15.返事がない、金髪ギャルは眠っているようだ

 GWが終わった。連休最終日に宿題の存在に気づいた雛森から救援を依頼されたりもしたが、なんとか乗り越えて学校へと来ている。


「すや~……」


 当人である雛森は自分の席で潰れていた。ちゃんと宿題は終わらせられたんだし、大目に見てやろう。


「おはよう能見くん」

「あっ、お、おはようっ」


 急に現れた橘さんに驚いて声が裏返った。せっかく橘さんからあいさつしてくれたってのに、俺のバカ!

 それにしても声をかけられるまで気づかなかった。足音もなかったから急に目の前に現れたって錯覚してしまったほどだ。

 橘さんは優雅に歩いて自分の席に着く。本当にクラスメイトだったんだ。雛森の話では眼鏡かけてるらしいけど、今日はあの時のまま、美しい彼女だ。

 別に雛森を疑ってたわけじゃないけど、今まで全然印象に残ってなかった。いくら金髪ギャルが目立っていたとはいえ、顔も名前も覚えていなかっただなんて申し訳ないことをした。


「よっ、能見。朝から由希があんな状態なんだけど、理由知ってるか?」


 当たり前のように古川さんに話しかけられる。雛森が机に突っ伏しているから暇だったんだろうな。


「さあな。変なもんでも食べたのかもよ」


 適当に返事したら「由希がそんなことするわけねえだろ」と叩かれた。古川さん雛森のこと好きすぎでしょ。

 古川さんは当たり前のように俺の机に腰かける。健康的な太ももが近くてドキッとした。


「能見は部活探してるんだって?」

「まあね、仮入部期間も終わって今さらって感じだけど」


 俺が何か部活に入りたがってるって雛森から聞いたんだろうな。女子ネットワークの前には秘密はない。黒歴史をしゃべった日には後悔するだろう。

 机に腰かけている古川さんに見下ろされる。なんだか変な気分になっちゃうからそういう姿勢はやめてほしい。ほら、机に座るとかマナー悪いし。


「だったらバスケ部に入れよ。男子は人数少ないってキャプテンが嘆いてたし」

「女子なのに男子の心配するのか?」

「男女分かれてても同じ体育館使ってるバスケ部だからさ。見てたらさ、ちょっとは強くなってほしいって思うんだよ」


 鋭い目が優しく緩む。まさか雛森にだけじゃなく、男子バスケ部にも面倒見がいいとは。古川さんって思った以上にいい人だ。

 くっ、赤髪ヤンキーがいる体育館では部活やらないつもりだったのに。ちょっとやってもいいかなと思ってしまった。部員数少ないってのもガチっぽくなくていい。


「まあ考えとくよ」

「ん、気が向いたら言ってよ。キャプテンには私から話通してやるから」


 アネゴ! なんて頼りがいがあるんだ。

 古川さんは睨みつけてさえこなければ頼りになるいい人だ。同級生なのに先輩扱いしそうになるほど。


「ちなみに、何か他におすすめの部活ってない? 部活紹介の時、俺まだ入院中だったからあまり知らないんだよ」

「ああ、そうだった。そりゃ能見だって選びようがないよな」


 古川さんは腕を組んで考えてくれた。雛森といい、金髪ギャルや赤髪ヤンキーって案外優しい人種なのかもしれない。


「つってもな、男子の運動部は野球とサッカーに集中してるらしいから。他はどこも似たようなもんだぞ」

「似たようなもんって?」

「弱小ってことだ」


 ばっさりである。でも、これはけっこう良い情報だ。

 競争率の高いところでやって、三年間試合にも出られないというのは嫌だ。たとえチームが負けたとしても俺は活躍したい。俺はそういう人間である。


「さらにちなみにだけど、文化系の部活ってどうなん?」

「んー……。悪いんだけどさすがにそっちは知らないな。運動部と文化部は部室棟も違うから接点ないんだよ」


 古川さんは手を合わせて「悪いな」と謝る。むしろここまで教えてくれて感謝しかない。


「いいや、いろいろ教えてくれてありがとう。すげえ助かった」

「また何かあったら言ってよ。私が知ってることなら教えてやるからさ」


 なんというイケメン。俺が女だったら惚れてたね。

 なんてことを考えていたからか、古川さんが急に顔を寄せてきてドキッとした。やはり彼女も女子なのだ。雛森や橘さんとは違ったにおいが鼻をくすぐる。

 彼女は俺の耳元でささやく。


「そういえば、GWは由希と楽しく過ごせたか?」


 小さい声の割には、内容は普通だった。

 古川さん気にしてたもんね。とにかく雛森が心配らしい。ここは一つ、安心する答えをしよう。


「ああ、雛森といっしょにいられてめちゃくちゃ楽しかったぜ」

「お、おう……」


 はっきり言ったのに微妙な反応をされた。俺、おかしいこと言ってないぞ。


「由希……まったく意識されてないんじゃ……」

「え? 今なんて言った?」

「なんでもねえよ!」

「ぶべっ!?」


 聞き返しただけなのに怒りのチョップをもらってしまった。やはり赤髪ヤンキーは理不尽だった。古川さんってわけわからん。

 チャイムの音で古川さんはようやく机の上から降りてくれた。目の前でスカートが舞ったのは内緒。


「あっ、そうだ」


 席に帰ろうとしていたはずの古川さんが振り向いた。

 再び耳元に口を寄せてくる。二度目でもドキッとした。


「風香には気をつけろよ」


 それだけ言って席へと戻って行く。

 風香? って橘さんのことだよな?

 なぜ古川さんがそんなこと言うんだ? わけがわからなくて頭の中で疑問符が踊っていた。


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