16.複雑に考えなくてもいいかもしれない
高校の部活は種類豊富だ。
弓道部、フェンシング部、軽音部、写真部などなど……中学の時はなかった部活がたくさんある。仮入部期間は四月いっぱいまでだったが、どっちにしろこれだけ多いと全部は見て回れなかっただろう。
「能見くん、早くお昼食べに行こうよ!」
午前中の休み時間をすべて睡眠にあてた雛森は元気を取り戻していた。弁当の包みを持って手を振りながら近づいてくる。寝起きテンションなのか教室では目立ちたくないという俺の言葉を忘れているようだった。
「ん、それ何?」
雛森が小首をかしげる。その視線は俺の手元へと注がれていた。
「部活のリスト表。いくつか候補を絞れたらなって」
ちなみにこれを持ってきてくれたのは古川さんだ。わざわざ先生からもらってくれたらしい。彼女いい人すぎない?
「あ、部活のこと考えてるってマジだったんだねー」
こいつ、俺がその場限りの適当なこと言ってたって思ってたのかよ。こっちは早く友達作って雛森を安心させてやろうって思ってんのに。
俺が高校生活の遅れを取り戻せれば、雛森の心が少しくらい軽くなるだろう。そんなこと言ったら絶対に「そんなんじゃないし」とか返ってきそうだから口にはしないけど。
昼休みになったし、部活のことは後回しだ。どうせ放課後にならなきゃ様子も見に行けない。
いつも通り雛森といっしょに教室を出る。もう昼休みは二人で昼飯食べるのが当たり前になっていた。
「ん?」
教室から出る前に、なんとなしに橘さんを探した。けれど彼女の姿は見当たらなかった。
目立つ頭をした古川さんはいるってすぐわかったのに。クラスメイトの大半が黒髪とはいえ、あの美しい黒髪をそう簡単に見逃すだろうか?
……いや、この中で綺麗な黒髪の女子が一人だけいた。
度のきつそうな眼鏡をかけた女子だ。彼女は古川さんと昼飯を共にしていた。
教室から出るまでのことだけど、古川さんと眼鏡女子は仲良さそうに楽しく談笑しているように見えた。
「なあ雛森。橘さんと古川さんとの仲ってどうなんだ?」
本日も中庭のベンチで昼食タイムである。購買で買ったたパンを食べながら何の気なしに聞いてみた。
「そりゃ仲良しでしょ。あたしがいないから二人でお昼ご飯食べてるし」
「仲悪かったら二人きりなんか無理だし」と雛森は笑う。
やっぱりあの眼鏡女子は橘さんだったのか。眼鏡の度がきつすぎて目元が全然見えなかった。あれは気づけなくても仕方がないって納得してしまえた。
「橘さん、朝は眼鏡じゃなかったのに、なんで今さっきは眼鏡かけてたんだろ?」
「そうなん? あたし今日ふーちゃんがコンタクトってとこ見てない」
「そりゃあ朝から気持ち良さそうに寝てましたもんねー」
「えっ!? 能見くん見てたの!? あ、あたしよだれとか垂らしてなかった?」
動揺しすぎだろ。彼女の膝の上にある弁当箱が落ちそうになっていたので手で押さえる。それに気づいた雛森が「ありがと……」と言って顔を赤くした。やっと自分の動揺っぷりに気づいてくれたようだ。
それにしても橘さんコンタクトだったのか。何かトラブルがあって眼鏡をかけてるのかな。もしも小さくて透明なコンタクトを落としたら、確かに見つけられる気がしないし。
「古川さんが橘さんのこと、あまりよく思ってないってことないか?」
「りっちゃんが?」
雛森は空を見上げながら考え込む。考えに没頭しているのか少しだけ口が開いていた。
こういうところが無防備なギャルなんだろうね。なんか古川さんの心配がちょっと理解できてしまった。
「たぶんそんなことないと思うよ。りっちゃんとふーちゃんは小学校の頃からの友達らしいし。あたしは中学からしか知らないけどさ、見てても二人が仲良しってわかるよ」
じゃあなぜ古川さんは「風香には気をつけろよ」なんて言ったんだ? 仲が悪いわけでもないならそんなこと言う必要ないと思うんだけど。
黒髪大和撫子にどう気をつけろというのだろうか。見た目だけなら金髪ギャルや赤髪ヤンキーの方がよっぽど気をつけなきゃならないだろう。まあ雛森も古川さんもいい人だと知ってはいるが。
うーん、わからん。女子の複雑な関係は男子の俺じゃあ測れないってことか。
「まあいいか」
今わからないことは後回しだ。俺はそういう人間なのである。今までそれで後悔したことは半分くらいしかないし、大丈夫だろう。
「それより中間テスト近いよね。ねえ能見くん、また勉強教えてよー」
「高校最初のテストくらい自分の力でがんばれよ」
「えー、冷たーい」
「俺はテストよりも先に部活をどうするか決めたいの」
ぶーぶー抗議してくる雛森。俺は悪くねえ、と思えば金髪ギャルの抗議なんか気にならなかった。
雛森もやればできるのにな。
入院中に雛森に勉強を教えてやっていたのを思い出す。確かにできないところは多かったが、教えればちゃんと理解してくれた。飲み込み自体は悪くはないと思う。
「あのさ、能見くん」
「改まっちゃってどうした?」
雛森は「えへへ」と照れ笑い。なぜに今照れた? と疑問を感じたけど、次の彼女の言葉でまた話が変わっていたことに気づく。
「あたしも部活、いっしょに選んじゃダメかな?」
「いっしょに?」
「うん。能見くんとなら、あたしがんばれるし」
雛森といっしょにか……。考えてなかったな。
いっしょにって言っても男子と女子だ。運動部なら別々で活動することになるし「いっしょに」とは違ってくるだろう。
なら文化部を、と言いたいところだけど、まだ情報が足りない。リスト表には「これ何するの?」って言いたくなるような部が存在しているし。チャレンジするには勇気が必要だ。
そもそも、雛森が俺に手を差し伸べ続けている。それを何とかした方がいいんじゃないかって考えたからこそ、その手段として部活に入ろうかどうしようかと考えているのだ。
なのに、その当人がいっしょに、となれば目的を見失ってしまう気がする。
でも雛森の「やりたい」を制限する権利なんかない。
あー……めんどいこと考えてんな。同情とかそういうんじゃないってんなら、お互いやりたいことやるしかないだろ。
「いっしょにじゃないぞ。俺は俺のやりたいようにするから、雛森も俺がやるからじゃなくて自分でやりたいこと選べ。まあ、いっしょに見てやるから」
「うんっ」
俺は何をごちゃごちゃ考えていたんだっけ? そう思えるほどの満面の笑顔で頷かれてしまった。その笑顔につられて、俺も数秒は思考停止していたことに気づいてはっとする。
あれ、俺は自分勝手にやるってことしか言ってないと思うんだけど。なぜに笑顔で元気よく返事してるの? まあいいけど。
できれば中間テストの前までには部活をどうするか決めておきたい。早速放課後から動こうと決めた。
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