13.ナンパは引き際が肝心ですよ(涙目)
金髪ギャルをナンパするチャラ男二人組。普段ならそんなこともあるだろうとスルーする場面である。
しかしその金髪ギャルは雛森だ。さすがに見知った人のピンチを見て見ぬフリはできない。俺と遊びに来てのこの状況ならなおさらにだ。
「あたし連れがいるんで。放っておいてもらえます?」
雛森は男達に一瞥もくれることなく、つっけんどんに言った。吐き捨てるように、と表現してもいいくらい。思わず前に出かかっていた足が止まる。
雛森もやはり金髪ギャルか。追い払うためとはいえ雰囲気怖いし……。連れに赤髪ヤンキーがいるって思えばちょっと納得しちゃう。
「いやいやいや、寂しそうにしてんじゃん。俺が君の寂しさを埋めてあげるよ」
「おー、カッコいい! どうよ? 俺らといっしょに遊べば楽しいことしか考えらんなくなっちゃうよ?」
ちょっぴりびびった俺とは違ってチャラ男共はめげなかった。むしろより自分をアピールしていた。その自信、逆に尊敬するぞ。
冷たい言葉の前でも明るい調子を崩さない彼らに、雛森はイラ立った態度を返す。無視してスマホをいじり出した。
平静を保っているように見える。でもさ、普通に考えたら何してくるかわかんない男に言い寄られるって怖くないだろうか。
「あー、ごめんごめん待った? ほら、次はあっち行こうぜ」
自然な動きで雛森と男共の間に割り込む。そのまま何事もなかったかのようにこの場を去る。
「おい待てよ。俺らその子に用があんだけど?」
……そう上手くはいかないらしい。
まだ粘るのかよ!? 連れがいたんだから諦めてくれよっ。
男共は俺へと距離を縮めた。髪はカラフルだし、服装はスタイリッシュとは言い難い。二人とも大学生くらいだろうか。高校生に上がったばかりの女子をナンパとか本当にやめてほしいです。
「はあ? あたしはないんですけど」
雛森さーん、その刺々しい口調やめましょうか。ほら、お二方の顔が険しくなっちゃうからさ。
「君はこの子の何なわけ?」
「友達ですけど」
チャラ男が「ふーん」とニヤつき始めた。
「ねえ君ー。優しい君にお願いがあんだけどー、その子貸してくんない?」
絶対に俺が優しいって思ってないよね? ただのヘタレだって思っただろ。コラコラ、親し気に肩を組んでくるんじゃないよ。俺達お互い名前も知らない赤の他人でしょうがっ。
「ちょっ、能見くんに触んないでよ!」
「へぇー、君は能見くんっていうんだー。ふーん」
やべー。チャラ男に名前を憶えられてしまった。恨むぞ雛森。
仕方ない……やるしかないか。
深く息を吐いて髪をかき上げる。一瞬にしてオールバックとなった。手汗すごいな俺。
「ああ、ばれちまったらしょうがねえな。俺があの能見だよ」
「あ?」
いきなり態度が変わった俺に戸惑うチャラ男。お願いだからそのまま戸惑っていてくれ。
「あ? もしかして俺のこと知らねえの?」
「いや、知らんけど」
「俺も」
ですよねー。
大物風に振る舞えば勝手にびびってくれるかなぁ、なんてのは甘い考えだったか。
仕方がない。作戦変更だ。
「お前らS大学の佐藤さん知ってるか? 無敵の格闘家だ。あの人と戦って再起不能になった奴らは数知れず。ここら一帯で生きた伝説と呼ばれている人だ」
作戦その二、虎の威を借る狐作戦!
俺に手を出せばやべー人が黙ってねえぞ? と、伝わってくれたらいいなぁという作戦である。
ちなみに、S大学の佐藤さんとやらは知らない。ていうか実在するかもわからない。今でっち上げた架空の人物である。
まあ佐藤と鈴木はどこにでもいるって言うし、かすってくれたらもうけものだろう。とにかくチャラ男共に効果があれば御の字だ。
「さ、佐藤さんだとっ!?」
「マジかよ! S大の佐藤さんパねえっ!」
え、佐藤さん実在してんの?
チャラ男共の慌てる様子を見れば本当に存在している人物らしい。我ながら幸運にもほどがある。
「そ、それで、お前は佐藤さんのなんなんだよ?」
「え? えーっと……と、友達?」
ここまで覿面な反応されると思ってなかったから佐藤さんが本当にいた場合の返答を考えていなかった。だって今のところ思いつきでしゃべってるからな。
「友達?」
「友達ぃー?」
そんな俺のガバガバさに気づいたのか、チャラ男共は怪訝な顔になった。やべー。
「おい雛森」
後ろを振り向かないまま雛森に小さく声をかける。
「ふぇっ!? な、何?」
今ぼーっとしてただろ。この状況でよくもまあぽやぽやできるもんだ。
「逃げるぞ」
「え?」
雛森の手を掴んで走り出す。背後から「待てコラァーーッ!!」なんて怒号が聞こえた。俺何も悪いことしてないのに理不尽すぎない?
「きゃっ!?」
小さい悲鳴。雛森がつまずいたのだと、つないだ手を通じてわかった。
「ふんぬっ!」
彼女が地面に激突する前に抱きかかえる。勢いに任せてこのままの体勢で走った。止まっている暇なんかなかった。
ゲームセンターを脱出し、とにかく人が多そうな方へと向かう。お巡りさんがいればごあいさつしたいところだけど、あいにく立派な制服姿は見つけられなかった。
「あ、あの……能見くん……」
「なんだよ? 今しゃべるのきついんだけどっ」
「は、恥ずかしいよ……」
こんな状況だってのに何言ってんだ? 急がないとチャラ男共に捕まってしまうだろうに。
そこでようやく気づいた。すでにチャラ男共を振り切っていたようだ。周りにそれっぽい奴らはいなかったので、それについては安心した。
代わりに周囲の人々から注目を浴びていた。
有名人になった覚えはないのにどゆこと? と、疑問に思ったのも少しの間だけだった。
「あ」
俺は雛森をお姫様抱っこしていた。目立つ金髪ギャルを大衆の面前でお姫様抱っこというのは、よく考えなくても人の目を集める。俺だってこんなの目にすれば何事かと気になって見ちゃうだろう。
「……ごめんなさい」
雛森を地面へと降ろし、それだけ言うのが精いっぱいだった。こっちに聞こえないように気を遣っての小さな笑い声が俺の胸を深く抉った。笑うなら聞こえないようにしてくれよ。
「こんなところでお姫様抱っこだなんて、女として羨ましいわ」
「え?」
周囲の関心も去ってきた頃に、黒髪の美少女に話しかけられた。
「あれ、ふーちゃん?」
しかも雛森の知り合いらしい。おしとやかな黒髪美少女と金髪ギャルとの組み合わせにアンバランスさを感じた。
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