメンになれるだけの自信はまだない。
今回は古川さんのおかげもあって、普段通りの練習に参加させてもらっていた。
「オラァッ! パスだオラァッ!」
全力投球されたパスを弾いてしまう。
「何やってんだオラァッ! ちゃんと捕れよオラァッ!」
「すんません!」
オラオラ系の先輩には逆らえない。弾いたボールを拾いにいく。
弱小バスケ部だと聞いて舐めていた気持ちがあったのだろう。それは否定できなかった。
思ったよりも練習はきつかった。ついでに俺への風当たりも強かった。その理由はわかってはいるんだけども……。
「能見くんどんまいどんまい。次がんばってこー!」
「早くダンクシュートをお願いしますよ」
それは観客席から聞こえてくる声援。雛森と橘さんの存在がバスケ部に影響を与えていた。
タイプは違えど、どちらも男なら思わず振り返りたくなる美少女である。
そんな二人から俺へと送られる声援。橘さんのは応援じゃない気がするが、問題はそこじゃない。
いきなり来たかと思えば美少女をはべらせてスポーツを楽しんでいる。俺なら嫉妬で足をかけたくなっちゃうね。その熱量がボールに込められていた。
基礎練習を終えて、次は試合形式の練習へと移っていく。
せっかく俺が来たからと、楽しく試合でもしようとのキャプテンの言。爽やかに笑うキャプテンとは対照的に、他の部員は殺気立っていた。
……俺、試合が終わって無事でいられるだろうか?
「あのさ、悪いんだけど見るなら静かにしていてくれないか」
試合開始前に雛森に注意を促した。俺も命が惜しい。
「え、ごめん。うるさかった?」
とても申し訳なさそうにする雛森。しゅんとされると今度は罪悪感が芽生えてしまう。なんというジレンマか。雛森のそういうところ苦手だよ。
「これも由希ちゃんがマネージャーになるかどうか、それを見極めるために見学していますからね。多少熱が入ってしまうのは仕方がないのでは?」
「そう、かな?」
橘さんに言われると弱ってしまう。悪気がないからなおさら。
「あっ、そうだ」
俺はひらめいたことをキャプテンに伝えることにした。
「マネージャー希望だからもっと近くで見学させてもらってもいいかだって?」
「はい。邪魔にならないようにさせますので」
ふむ、とキャプテンは笑って頷いてくれた。この人だけずっと爽やかだなぁ。
「マネージャーになってくれるならありがたい。女子マネがいればみんなもやる気になるだろうしね」
キャプテンの白い歯がキラリと光る。この人がいなかったら練習の途中で逃げ出していたかもしれんね。
そんなわけで、観客席から見ていた雛森と橘さんがコートのすぐ近くに来た。
突然金髪ギャルと黒髪大和撫子が急接近したせいか、部員一同はうろたえた。
しかしキャプテンが二人がマネージャー志望だと説明したところ、見るからにみんなの目の色が変わった。男子の期待、わかります。
「マネージャーやってくれるのか?」
「女子マネってことは、いろんなお世話してもらったり?」
「心の距離も縮めちゃったりとかして?」
ごくり、とやけに大きな音が聞こえたような気がした。
「「「俺達の全力を見せてやりましょう!」」」
バスケ部の気持ちが一つとなった。下心的な意味で。
「女子マネージャーは能見のおかげで来てくれたんだからな。三人とも同じクラスなんだそうだ」
キャプテンが補足説明をした。事実とは違っているのだけど、口をつぐんだ。
「ありがとう能見くん! これからがんばろうな!」
そのおかげで俺の好感度が上がったようだったから。雛森と橘さんにはダシに使って悪いとは思ったけれど、ここはキャプテンの機転に乗っかることにした。
なんとか俺への悪感情も消えたところで、練習試合である。
俺を含めても六人しかいない。なので三対三で試合は行われた。
さて、ここでよく考えてみてほしい。
弱小とはいえ、バスケ部はこれまで練習を続けてきた人達だ。少なくともその辺の帰宅部では歯が立たないほどの運動能力を持っている。
俺と比較した場合はどうだろうか?
決してスポーツが苦手ってわけじゃない。好きか嫌いかでいえば、好きと答えるだろう。
「ぜーはー、ぜーはー、ぜーはー……」
試合開始五分経過。すでにグロッキー状態であった。
好きなものが得意とは限らない。さらに言い訳をさせてもらえば、退院してからまだまだ本調子ではないのだ。入院中に失った筋力は完全に戻ったわけではないらしい。
「なんか思ったよりバスケって迫力あるよね」
「そうね。みんな動きが速くてすごいわ」
「「みんながんばれー!」」
観戦している金髪ギャルと黒髪大和撫子はのほほんとしたものだった。君らタイプは違うように見えるけど仲いいね。ちゃんとみんなを応援してくれてるからいいけどね。
「うおおおっ! 俺にパスくれ! パアァァァァァァス!」
「俺にシュート打たせろ! 絶対決めてやんよ!」
「高さのバスケを見せてやらあ! シュート全部ブロックしてやる!」
女子の力はすごい。みんなのやる気が限界突破している。ついて行こうと必死にプレーするが、俺はまったく戦力になれなかった。
試合は練習というのもあって、十分間を二セット行われた。それだけでも俺の体は悲鳴を上げていた。
「大丈夫か能見? あとは休んで見学していていいからな」
「はぁはぁ……す、すんません……。そう、させてもらいます……」
息も絶え絶えといった俺に、キャプテンは優しかった。
俺が抜けた後も練習は行われた。むしろこれが通常通りなのだろう。
「……体力ねえな、俺」
ちゃんとやっている運動部に、こんな体力ない奴が入っていいのだろうか?
部活をやろうとした理由が不純だったのもあって、急にここにいる自分が恥ずかしく思えた。
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