第18話:なんなら揉んでやろうか?

「はぁっ。今日はがんばりました。かなり執筆が進みました」

「おう、お疲れ」


 歩きながら堅田は頭を左右にコキコキと動かしてる。

 がんばりすぎて肩が凝ったようだ。


「なんならんでやろうか?」

「ふぇっ……?」


 並んで歩きながら、堅田は俺の方を見た。

 目がキョトキョトと泳いでる。


「胸を、ですか?」


 おーい、両手でおっぱいを持ち上げるのはやめろ!

 しかもゆさゆさ揺さぶるな!

 俺の言ったのは肩だ!

 いきなりそんなセクハラ発言するはずはないだろー!


 ──ってツッコミを入れようとした瞬間。


「じゃあお願いします」


 堅田がぺこりと頭を下げた。

 胸を揉むのでいいんかーいっ!?


「あの……俺が言ったのは肩を揉んでやろうってことだけど?」

「へっ? あ……私ったら。勘違いしました」

「だろうな」

「期待して損しました」

「期待してたんかよっ!?」

「うふふ。冗談ですよ」

「あ、冗談……だよな」


 しまった。俺も一瞬期待してしまったじゃないか。


「だって今日は忙しくて、小説を書くことしかできませんでしたから。ちょっとうっぷんがたまってるのですよ。だから冗談くらい許してください」

「そうだな。わかった」

「小説書いてばかりで、御堂君とエッチなことをできないなんて、文芸部の活動とは言えませんもんね」

「うん、そうだね……いやいや、エッチなことは文芸部の活動に含まれてませんからっ!」

「だから冗談ですってば。うふふ」

「あ……冗談ね。わかってる」


 それにしても堅田って、以前と比べて随分明るくなったよな。こんなに冗談を連発するなんてなかった。


「それとだな堅田。俺とエッチなことをするのをデフォルトのように言うな。『恋人ごっこ』はエッチなことばかりじゃないだろ?」


 ちょっと気を抜いたら、堅田はすぐにエッチ方面に暴走するからな。

 これじゃ俺の命がいくつあっても足りやしない。

 あっという間に愛洲あいすさんに殺されてしまうよ。


「わかってますよ。あっ、そうだ。恋人らしいことって言えば、ぜひやりたいことがあるんですよ」

「エッチなこと以外だろうな?」

「んもう御堂君ったら。そんなにエッチなことがしたいのですか?」

「今の俺のセリフをどう捉えたら、俺がエッチをしたいって解釈になるんだ?」

「だって男子って、みんなエッチなことに興味があるんでしょ?」

「それは否定しないが……」


 いや、全力で肯定しかできないな。

 とか考えてたら、堅田がメモ帳を取り出して『御堂君はエッチに興味津々』と書いてる。


「いやそこ、メモ取るな! ……まあとにかく。エッチなこと以外の恋人体験してみようよ……」


 恋人ごっこなんて言いながら、普通に恋人がするようなことはほとんどやっていない気がする。


「はい。私がやりたいって言ったことは、健全な恋人体験ですよ」

「おう、そっか。どんなこと?」

「私に首輪をつけて御堂君の犬にしてしまうのです」

「ああ、なるほどな。それなら健全……ってなんでやねん!」

「え? おかしいですか?」


 堅田がびっくりしたような顔してる。

 もしかしてコイツ、マジで言ってるのか?


「それは健全な恋人体験、ではないだろ」

「ぶうぅぅ。ならば下校途中で彼氏と手を繋ぎたいってことでいいです」


 なんで堅田はふくれてんだ?


「そっちが本来の健全な恋人体験だと思うが?」

「そ、そうですよね。私としたことが。つい妄想がはかどりました」

はかどらなくていい!」

「ふわい……」


 叱られた子犬のように情けない声を出した。可愛い。

 そこから一瞬間があって、堅田は恥ずかしげにもじもじし始めた。


「えっと、じゃあ御堂君……手を繋いで下校……してくれますか?」


 堅田は眼鏡の奥で、とっても乙女ちっくな表情を浮かべた。


 それはとても可愛いお願いに聞こえた。

 手をつないで帰るなんてことは、もちろんお姉さんの言う『エッチなこと』には含まれないだろう。


「なるほど。それならいいな」


 だが問題は下校路で手を繋いで、誰かに見られたらどうするのかということだ。

 部活終わりの生徒が帰る時間で、顔見知りに見られる可能性もある。


 そう考えて周りをキョロキョロ見回した。


「私は別に見られてもいいですけどね」


 まさかの爆弾発言だ。

 本気で言ってるのか?


「でも俺たちはあくまで『恋人ごっこ』なんだから、他の人から誤解されたら困るだろ?」

「もしそうなったら、ホントに付き合うという最終兵器もありますね」

「え?」


 もっと爆弾発言だ。

 びっくりした。

 心臓が壊れるかと思った。


「あ、いえ。堅田かただ 美玖みく、渾身のギャグです」


 相変わらずこの子のギャグは壊滅的に面白くない。

 ドキッとするギャグを言わないでくれ。

 俺の心臓にはスペアはないんだ。


 でも、つまらないなんて言うと堅田は泣き出しそうなのでスルーしとく。


「じゃあちょっと迂回して帰るか」

「そうでしゅね」


 なんで噛んどるんだ。

 スルーされたのが悲しかったのか?


 そういうわけで、途中で横道に逸れて、少し遠回りして帰ることにした。


 二人並んで歩いてると、すうっと堅田が近づいてきて肩が触れた。歩きながらなので、肩が当たったり離れたり。


 まだ手は触れてないけど、肩だけでもドキドキする。

 なんか、このドキドキ感いいな……


 そして今後はお互いの手の甲がチョンチョンと当たる。俺の右手と堅田の左手。

 ドキドキがさらに増す。


 でも堅田は恥ずかしいのか、まだ手を握ってはこない。俺も恥ずかしくて、こちらから握ることもできないでいる。


「御堂君……らしプレイですか?」

「そっちこそな……」


 変な空気が流れる。

 だけどこの空気、甘い香りがする。

 嫌いじゃない。


 手を握りやすくするために、俺は堅田の方に手を少し伸ばした。彼女も手を伸ばし、二人の手が交差する。


 これで手のひらが触れ、いよいよ手を握る……


 そう思った瞬間。

 堅田は手を握らずに、指先で俺の手のひらをさわわとなぞった。


 ──ゾクっ!


「あっ……」


 手のひらからくすぐったさが背筋に流れ、思わず吐息を漏らしてしまった。


 俺の反応を楽しむように、堅田はまた指先を動かす。手のひらに広がるゾワゾワした快感。

 それが今度は背筋を通って脳に流れ込む。


 何だこれ?

 めっちゃ気持ちいい……

 思わず身体がぶるると震えた。


「か、堅田……」

「何でしょう?」

「なんでそんなことするんだ?」

「こうすると気持ちいいって、小説で学びました。気持ちいいでしょ?」

「いや別に」


 ホントはめっちゃ気持ちいいけど、なんか悔しいから認めない。


「御堂君って案外強情ですね。わかりました。気持ちいいって言わせてみせます」


 堅田は俺の目を見つめて、妖艶な表情を浮かべた。

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