第17話:ご心配をおかけしました

「おう、いらっしゃい」

「遅くなってごめんなさい。ちょっと急に家の用事が入ったのです。ご心配をおかけしましたよね?」

「いや別に。時間の約束をしてたわけじゃないから」

「そ、そうですよね。変なこと言ってごめんなさい」


 心なしか堅田は寂しそうに見えた。

 俺が心配してなかったから?

 いやまさか。ホントの恋人じゃないんだから、そんなことで寂しく思うなんてないよな。


「いつものホットレモンティーをください」

「了解。いつもの席に座って待ってて」


 堅田はいつもの席に座ってノートパソコンを開く。

 俺はホットレモンティーと、買い置きしてあったクッキーを一つ小皿に入れて彼女の席に向かった。


「お待たせ。レモンティーと……これ、サービス」

「あ、いいんですか?」

「うん。結構旨いんだよそれ。遠慮せず食べてくれ」

「ありがとうございます」


 他にも堅田になにか声をかけたいと思ったけど、ちょっとためらいがあって、トレーを脇に抱えて席から離れた。

 キッチンに向かって二、三歩進んでから、やっぱりと思い直して振り返る。


 ──うわ、びっくりした。


 堅田はじっと俺の後ろ姿を見てたみたいで目が合った。

 気まずそうにわちゃわちゃして、レモンティーをスプーンでくるくるとかき混ぜてる。

 シュガースティックも輪切りレモンもティーソーサーに載ったままだから、何も入れずにただかき回してるだけだ。


「あのさ、堅田」

「ふぁいっ? な、なんでしょうか?」


 慌てる堅田って可愛いな。


「砂糖やレモンを入れてからかき混ぜた方がいいと思うぞ」

「ほへっ? あ、そ、そうですね。わた、わた、わたくしとしたことが! つい、ちゃっかりしてしまいました。おほほっ」


 それを言うならうっかりだ。

 でもこれ以上ツッコむと、堅田はさらにポンコツが加速して壊れかねない。

 だからあえて優しくスルーしよう。


「それとさ」

「は、はい?」

「さっきは心配してないようなことを言ったけど、あれは嘘だ」

「え?」

「ホントは何かあったのかと心配してた。だからさ。これからは遅れるとか、ここに来れない時は……メッセージをくれたら嬉しい……かな」


 面倒なことを言う男だと思われたかもしれない。

 だけど心配してたのは事実だ。

 堅田を責める気持ちはまったくないけど、今後はそうしてくれたらありがたい。


「は……はい。わかりました。ありがとうございます。早速メモメモ……」


 堅田はいつものようにメモ帳を取り出そうとして、はたとやめた。

 どうしたんだろ?


「そうですね……これはとても大切なことなので、メモしなくても間違いなく覚えます。私の心に刻み込んでおきます。」


 堅田は頬を桜色に染めて、嬉しそうにうなずいた。

 いや、嬉しそうに見えたのは俺の自意識過剰だろうか。


 って言うか、大げさすぎないか?

 でもまあそこまで言ってくれると、俺の言葉をとても大切に受け止めてくれたのだとわかって嬉しい。


「あ、いや。わかってくれて、こちらこそありがとう」


 なんかわからんけど、俺と堅田の間にふんわりとした空気が流れたような気がした。


「お兄さ~ん、お水ちょうだーい!」


 あ、他のお客さんに呼ばれてしまった。


「はーい、ただいま参ります」


 慌ててそのお客様の席に向かう。

 後ろの方で「がんばれ御堂君っ!」と、堅田が言ったような気がした。




***

 文芸部は週三回、月水金が活動日だ。

 俺が文芸部に仮入部することになって、堅田は「毎日活動でもいいですよ、うふ」なんて言い出した。


 堅田と一緒に過ごすことは嫌ではないが、執筆するわけでも読書するでもない俺にとっては、毎日活動するとなったら手持ち無沙汰すぎる。


 それと堅田と二人きりの時間が増えれば増えるほど、堅田がエッチな方向に暴走する危機が増える。あまりにその時間が多いと、俺は我慢し続ける自信がない。

 万が一エッチなことに発展しようものなら、堅田の姉の愛洲あいすさんにぶっ殺されてしまう。


 万が一そういうことになってもバレないだろうって最初は高をくくってたけど……

 愛洲さんの盗聴疑惑がある以上、めったなことはできない。


 だから部活は週三回のままでいこうと提案して、堅田も「残念ですぅ」なんて言いながらも受け入れてくれてる。


 それと「大人の階段は一歩ずつ昇ろうな」と改めて念押ししてからは、少しは堅田も暴走を自重してくれてるようだ。

 それでも時々スイッチが入ると暴走するから気をつけないといけないんだけど。


 今日は月曜日で部活のある日だった。

 堅田はWEB小説の締め切りが迫ってるとのことで、ずっと真面目に執筆に取り組んでいた。

 女子高生が真面目に、エッチな小説を執筆するって絵面はなかなかシュールではあるのだが。

 それでも創作に賭ける熱意は強いようで、黙々と執筆を続ける堅田の姿はカッコいいと思う。


 彼女が執筆している間、俺は部室にある小説を読むことにした。

 ジャンルはラブコメ。


 ──あ、念のために言っとくと、俺がチョイスしたのはライトノベルだ。以前部室で見かけたエロ成分多めの小説ではない。

 そちらも興味ありありなんだけど、同級生女子がいる同じ空間でエロい小説を堂々と読むほど、俺の神経は図太くない。


 ラブコメを読もうと思った理由は……

 俺は普段まったく小説なんて読まない。だけど堅田が熱意を傾ける世界を少しでも理解すれば、彼女の執筆活動に何かしらの役に立てるかもと思った。

 でも読み始めると、なかなか面白いことに気づいた。


 そんなこんなで、気がつくと部活終わりの時間になっていた。


「そろそろ帰りましょうか」

「そうだな」


 部室の施錠をして二人で昇降口に向かう。

 10月も下旬になると、外に出たら秋の気配が感じられた。

 もの悲しさを感じる季節が近づきつつあるんだけど、こうやって女の子と一緒に下校するとあまりもの悲しさを感じないものだ。

 まさか俺が女の子と二人で下校する日がやって来るなんて、去年の今頃は思ってもみなかった。


 横を歩く堅田の横顔をチラと見て、そんな感慨にふけりながら、正門を出て駅への下校路を二人並んで歩いた。

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