17.体験してみたいんだ

 放課後。気づいた時には赤い頭は消えていた。


「あれ、古川さんは?」

「りっちゃんはバスケ部に行ったよー」


 何て速さだ。放課後を迎えて一瞬目を離した隙に古川さんは姿を消していた。どんだけ部活が恋しいんだよ。


「りっちゃんに何か用があったの?」

「いや、部活の件で相談したかったんだよ」


 部活リストの中から興味があるものを絞ってみた。どうなのかと相談したかったのに古川さんがいないんじゃあ仕方がない。


「それならあたしが相談に乗ってあげるよ」

「雛森がか?」


 なぜか自信ありげに胸を張る雛森。大きく膨らんでいるそれに目が吸い寄せられる。今古川さんがいなくてよかったと思えた。

 まあそこまで言うなら。俺は部活のリスト表を雛森に渡した。候補のものには丸印をしてある。


「ふむふむ」


 彼女はリスト表に目を走らせる。


「バスケ部、美術部、書道部……あんまり共通点なくない?」

「共通点は全部俺がやったことのある活動だ」


 小学校のクラブ活動ではバスケをやっていたし、習い事は硬筆だった。美術部は中学の時にやっていた部活である。


「へぇー。能見くん芸達者だね」

「言わんとしていることはわからなくもないけど違うぞ」


 感心する雛森は俺の言葉なんか気にしちゃいなかった。

 やったことのあることが上手いとは限らない。下手に期待しないでほしい。男子はそういうとこ繊細なんだよ。


「まずはバスケ部に行ってみましょう」

「うおっ!? た、橘さん?」


 いきなり横から声をかけられて驚いた。相手は橘さん。眼鏡はない。


「律がいるし、バスケ部なら体験させてもらえるでしょう」

「でも仮入部期間も終わってるし。できて見学くらいじゃないか?」

「律がいるから大丈夫よ」


 思わず頷いてしまうほどの説得力。確かに古川さんなら多少の無理は通してしまえそうだ。


「じゃあ決まりっ。バスケ部に行こー!」


 金髪ギャルは手を挙げて宣言する。俺は首をかしげた。


「なんか雛森もいっしょに行くみたいに聞こえるな」

「え? いっしょに行くよ?」

「え?」


 互いに首をかしげる。


「だっていっしょに部活選ぼうよって言ったじゃん」

「いっしょにじゃないって言っただろ。お互いやりたいこと見つければいいだろってさ。それに運動部じゃあ男女で分かれるから、どうせいっしょにじゃないぞ」

「だったらマネージャーになればいいじゃん」


 雛森はさらりとそんなことを言った。不思議でも何でもなく、当たり前みたいに笑った。


「……」


 俺は言葉を失った。

 雛森とは友達になれたと思っていた。でも彼女はそうじゃなかったのかもしれない。

 彼女にとって俺は、世話をしてやらなきゃならない、庇護の対象でしかないのか? それは友達とは呼べないほど対等からかけ離れている。

 こいつは俺の世話をしなければ気が済まないのだろうか。これも雛森にとっては善意なんだろうが、正直複雑だ。


「いいわねマネージャー」


 自分でも渋い表情をしているとわかる。俺の感情をぶった切るように、パンッと手を叩く音がした。

 またもや横から橘さんから声がかけられたのだ。彼女の明るい表情に緊張した表情筋が緩んでいく。


「青春の汗。その汗を拭くのもまた青春。そうは思わない?」


 笑顔の橘さんがこてんと首を傾ける。


「俺もそう思うよ。いいよねマネージャー」

「でしょ? 私も見学してみたくなったわ。能見くん、体育館まで案内してもらえる?」

「もちろん!」


 そんなわけで、橘さんを体育館までエスコートすることになった。素晴らしい大役である。


「コラァー! あたしをのけ者にするなーーっ!」


 橘さんをエスコートしていたら金髪ギャルが怒った。結局三人でバスケ部のもとへと向かった。



  ※ ※ ※



 体育館ではバスケ部が男女分かれて活動していた。


「おっ、どうしたんだ由希。見学に来たのか?」


 バスケ部の中でも赤髪は目立っていた。こっちに気づいた古川さんが小走りで近寄ってくる。


「と、能見と……なんだよ風香もいっしょなのか。興味ないくせに来てんじゃねえよ」

「あら心外ね。バスケに興味はなくても律には興味あるもの」

「邪魔だから帰れ」

「まあひどい……」


 橘さんはハンカチで目を拭う。その仕草が儚く見えた。


「古川さん言いすぎだ。橘さんが泣いちゃうだろ」

「こんなわかりやすい嘘泣きに引っかかってんじゃねえ!」

「ぐほっ!」


 見事な脳天チョップが突き刺さる。このチョップはてっぺん取れる。そう確信して膝を突いた。


「りっちゃん? 能見くんに何してんの?」

「ご、ごめんっ。つ、つい……」


 そして金髪ギャルには頭が上がらないようだった。女子の関係って本当にわかんねえな。


「それよりも律。能見くんが相談したいって」

「あ? 相談?」

「えっと、朝言ってた部活のことなんだけど」


 仮入部期間は終わっていても体験できるのか。そう古川さんに尋ねた。


「別に顧問が練習をずっと見てるわけでもないからな。興味があるならあっちも歓迎してくれるさ」


 そう言った古川さんの行動は早かった。

 すぐに男子バスケ部の人と交渉してくれた。もちろん交渉は成功。同じ一年とは思えないほどの行動力である。

 俺は体操服に着替えて体育館に立った。


「ありがとう古川さん。ものすごく世話になったよ」

「まあ気楽にな。あくまで体験なんだから今日は楽しめよ」


 アネゴ! 頼り甲斐ありすぎて本当に全部頼ってしまった。


「能見くんがんばってー」

「軽くダンクシュートとやらを見せてくださいね」


 雛森と橘さんは観客席で応援するようだ。ただの部活なんだからやめてほしい。雛森だけならまだしも、橘さんがいる前ではそう言えなかった。

 あと橘さん? 軽く言ってますけどダンクとか俺できないですからね? うぅ、なんだかすごいプレッシャーだ。

 バスケ部のキャプテンに促されて部員の前に出る。自己紹介を兼ねてあいさつしてほしいとのこと。

 クラスでの自己紹介と違って少人数だ。さほど緊張もなかった。


「一年の能見大輔です! 今日は練習に参加させていただきありがとうございます!」


 大きな声であいさつをした。大きな声で元気よくはきはきしゃべれば体育会系のウケはいいはずだ。

 無事にあいさつを終えた。個人的には上手くできたと思う。


「……」


 なのに、反応が見られないのはなぜだろうね?

 不思議がっている俺に、小さな声が届いた。


「女連れで、部に来ただと?」


 あっ、これ間違っても好意的に思われてないやつだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る