3.退院と別れ

 能見のうみ大輔だいすけ。小学生の頃はそれなりに女子と遊んだりもしたが、中学生になると女子との距離を置くようになった男子である。わりと普通の成長線を辿っていると思われる。

 というのが自己分析だ。高校生になれば色恋を覚えて、女子との距離を縮めようと苦心するはずだ。それが未来予想図。


「でさ、ここわかんないんだけど」


 それでも、金髪ギャルが相手とは想像もしていなかったが。いや、縮まったのは物理的な距離だけだけどね。


 あれから金髪ギャル、もとい雛森さんは毎日俺のお見舞いに来ていた。

 お礼や謝罪の意味合いが強いとはいえ、普通は友達でもない男子の病室に毎日来たりはしないだろう。何度かやんわりと「もう来なくていいよ」と伝えてみたものの、なぜか頑として聞き入れてはくれなかった。

 最初はぎこちないやり取りしかできていなかったが、彼女から学校の話を聞いたり勉強を教え合ったりするうちに、まあそれなりにはおしゃべりできる間柄となっていた。


「ねえ、ここも教えてー」

「おい、なんで入院している俺が学校通ってるはずの雛森に勉強教えてんだ」


 前言撤回。勉強教え合ったりはしていない。俺が一方的に教えているだけだ。あまりに教える頻度が多くて「さん」付けで呼ぶのが面倒になったほどである。

 雛森は俺が見ても勉強できない子だった。どうやって受験を乗り切ったのか疑問だ。


「だって先生の教え方が悪いんだもん。あれは子守唄だね。職業間違えてるよ」

「それ先生に言っちゃダメだぞ」


 雛森は「言わないってー」とケラケラ笑った。最初のおどおどした態度はどこへやら、すっかりと金髪ギャルの本性が表れていた。巨乳じゃなかったら許さなかったね。目の保養になることだけが救いである。


「それに、能見くんに教えてもらいたいし」

「ちゃんと覚えてくんなきゃ俺も無駄骨だけどな」

「覚えるし! 能見くんの言ったことは全部覚えてるし!」


 その集中力をもう少しだけでも授業に向けてくれたらいいのにね。おかげでせっかくの入院生活なのに勉強するはめになった。

 雛森が毎日「勉強教えてー」と突撃するものだから、俺も勉強道具を用意することになってしまった。彼女が来る前に勉強するという習慣が加わった。そのため予習はバッチリである。


「学生の本分だから勉強することに文句はないけど、雛森は友達とかいないの?」

「いきなり失礼じゃない?」

「いやだってさ、毎日ここに来てるから。友達がいたら放課後遊びに行ったりするだろ?」


 金髪ギャルなんだし、放課後はフィーバーしてるに決まっている。と、予想していたのに、彼女は毎日俺のお見舞いに来ている。それもちょっとの時間じゃなく、必ず一時間以上はいた。

 とても友達と遊んでいる時間があるようには思えない。見た目すごく遊んでそうなのに、ここまでお見舞いが続くとは思わなかった。


「ちゃんと友達には言ってるし。能見くんのお見舞いに行くから遊べない、って」

「……ん?」


 え、俺のこと友達に言ってるの?


「それで、その友達さんはなんて?」

「『やっぱ男ができると変わるよねー』って言われた」

「めちゃくちゃ誤解されてる!?」


 焦る俺とは対照的に、雛森は気にしていないように続けた。


「いやいつものことだし。ちょっと男子となんかあっただけですぐそういうこと言うの。こうなったら聞く耳持たないし、放っておくことにしてんの」

「それ、本当に俺に被害はないんだろうな?」


 遊び慣れている金髪ギャルと違って、俺は純情なんだからな。もし俺まで遊んでいるように見られたら軽く死ねるぞ。


「退院してから俺やっていけるかなぁ……」

「これだけ勉強できるんだから心配なんかないでしょ」


 いや心配なのはそこじゃねえよ。


「……」


 でも、心配することでもないのか。

 俺と雛森は事故から助け助けられた関係だ。雛森がとてつもない恩を感じているようだけど、退院してしまえばそれもなくなるだろう。

 つまり、学校に行く頃には俺達の接点はなくなるってことだ。


「まあいいや。勉強の続きやるぞー」

「あっ、明日出さなきゃいけない課題があるんだった。能見くん助けてー」

「もうちょっと考える努力をしなさい! ノーシンキングで助けを求めるんじゃないよ」


 こうした金髪ギャルとのやり取りも退院してしまえばなくなるのだ。そう思うと、少しだけ寂しい気がしなくもない。

 俺とは別の人種だ。同じ学校なら見かけることはあるかもしれないが、こんな風に話すことはもうないだろう。

 でも、それが正常な関係である。みんなそれぞれのグループを作るんだから、俺も自分に合ったグループに入っていかなきゃな。



  ※ ※ ※



 それからも雛森は俺のお見舞いを続けた。俺が退院するまで本当に毎日来やがった。その根性は認めざるを得ない。

 だけどこれが最後だ。退院日、雛森は笑顔で俺を見送った。


「また学校でね」


 それが別れのあいさつだった。あまりにもあっさりしたものだったから俺も「またな」と返してしまった。

 こうして出遅れてしまったものの、ようやく俺の高校生活が始まったのである。


「能見くんおはよー」

「……」

「あれ、どしたの?」


 自分のクラスの教室に入ってすぐ、見知った金髪ギャルにあいさつされた。


「……なんで雛森がここに?」

「だって、あたし達同じクラスだし」


 首をかしげながら「言ってなかったっけ?」とかのたまう。うん、聞いてねえよ。


「で?」

「で、とは?」


 雛森が下から睨んでくる。金髪ギャルではあるが、小動物属性を持っていると知っているのでそう怖くない。


「あ・い・さ・つ。あたし能見くんにおはよーって言ったんだけど?」


 確かにあいさつをされたら返さなければならない。これ社会の常識。その常識を雛森に注意されたのがなんだか悔しい。


「おはよう雛森」


 見慣れた金髪を眺めながら、俺の高校生活がやっと始まったんだなとしみじみ思った。


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