第十三話 激突

〔13〕


「お望み通り、一人で来てやったぞ」

 チャンが怒声を発した瞬間、背後から紺色のローブに身を包んだ男達がなだれこむようにして入ってくる。それぞれ、刃物などの武器を持った五人ほどの男達がチャンを囲んだ。

 チャンは、うざったそうに男達を一瞥し「邪魔だ、どけ」と低く言う。

 これは……相当、怒り心頭のようだ。チャンの辺りの空気を凍らせるような殺気漲る姿に、うなじの毛が逆立つ。

「時計を取り上げろ」

 アンディの声を合図に、一気に男達が武器を振り上げてチャンに躍りかかる。チャンは右足を軸にした蹴りと両腕を伸ばした打撃で一気に三人をふっ飛ばしてしまい、そのスピードに呆気にとられる一人の胸元に渾身の肘撃をくらわせて床に沈める。

 まさに瞬殺といった状態に、残りの一人は呆気にとられていたが、はっとしたように両手に持っていた胡蝶双刀を構える。

 チャンの肩口を狙って斬り掛かる男の刃を彼はひょいと交わして、がら空きになっている胴に蹴りを入れる。

 ぐうっ、と男が呻いて後ろに退くが再び間髪入れずに幅の広い刀身の凶器を振り上げる。絶え間なく斬りつけられる刃を素早く躱しつつ、チャンは着ていたスーツの上着を脱ぎ、まるで鞭でも振うように男の手首に叩き込む。

 体勢を崩した男の首に背広を掛け、ぐいっと引き寄せるようにすると、その顔面に頭突きをくらわせる。鼻血を噴き出した男にとどめの肘打ちを叩き込んだ。男は床に勢いよく転り、そのまま動かなくなる。

 チャンは背広を床に放り、少し乱れた前髪を後ろに流す。スーツベストについた砂埃を払い、再び構えの姿勢をとった。

「おっと、そこまでですよ。チャンさん」

 そうアンディが俺の背後に立ち、ナイフを首にあてる。皮膚に冷たい刃が押し当てられる感触がする。

「大人しく時計をこちらに投げてくれますね?」

 チャンは視線だけで殺せそうなくらい鋭い目をアンディに向けたが、小さく吐息をして、手首の金時計を外す。

「時計はくれてやる。そのかわり、ラウを解放しろ」

「勿論」

 チャンがこちらを真っ直ぐ見つめ、彼が僅かに頷く。俺も彼に目配せし、互いに意思疎通が出来たのを確認し、チャンが時計を放る。

 アンディに向けて金時計が綺麗な弧を描く。アンディが時計に気を取られ、僅かに押し当てられた首筋の刃が離れた瞬間、俺は椅子もろとも身体を後ろに勢いよく倒す。

 アンディの胴に体当たりするようにし、彼が隙をつかれてよろめく。俺はそのまま身体を捩り、横向きに転るようにする。

 刹那、同時にこちらに踏み出していたチャンが、地面を力強く踏みつける震脚しんきゃくを繰り出しつつ、体勢を整えようとしたアンディの胸元に頂肘ちょうちゅうをくらわせようとする。

 しかし、アンディは即座に八卦掌特有の脚運びでくるりと円を描くようにし、掌をチャンの首筋を狙って繰り出す。

「……チャン!」

 チャンは刃物のように鋭い掌の攻撃を前腕で受け流し、もう片方の握った拳をアンディの腹にのめり込ませようとする。

 しかし、アンディも打撃を受ける直前にその拳をもう片方の掌で払う。二人が同時に飛びずさり、距離を置く。彼らの真ん中に金時計が落下しそうになり、それを合図にしたように二人が再び同時に踏み込む。

 俺はそのまま何とか立ち上がって、近くの壁に椅子ごと体当たりする。椅子を壊して緩んだロープの拘束から解放され、立ち上がった瞬間、殺気を感じる。振り向けば、そこには朱色のデーモンスカルを先頭に紺色のローブを身に纏った男達が乗り込んできていた。

 アンディが握っていたナイフが床に転がっているのに気づき、俺はマックスの元に駆け寄り、彼を拘束していたロープを切る。

「ありがとう」

 マックスが微笑み、ファイティングポーズをとりながら立ち上がり、俺も問手まんさおで構えつつ「どういたしまして」と小さく笑む。

 朱色のローブを纏ったデーモンスカルが八卦刀を構えながら、チャンに向かっていき、俺は咄嗟にマックスが拘束されていた椅子を脚で蹴り上げ、デーモンスカルの元に飛ばす。

 デーモンスカルの反応も早く、飛んできた椅子は八卦刀によって真っ二つに斬られる。そのまま俺にかかってくるかと思えば、デーモンスカルはそのままアンディと死闘を繰り広げるチャンの元へと向かう。

「お前の相手は俺だ!」

 俺もチャン達の元に向かうデーモンスカルに駆けだし、そのままの勢いでその背部に回し蹴りをかます。

 よろめいたデーモンスカルがこちらに刃を振り向きざまに振い、俺は背中を後ろに反らしてそれを避ける。

「邪魔をするな!」

 マスク越しのくぐもった声に、俺はぎくりと身体が強張る。一瞬、繰り出そうとした攻撃が遅れを取り、その隙を突いてデーモンスカルの掌底が胸に打ちつけられる。

 反射的に後退りながら、叩き込まれた衝撃に低く呻く。しかし、そんな痛みはどうでもよかった。俺は呆然と呟く。

「そんな……嘘だ……」

 呆然と呟く俺を一瞥し、デーモンスカルが再びチャンの元へと踏み込む。

「ラウ!」

 マックスの声にハッとなって、殺気を感じつつ顔を向ければ、紺色のローブの男がこちらに特殊警棒を振り上げていた。

 俺は体勢を変えて、警棒を握った腕を肘で流して、そのまま相手の脚を払うように蹴りを入れる。もんどりうって男が床に転がり、間髪入れずに男の眉間に拳を振り落として気絶させる。取り囲む男達を殴り、投げ飛ばしていたマックスが安堵したような視線を一瞬送る。

 チャンを見れば、アンディの手刀の突きを躱しつつ、背後のデーモンスカルの殺気を感じ取って回し蹴りをしていた。

「チャン、駄目だ……!」

 俺は、近くに落ちていた胡蝶双刀を両手に構えて、彼らの元へと走った。

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