5.善意一〇〇%はきつい

 中庭は人が少なくベンチもある。日差しがぽかぽかと降り注いでいる。昼食をとるには良い場所に思えた。


「焼きそばパンと焼きうどんパン? 炭水化物ばっかじゃん。男って栄養考えないよね」


 ケラケラ笑ってやがる金髪ギャルがいなければ最高だった。

 俺がベンチに座ると、雛森も隣に座った。その手には弁当箱が入っているであろう包み。


「俺と飯食うとか、本気か?」

「ずっとそう言ってんじゃん。一人で食べるより二人で食べた方が美味しいって」

「……正気か?」

「ひどくない!?」


 ひどいっていうか、なんでそこまでって思う。

 友達がいるってのに、わざわざ俺と二人でお昼したい、だなんて。本当にわけがわからないよ。あと美味しいものは一人で食べようが大勢で食べようが変わらないと思う。むしろ大勢でしゃべってるとそっちに忙しくなって味なんか覚えてないし。


「の、能見くんと、ふ、二人でいっしょにいたいし……」


 頬を赤くして呟くような声量。これは勘違いする男が続出してしまうね。

 だが勘違いなんかしない。俺はわかっている男だ。


「俺はぼっちでも寂しくないぞ。むしろお一人様を楽しめるのだ」

「いやぼっちは寂しいでしょ」


 真顔で返された。うんまあそうなんだけどさ。俺だって友達作る気満々でいたわけだしさ。

 ここで言いたいのはそういうことではないのだ。


「なあ雛森」

「何?」

「同情で俺に付きまとうんだったらさ……そういうのはやめてくんない?」


 しん、と沈黙した。弁当を開けようとしていた手が止まる。

 雛森の行動は善意一〇〇%だ。事故から助けられたという理由があるのもわかる。

 でも、だからっていつまでも同情されたいわけじゃない。


「……そんなんじゃないし」


 なんとか絞り出された声。彼女の顔は見られなかった。

 声は震えていた。もしかしたら泣かせてしまったかもしれない。ちょっときつく言いすぎたかな、と思わなくもなかった。

 それでも言わなきゃならない。なあなあで続けていると雛森も俺もよくないと思ったから。


「そんなんじゃ、ない……あたしはそんなつもりなんかないし……」


 じゃあ一体どんなつもりなのか。そう聞けるほど俺のメンタルは図太くない。

 これもう泣かせちゃったよなぁ。こんな居たたまれない気持ちになるなら怒って罵倒された方がマシだ。

 鼻をすする音が聞こえてきた。クラスメイトの女子を泣かせてしまったという汚名がついてしまった。もう俺はダメかもしれんね。

 それでも雛森は立ち去ろうとはしなかった。気まずい空気が流れる。


「俺が悪かった」

「へ?」


 気まずい空気に耐えかねて頭を下げた。

 前言撤回、女の涙には敵わなかった。ヘタレと呼ばれてもいい。あんな空気でいるよりは謝ってうやむやにしてしまおう。


「今のは言いすぎた。謝るから許してくれ」

「ちょっ、そういうのやめてよ。悪いのはあたしなんだし」

「じゃあお互い様ってことでいいな?」

「へ?」


 きょとんとする雛森。隙の多そうな表情をするギャルだな。


「お互い悪かったってことで。この話終わりっ。さっさと飯食おうぜ」


 返事を待たずに封を開けて焼きうどんパンにかじりつく。購買のパンってけっこう美味いんだな。中学までの給食とは違った味わいである。

 ぽかんとしていた雛森だったが、「食わないのか?」と尋ねたら慌てて弁当箱を開けていた。

 たぶんこうして雛森といっしょに昼飯を食べるのは今日で最後になるだろう。せめて今日くらいはこの状況を楽しませてもらおう。

 パンをもしゃもしゃ食べながら隣の金髪ギャルを観察する。意外と言ってはなんだが、食べ方がとても綺麗だった。

 なんかところどころで俺の想像していた金髪ギャルと違うよなって思う。今まで金髪ギャルに遭遇したことなかったし、実際は案外こんなもんなのかもしれない。


「あの、気を遣ってくれてありがとね」

「ん?」


 目を向けると顔を逸らされた。その反応、やっぱり嫌われたか? 顔も真っ赤だし。

 二人でごちそうさまをして、食後の日向ぼっこを楽しむ。この時の沈黙は苦じゃなかった。


「……本当に、そんなんじゃないから」


 穏やかな空気の中、雛森が口を開いた。


「同情とか、そんなくだらない理由で能見くんといっしょにいるわけじゃないから」

「そっか」


 こんな時どんな顔をすればいいのかわからないの。いや本当に。クールな態度でいるだけで精一杯である。

 春の暖かな日差しが気持ちいい。風も穏やかなものだ。


「あたしが能見くんの傍にいたいから。ただ、それだけだから……」


 突風のような言葉に、思わず噴きそうになった。


「おまっ、そういうの男子に向かって軽々しく言うなよっ」

「か、軽々しくないしっ。マジで言ってんだし!」


 顔を真っ赤にして反論してくる。

 それがマジってことはやっぱりビッチなのか? こうやって数々の男を手玉に取ってきたってのか。その巨乳でどれだけの男を期待させ、絶望させてきたんだ。


「だから! あたしはあたしのやりたいことすんの! やりたくないこと嫌々やってんじゃないんだからねっ」


 なんというツンデレ発言。でもビッチとツンデレってあまり相性よくないと思うんだ。あくまで俺の好みの話だけど。

 雛森は「だからね」と言って立ち上がる。


「またいっしょにお昼ご飯食べようね。あたしは能見くんといっしょがいいの。それが嬉しいの」

「……おう」


 ここまで善意ばかりで攻められると、さすがの俺も頷かざるを得ない。この時見せられた彼女の笑顔は春の日差しよりも眩しかった。


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