第10話


「……」

「……」

「……」


 椎名が連れて行かれた後。その日はその場で解散となり、次の日を迎えた……のだが、如月が教会に来ても、その如月を始めとした誰も……話をする気配がなかった。


 いや、そもそも空気が重すぎてとても話が出来る雰囲気でもない。


「椎名は……」

「!」


 そんな中、最初に声を上げたのは瑞樹だった。ただ、それに対してシスターも如月も何も言わず、ただ瑞樹の方をジッと見つめて次の言葉に注目していた。


「元々ここの出身だった。椎名の家は昔から続く老舗の呉服店だったらしい」

「ちょっ、ちょっと待って。じゃあ、私たちの前に現れた理由って」


 そして、瑞樹のその言葉にシスターは何か気がついたらしく、目を見開いて驚いていた。


「ああ、姉さんの予想通りだ。あいつは……あいつの両親は椎名が幼い頃に亡くなった。椎名を残して」

「……」


「あいつが転校生として俺が通っていた学校に現れたのは、ちょうど両親が亡くなって保護施設に引き取られたタイミング。そして、いなくなったのはあいつの引き取り手が見つかったタイミングだったからだそうだ」


「あの、どうして椎名さんのご両親はお亡くなりに?」

「以前、ここに都市開発の話が持ち上がった事があるらしい。そして、立ち退き命令に最後まで抵抗した人たちの中に椎名の両親がいた」


 如月の質問に答える様に、瑞樹は淡々と答える。


「あいつのしゃべり方は幼少期にご両親とお客さんの会話のやり取りを見てかっこいいと思ってああなったらしい」

「……」


 そう言って笑う瑞樹の表情は、どことなく寂しそうだ。


「まぁ、その話の中心になっていたのがあの市議会議員だった。他に賛同していた人間も当然いたが、特に強硬的に進めていたのがそいつだったらしい」

「あら、じゃあ他の『怪異』絡みって」

「ああ、それに関わった人たちのほとんどが被害者だった」


 おやっさんからもらった事件の一覧を見ながら瑞樹は答える。


「あの」

「ん?」


「どうして椎名さんは瑞樹さんに近づいたのでしょう?」

「あー、それは多分。話し方とか接し方とか見たかったからだろうな」


「?」

「あいつら『怪異』は負の感情の塊だ。ちょっとでも接し方を間違えれば、自分の身が危なくなる。椎名も話す事は出来る様だったが、大丈夫という確証が欲しかったんだろうな」


 そして、椎名は「確証」とも言える話術を瑞樹から学んで身につけたというワケの事の様だ。


「正直、俺はあいつがその議員に復讐を終えた後。明確な目的を見失っていたんだろうなと思っている。そして、あの『探し物』の一件で如月の存在を知った」

「まぁ、私と一緒にいるところを見れば、瑞樹と何かしら関わりがあると考えても不思議じゃないわね」


 シスターは納得した様に頷く。


「じゃあ、椎名さんは瑞樹さんに自分を止めてもらいたくて?」

「……多分な」

「まぁでも、私たちは椎名じゃないから分からないし、実際はそんなきれい事で終わる様な話でもない様な気もするけどね」


 そう言ってシスターは笑う。


「とは言っても、姉貴だってこれ以上は深く追求するつもりもねぇんだろ?」

「そりゃそうよ。確かに母さんはあいつに殺された様なモノだけど、下手に恨む様な事をすれば、逆に母さんに怒られちゃうわ」


 瑞樹の言葉に同意するようにシスターは笑って答える。


「あ。ところで、如月ちゃんはこれからどうするの?」

「え」


 突然話を振られて如月は思わず固まった。まさか、この流れで自分に話が飛んでくるとは思っていなかったのだ。


「だって、如月ちゃんのお母さん。今回の一件で如月ちゃんに今までしてきた事が全てご実家に流れて、絶縁宣言されたちゃったって聞いたわよ?」

「……」


 どうやら、噂というのは噂にされている本人の耳に入るよりも先に他の人の耳に入ってしまうモノらしい。


「そう……ですね。祖父母から一緒に生活しないかって言われていたんですけど。断りました」

「えぇ! どうして?」


 シスターは心底驚いたのか、目を大きく見開いている。


「今の環境を気に入っているので」


 そう言いながらニッコリと笑って紅茶を飲む。でも、今の生活を如月はとても気に入っているのは事実。

 しかし、祖父母と生活するとなると、どうしても引っ越しをしなければならなくなるはずだ。しかも、引っ越しした新しい環境にも慣れなければならない。


「でも、さすがにお母さんと一緒に生活は出来ないでしょ?」

「それは……そうですね」


 だからこそ、祖父母の申し出は断ったモノの、資金援助はしたいという申し出は受けたのだ。


「そういう事ですので多分、一人暮らしになるかと……」

「えぇ! ダメよ、危ないわ!」


 そう言う如月に対し、シスターは断固として反対した。


「いや、姉貴。危ないと言ってもよ」


 そうは言っても、瑞樹としは『怪異』が視える如月を一人にはしたくないとも思っていた。

 なぜなら、今までの如月の事を考えると、どうにも如月は『怪異』に出会いやすい人間だという事は瑞樹もよく分かっていたからである。


 今回の一件でようやく自分専用のスマートホンは買ってもらえたらしいのだが、連絡をもらってからでは何かと手遅れになりがちなのも事実だ。


 しかし、内容が内容のため、瑞樹はあまり強く出られない。


「そうだわ! 如月ちゃんもここで暮らせば良いのよ!」


 そんな中、シスターはまるで「良い事を思いついた!」と言わんばかりの笑顔で両手を「ポン」と軽く叩いた。


「ちょっ、姉貴ちょっと待て!」


 しかし、それに驚いたのは瑞樹だ。


 確かに、連絡をもらってからでは何かと困るとは思ったが、まさか一つ屋根の下で一緒に生活する事を提案するとは思っても見なかった。


「何よ。そうすれば手伝いもしやすくなるし、あんたも如月ちゃんが大丈夫か心配敷く手すむでしょ?」

「そっ、それは……」


 如月は明らかに困惑していた。しかし、シスターの言っている事も一理あると思って考え込む。


「それに、生活費とか諸々は手伝いをしてもらう事でチャラ! 我ながら良い案だと思うのよね」

「……きっ、如月はどうしたい」


 外堀をどんどん埋められている様に感じた瑞樹は、すぐに如月の方を見て尋ねる。


「わっ、私は……」


 この時、如月は迷っていた。


 確かにシスターの申し出はありがたいし、この教会ならば学校からも塾からも近い。しかも、シスターも瑞樹も顔なじみだ。


 しかし、それを踏まえて考えても――。


「遠慮なんてしなくていいのよ? 部屋も余っているくらいだし!」

「えと」

「まっ、まぁ俺は別にどちらでも? 迷惑とも思ってねぇし、姉さんの言っている事も一理あるしな」


 瑞樹は自分の頬をかきながら言うと、シスターは「まぁた格好つけちゃって!」と瑞樹の体をグイグイと押す。


「いってぇよ!」


 瑞樹はシスターの方を見ながら吠える。


「ふふ。じゃあ、お言葉に甘えさせて頂きます」


 そんな仲の良い二人を見ながら如月は笑顔で答えた。


「本当に?」

「はい」

「やったぁ! 私、妹が欲しかったのよね!」


「はぁ、全く。悪いな……」

「いえ」


 そう如月が答えると、瑞樹は「ほら、嬉しいのは分かったけど、それならそれで諸々決める事があるだろ」とシスターに言う。


「ああ! そうね、そうよね!」


 シスターは嬉しそうに顔を輝かせる。


「じゃあ、如月」

「如月ちゃん!」


 そう言いながら二人は笑顔で如月を呼ぶ。


「……」


 二人に呼ばれたで如月はそこで「ああ、そうか」と、ふと父親に手を引かれてここに来ていた頃の事を思い出した。


 あの頃は、まだ父親にくっついてばかりで、世界には自分と父と母しかいなかった。

 でも、ようやく自分にはそれだけではないと気付かされた。

 それを気付かせてくれたのはシスターと瑞樹。この二人はもちろん、明日香もそうだ。


「?」


 一向に反応を見せない如月に、瑞樹は心配そうな表情を見せ、そこで如月はようやく我に返り「いえ、何でもありません」と二人に笑顔で返事をしたのだった――。

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教会にいる探偵 黒い猫 @kuroineko

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