2.金髪ギャルはお見舞いをしたい
俺がちゃんと覚えていなかったのを見て、金髪ギャルは「
「……」
「……」
いや黙っちゃうのかよ。雛森さんも居心地悪いのか忙しなく指を突っつき合わせているし、沈黙が痛い……。
雰囲気ビッチ風の巨乳美少女から「お礼してあげる」なんて言われたらいかがわしいことを考えるに決まっている。これは俺が悪いわけではない。そういう構造にした神が悪いのだ。
だがもともと俺はギャルと楽しくおしゃべりできるだけのコミュ力なんぞ持ってはいない。相手が黙ってしまえば俺に打つ手はないのだ。だってギャルに話しかけるのってハードル高いし。
男の本能に流されて「お願いします」だなんて言ったことを後悔する。こんな気まずい状況よりはさっきまでの退屈な時間の方がマシだ。
「な、何かしてほしいこととかある? あたしなんでもするよ」
何かを決意した雛森さんはずいと顔を近づけてきた。さすがはギャル、距離の縮め方が乱暴だ。
しかも「なんでもする」ときた。これはもう誘ってんじゃないのかな? 一瞬のうちに脳内に広がった妄想を慌てて打ち消す。
「と言われてもなぁ」
確かに不自由な身ではあるのだが、思ったよりも入院生活は快適だった。いろんな意味で不自由な面を手伝ってもらうには初対面同然の距離感では難しい。つまりやってもらえそうなことなんてないのだ。
「やっぱりいいよ。それに事故だって別に雛森さんが悪いわけじゃないし。そんな風に気を遣わないでくれ」
なんだか同情されているみたいで気分悪いし。とは空気を読める俺は口にはしなかった。
代わりに「だから気にせずに帰っていいよ」と続けた。なんて紳士な俺。気まずい空気から逃れたいのが理由のほとんどだとは気づかれないだろう。
「だったらお見舞いだし! ただのお見舞いなら傍にいても、いいでしょ?」
急に大きな声を出されてびっくりした。
さらに雛森さんはベッドの傍にある椅子にドカッと座る。ここに居座る気満々だ。
なぜに? 渦巻く疑問の答えは出ない。
普通ならさようならをする場面だったはずだ。チラリと見れば顔を赤くして怒っています、という表情の金髪ギャル。フンスッと鼻息荒く俺を睨んでいた。お見舞い要素はいずこに?
よくわからんが、どうやら雛森さんを怒らせてしまったらしい。
「えっと……お見舞いなら、いいかな?」
「うんっ」
怒った顔から一転して満面の笑顔となった。女子の心は移ろいやすいにもほどがある。
「……」
「……」
そして沈黙が再び降りてきた。もう何これやだぁ。
雛森さんが俺を見つめている。その視線なんなの? 背中がむずがゆくなるんですけど。
「あのさ」
「な、何?」
「お見舞いは嬉しいんだけど、正直ほとんど面識ない人と話すことって思いつかないっていうかさ……」
後半もにょもにょと言葉にならなくなった。いやだってさ、自分からコミュ力ない宣言するのってけっこう恥ずかしいんだってばっ。
「あっ、そうか」
今気づいたかのようにぽんと手を叩く。金髪ギャルはあの程度の沈黙なんか気にしないらしい。
「なら学校のこと教えてあげる。同じ新入生なんだし様子とか気になるでしょ?」
雛森さんとは同級生のようだ。たぶん最初に謝罪に来た時に俺の親がいろいろしゃべったんだろうな。
俺が返答する前に彼女は話し始めた。入学式のことを身振り手振りを交えて教えてもらった。
とはいえただの入学式だ。いくら高校生活を楽しみにしていたといっても、それほど入学式自体に期待していたわけじゃない。むしろ入学式を楽しみにしていた奴がいたら教えてほしいものだ。
「でさ、校長の声がうるさいのなんのって。それで話まで長いんだから、あれはもうただの騒音だね」
案の定それほど面白い話じゃなかった。
ただ表情をころころ変えながら話す彼女はとても楽しそうで、聞いているこっちも笑っていた。
ドアがノックされる。今度こそ看護師さんだった。
「あら、失礼しました」
ドアを開いたと思ったら巻き戻しをするかのように閉められる。あれ、仕事しに来たんじゃないの?
「す、すみませんっ。もう帰りますからっ」
慌てたのは雛森さんだった。急いでドアに駆け寄り看護師さんを呼び止める。
「じゃあ帰るね
「うん……うん?」
あれ、今また明日来るとか言わなかったか?
確かめる前に雛森さんはドアの向こう側へと行ってしまった。入れ替わりに看護師さんが部屋に入ってくる。
「うふふ、あの子能見くんの彼女?」
「違います」
ちゃんと俺の否定が耳に入っていないのか「若いわねー」とか笑っていやがる。これ看護師ネットワークに流されるやつじゃん。
「初めて能見くんの笑顔見られたわ。お見舞いに来てくれて本当によかったわね」
俺そんなに無表情キャラだったか? 言われて振り返ってみれば「暇だ」と呟くだけの無気力野郎だったのは事実だった。今さらになってへこむ。
自分とは縁のないはずだった金髪ギャル。苦手な人種なのは確かだが、入院生活という状況が彼女との接触を許してくれたのかもしれない。
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