6.赤髪ヤンキーに目をつけられた

 数日経っても、雛森の攻めが止むことはなかった。

 教室だろうが廊下だろうがお構いなしで話しかけてくる。ここまで露骨だとクラスメイトから関係を疑われてしまっても文句は言えない。本当に何もないんだよ。


「恥ずかしいからあまり教室で話しかけないでくれ」


 そう言った時の雛森の顔は思わず目を逸らしてしまうほどのものだった。くしゃりと表情を歪ませて「ごめんね」と弱々しく言われてしまったら大抵の男は罪悪感で潰されてしまうと思う。

 俺もその例に漏れなかった。そのため続く「代わりにアドレス交換しよう」との提案は断れなかった。


「もっと早く聞いとけばよかったー」


 そう言った時の雛森の表情は満面の笑顔だった。さっきまでのは嘘泣きだったんじゃないかって疑いたくなるほどの変わりっぷりであった。

 そんなわけで教室で話しかけられることはなくなった。代わりにメッセージが届くようになった。なんてことはない短文メッセージがこれでもかと送られてきた。おかげでニュースサイト巡りが滞ってしまう。

 そのせいでもないが、俺の友達作りも滞っている。話題作りにとニュースを仕入れてはみたが、芸能人の不倫だとか事故のニュースだとかは高校生には興味のないものらしい。俺もまったく興味がない。

 そんな感じで何もかもが滞っているうちに、GWが迫ってきた。

 ここで連休に突入してしまえば、クラスメイトとの距離がさらに広がってしまうだろう。これには焦った。

 そんな焦りが通じたのか、ついに雛森以外のクラスメイトが俺の席へと訪れた。


「……」

「あ、あの……」

「……」

「えっと……」


 きょどる俺。これには深いわけがある。

 考えてみてほしい。威圧感たっぷりの目つきが鋭い赤い髪のヤンキー女子に見下ろされている状況を。現在進行形で体験している俺は席から立つどころか身じろぎすらできないでいる。

 しかも無言である。ギロリと睨まれていて、圧が半端じゃない。品定めでもしているのだろうか。俺が食べられる的な意味で。

 ヤンキー女子は知り合いではないが、見たことのある女子だ。ていうかクラスメイトだ。

 クラス内でも金髪ギャルの雛森に匹敵するほど目立つ赤髪ヤンキーである。

 話したことはないけれど、確か雛森と同じグループだったはずだ。名前は知らない。俺はみんなの自己紹介聞いてないからな。授業や休み時間に呼ばれている名前をこっそり少しずつ覚えている最中である。


「……」


 それにしても無言はやめてくれないだろうか。

 彼女は俺の目の前で腕を組んで仁王立ち。プラス睨みつける攻撃。デバフを食らってる気がして落ち着かない。

 こんな時に限って雛森の姿は教室になかった。トイレだろうか。いや、詮索はやめておこう。俺にだってデリカシーくらいはある。


「……あのさぁ」

「は、はいっ」


 ついに赤髪ヤンキーが口を開いた。

 口調は刺々しい。同級生のはずなのに背筋が伸ばされた。


「適当な気持ちで由希に手出すんだったらさ、やめな」

「……はい? 手を出す?」


 オウム返しすると舌打ちされた。びびって顔が強張ってしまう。

 ユキ? 誰だ? 頭の中で検索すればすぐに該当の人物がヒットした。

 ああ、雛森のことか。それがわかったところで疑問が解消されたわけじゃなかった。

 男が女に手を出すといえば、男女の関係を迫る的なあれだろう。そこんとこの勘違いはない。周囲に対して敏感だから、鈍感とは対極の位置にいるのが俺なのだ。

 問題は、俺が雛森に手を出しているという事実誤認である。むしろ手を出しているのは雛森の方じゃないか。ちょっかいかける的な意味だけど。


「あの、別に俺はそういうつもりじゃ……」


 赤髪ヤンキーの目がさらに険しくなった。俺の言葉は途切れてしまう。

 女子相手にびびって格好悪いとか思った奴は代わってくれ。この人の目は本当に怖いんだ。本気で何かやりそうな目をしている。それを感じ取っているのか、クラスメイト一同は視線を明後日の方角へ向けていた。助けは期待できない。


「あれー? りっちゃん能見くんに何か用があんの?」


 ここで雛森が教室に戻ってきた。今だけは彼女が救いの女神に見える。

 首をかしげながらこっちに近づいてくる。赤髪ヤンキーと金髪ギャルってものすごい組み合わせだな。ちなみに雛森の方が胸が大きい。

 瞬間、ドガッと大きな音が響いた。身体が震えるほど響いた。

 音の正体は赤髪ヤンキーが俺の机に拳を叩きつけたからだ。女子が出せる音じゃねえ……。


「おい能見」

「は、はひ……」

「次にそんな舐めた目を由希に向けたら、ただじゃおかねえ」


 俺はぶんぶんと首を縦に振った。

 どうやらどこを見ていたかばれていたらしい。これからはできるだけ視線を上に向けておこう。


「りっちゃんいきなり何すんの! 能見くんの机へこんだじゃん!」


 怖いもの知らずの雛森が食ってかかる。ていうか本当に机へこんでるし!? 女子のパンチ力じゃねえって……。

 いくら友達だろうが、こんな馬鹿力を持った相手に文句を言うなんて自殺行為だ。しかも今回は全面的に俺が悪い。これには雛森を止めようと立ち上がった。


「ご、ごめん。ついやっちゃった……。由希怒んないで。本当にごめんってば」


 しかし予想に反して赤髪ヤンキーは手を合わせて謝った。止めようとした俺の手が宙に漂う。


「えーと……」


 中途半端に立って手を伸ばしている男子の図。意味不明な体勢の俺を見て、雛森が首をかしげた。


「ん、どしたの能見くん」

「なんだその手は? すり潰されてえのか」


 潰されたくありません。あまりの睨みにお股がヒュンとしてしまった。男の子だもんね。

 赤髪ヤンキーが怖すぎる。今回ばかりは雛森に頼りたい。友達ってこともあってか彼女の言うことなら聞いてくれそうだ。


「てゆーか、りっちゃん。能見くんに何か用があったんじゃないの?」


 前言撤回。余計なことしやがって。そういうのいいから早く追い払ってくれよ。

 りっちゃんと呼ばれた赤髪ヤンキーは俺をギロリと睨む。いや、ただ目を向けられただけかもだけど。いちいち怖いなぁもうっ。

 しかしここでタイムアップ。チャイムが鳴ったと同時に先生が教室に入ってきた。

 雛森と赤髪ヤンキーは慌てて席へと戻る。


「ちっ」


 去り際に舌打ちが聞こえた気がするんですが……。命拾いした、とは到底思えなかった。


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