7.金髪ギャルに予定を聞かれた

 雛森にあの赤髪ヤンキーは誰だとメッセージで尋ねてみたところ、古川ふるかわりつと名前を教えてもらった。


「てゆーかクラスメイトなのに名前も知らなかったの?」

「みんなが自己紹介している時に俺はベッドの上だったんだよ」

「……ごめん」


 本気で謝られた。冗談にならないことを冗談にしてしまった俺が悪かった。さすがに謝らざるを得ない。

 昼休み。物好きな雛森は「教室以外ならいいんだよね」と言ってついてきた。

 そんなわけで、雛森とともに中庭のベンチで昼食をとっている。入学前はないと思っていた金髪ギャルとの昼食タイムに慣れてきたのが、自分のことながら怖いところだ。


「で、その古川さんは俺に一体何の用があったんだ?」


 赤髪ヤンキー、もとい古川さんはあの後も俺を睨みつけていた。とくに話しかけられることもなく、ただ睨まれ続けた。

 俺が何をしたってんだ? 本気で悩んだが答えは出ない。接点がなさすぎて思い当たることがないのだ。


「さあ? そんなのあたしに聞かれても困るって。本人に聞きなよ」

「もっともだけど、それは無理ってもんだ」

「なんで?」


 心底不思議そうに首をかしげられた。

 友達だからわからないかもしれないが、あの赤髪ヤンキー超怖いんだよ! 下手なこと言ったら躊躇なくぶん殴られそうな雰囲気がある。あの目はマジだ。

 だが、男子として女子が怖いってのは口にしづらい。高校生ともなればなおさらにだ。俺にだってプライドがある。


「お、乙女の秘密とか、間違って聞いちゃったら困るだろ……」


 よって、適当なことを言ってみる。

 自分で言っててなんだけど、赤髪ヤンキーに乙女の秘密(はーと)なんかあるのだろうか? あるとしたら聞いた瞬間に消されてしまうようなやべー秘密に決まってる。絶対に聞きたくねえ……。


「そっか……それは確かに、能見くんが聞いたらまずいね……」


 なぜだか雛森は顔を赤くしながらそっぽを向き、落ち着かなく髪をいじり始めた。

 その反応何? あるのか乙女の秘密? 俺が聞いたらまずい秘密ってなんなんだ?

 彼女の反応のせいで、乙女の秘密とやらが気になってしまった。


「まっ、りっちゃんのことだから何か用があったら自分から言いに行くでしょ」

「そうか。なら気長に待っていようかな」


 ヤンキーの定番「放課後体育館裏に来い」ということを言われないように祈る。あれだけ睨まれたら本当にありそうで冗談にならないんだよなぁ。

 焼きそばパンを食べ終わる。そのタイミングで雛森に質問された。


「ね、ねえ能見くん……。GWって暇?」


 GWか。学生だけじゃなく、サラリーマンにも嬉しい大型連休である。

 しかしあいにく両親は連休関係なく仕事だった。入学前はGWまでに友達を作って遊ぶんだ、と目標にしていたが、残念なことに難しい目標だったようだ。


「暇……だ」

「そんなに言いづらいことだった!?」


 思わず地獄の底から這い出すかのような声になってしまった。自分でもこんな声が出るのかって驚きだ。

 それだけ連休中は暇だと告白することは恥ずかしいと思った。自ら非リアだと口にするとか……くっ、殺せ!


「ひ、暇だったらさ……」


 男子高校生のガラスのハートが割れないようにと悶えていたら、何やら雛森がもじもじしていた。


「よかったらでいいんだけど……。能見くんがよければ、なんだけど……」

「どした? 顔真っ赤になってんぞ」

「ひゃああっ!?」


 顔を覗き込んだら叫ばれてしまった……。ショックで固まる。

 なんだか顔を「キモッ」ってけなされた気分。だって急にぶつぶつ言いながらうつむくもんだから心配して覗き込んでしまったのだ。それで顔を近づけすぎていたのかもしれない。いや、でも距離感的には雛森の方が近くないか? なんか納得できん……。


「ご、ごめんっ。驚いちゃっただけだから気にしないでっ」


 わたわたと手を振る雛森。そんな取り繕わなくてもいいのにね。


「そんなことより!」

「お、おう?」


 ずいっと顔を近づけられる。やっぱり雛森の方が距離感近いって。ちょっとだけドキッてしちゃったじゃないか。


「能見くんさえよければ、GWにあたしと遊ばない?」


 うかがうような上目遣いで、そんなことを言われた。

 金髪ギャルが「あたしと遊ばない?」ときた。これはもう誘われているんじゃないかな?


「……」


 と、茶化すのもよくないか。

 真剣な眼差し。それが俺に向けられている。

 事故から助けられたという感謝や罪悪感があるのは事実なのだろう。それでも、それを同情という形ではなく、普通の友達になろうと行動で示してくれていた。俺にはちゃんとそう感じられたのだ。

 雛森は良い奴だ。バカだったり、周りの目を考えられなかったりはするが、俺と仲良くしたいと考えてくれている。

 その善意を、無下にするべきではないと思う。


「うん。いっしょに遊ぼうぜ雛森」


 言ってからしばらくの間、雛森は固まっていた。


「やっっっったぁぁぁぁぁぁーーっ!!」


 それから感情を爆発させたみたいに飛び上がって喜びを表した。このオーバーリアクションには嬉しいやら恥ずかしいやら……いや、恥ずかしいってのがほとんどだな。中庭にだって人はいるんだからもうちょっと自重してほしい。

 そんなわけで、高校生になってから初めて休日の予定が埋まったのであった。



  ※ ※ ※



 放課後を迎えた。

 鞄に教科書類を詰め込んでいると、雛森からメッセージが届いた。


『放課後りっちゃんが用があるから体育館裏に来てだってさ』

「……」


 一体俺は何をしてしまったというのだ……。灰と化した俺に、その答えを教えてくれる人はいなかった。


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