14.一番見ている顔
目の前の少女は、黒髪が美しい大和撫子だ。
ほんわりとした表情でありながら、顔の作りは整っていて隙がないような印象を抱かせる。一言で言えば、俺の好みど真ん中の美少女だ!
「お、おいっ、雛森はこの人とお知り合いなのか?」
「お知り合いっていうか、あたし達と同クラじゃん」
「えっ!?」
なんだって!? こんな美少女がクラスメイトだと!?
なぜ俺はこの人に気づけなかったんだ……。能見大輔、一生の不覚!
「能見くんと言葉を交わすのは初めてですね。私は
「は、はいっ! 能見大輔です! こちらこそよろしくっす!」
クラスメイトの顔すらロクに覚えていないってのに、橘さんは嫌な顔一つせず自己紹介してくれた。なんて優しい女性なのだろうか。俺は感激せずにはいられない。
「能見くん何張り切ってんの……」
隣から何か聞こえた気がしたが、今は橘さんの対応に忙しい。
「橘さんはどうしてここへ?」
「私は由希ちゃんの観察を──」
橘さんは一つ咳払い。そんなことでさえ上品さに溢れていた。
「少しお買い物がありまして」
「そうなんですね。それは素晴らしいっ」
「何がっ!?」
ちょっとうるさいぞ雛森。今良いところだろうが。
「なんか二人ともキャラ違くない? やな気分なんですけど」
「そうか? いつも通りだろ」
「そうよ。何も変わったことなんてないわ」
「そうやって合わせてくるとこもムカつくっ」
あれ、雛森マジで怒ってない?
俺に対して善意の塊をぶつけてくるこいつが、明らかに不機嫌だと主張している。珍しいこともあるもんだ。
やはり、金髪ギャルと大和撫子は相性が悪いってことかな。雛森も性格良いんだから話せば仲良くなれると思うんだけどなぁ。
「由希ちゃんごめんね。私はもう行くわ」
雛森の不機嫌な態度を気にした風を見せることもなく、橘さんは最後までほんわかとした笑顔で去って行ってしまった。ああ、残り香がフローラル。
「さて、あのチャラ男共もいなくなったみたいだし、別のところに行くか」
「……」
「雛森?」
唇を尖らせて不機嫌アピールしてやがる。金髪ギャルのくせに怒り方が子供っぽいな。
「ふーちゃんと仲良くできてよかったね」
全然心がこもってねえ。こんなに淡々と言われて「よかった」と誰が思えるのだろうか。
それにしても、ふーちゃん、か……。風香にも可愛いあだ名があるんだなぁ。心の中で呼び捨てしてみたり。くぅ~。
「……能見くん、キモい顔してるよ」
「キモッ!?」
おまっ、それは本当に傷つくだろうが!
「つーか、雛森って橘さんと仲良いのか? あだ名で呼んでるし」
「そりゃ仲良しよ。ふーちゃんは友達だもん」
「嘘だろ!?」
「そこまで驚くことじゃなくない?」
いや驚くだろ。金髪ギャルと大和撫子の組み合わせだぞ。共通点がまったく見つからんのだが。
「それに、あたしらいつも教室でいっしょにいるじゃん。気づかなかったの?」
「嘘ぉーーっ!?」
「だから驚きすぎだってばっ!」
そりゃ驚くだろうよ。俺は雛森と橘さんがいっしょにいるところなんて目にした覚えがないぞ。
古川さんは目立つからわかるんだけどな。金髪ギャルと赤髪ヤンキーの組み合わせは目立つし。大体二人でいる印象が強い。
いや待てよ? 言われてみれば雛森のグループって金髪ギャルと赤髪ヤンキーだけじゃなかった。二人が目立ってばかりで印象が薄いけど、まだ誰かいた気がする。
それが橘さん? さっき出会った彼女を印象が薄いだなんて、俺なら口が裂けても言わないと思う。
んー? 何かがおかしいぞ。
「まっ、あれか。ふーちゃん普段は眼鏡かけてるからね。それで印象変わるんでしょ」
「眼鏡かけただけでわかんなくなるとか、俺ってどんだけ人の顔見てないんだよ」
「本当に? ちゃんと人の顔見てるの?」
「少なくとも雛森の顔はよく見てるぞ」
唯一俺の友達をやってくれてるからな。学校で一番見ている顔だと言っても過言じゃない。
それにあれだけかまってくるのだ。もう目をつむっていても雛森の顔がまぶたの裏に映し出されるほど見慣れてしまった。
「そ、そう……なんだ」
一瞬で雛森の顔が真っ赤になった。ちょっと息も荒い気がする。
「大丈夫か? 顔赤くなってんぞ」
心配したのが隙になってしまった。
がしりと腕を抱え込まれる。女子とは思えないほどの力だった。
「ちょっ、おまっ!」
「さあ! 次あっちに行こうよ!」
そのまま引きずられてしまう。抱え込まれた腕から伝わるのは大きくて柔らかい二つの感触……。あれ、デジャヴ?
雛森は俺に胸を押しつけたい願望でもあるのだろうか。何度も「放せ!」と訴えたのに、聞く耳を持ってもらえなかった。
まあ本当に耳に入っていなかったらしい。この後、ようやく自分の行動に気づいた雛森は激しく悶絶することとなった。良い反応なので笑わせてもらった。
ともかく、高校生になって初めて楽しい休日を過ごせた。それは雛森に感謝しなければならないだろう。
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