第15話:そんなことされたら力が抜けちゃいます

 愛洲あいすさんが部室に隠しカメラを仕込んでいるのかも。

 そう考えて室内を見回したがよくわからない。

 視線を堅田かただの顔に戻して、あるものが目に入った。


 それは黒髪に止めた白い百合の髪飾り。

 白百合は純潔の象徴。

 なんてことのない髪飾りだけど、妙に気になる。


 俺は堅田のおでこに手を伸ばして、髪飾りに触れた。

 想像したより厚みがある。

 コレ……盗聴器が仕込んであるとか?


 まさかとは思うけど、あの猟奇的なお姉さんなら充分に可能性はある。

 慎重に、用心するに越したことはない。


「ふにゃん」

「え? どした?」


 突然堅田が甘えた声を出した。


「御堂君、ずるいでしゅ」

「なにが?」

「そんなふうにおでこをナデナデされたら、私、力が抜けちゃいます」

「あっ、ごめん!」


 髪飾りを撫でてるつもりが、考え事をしているうちに、ずっとおでこをよしよししてた。


「いえ、いいんですよ。なんならこのままずっと、何時間でも撫で撫でしててください。私わんちゃんみたいに、ずっと尻尾を振り続けましゅ」


 いや、尻尾なんかないだろ?

 と思ったけど、堅田はお尻を少し突き出して、フリフリ振ってる。

 チェックのスカートがゆらゆら揺れてる。

 また理性が崩壊しそうになるから、そんな仕草はやめてくれ。


「いや、あの……可愛い髪飾りだなぁって思ってさ」

「ありがとうございます。私のお気に入りなんです。姉がくれました」

「そっか。優しいお姉さんだね」

「はいっ!」


 なるほど。愛洲あいすさんからのプレゼントか。

 盗聴器疑惑の可能性、爆上がりだな。




***


 俺と谷町たにまち 遊助ゆうすけは、昼休みはいつも一緒に弁当を食べている。

 だけど一度食堂に行ってみないかと、ある日遊助が言ってきた。

 今まで一度も食堂で食べたことはなかったし、たまにはいいんじゃないかと思って承諾した。

 だから母に言って、今日は弁当は無しで昼飯代をもらって登校してきた。


 昼休み開始直後は食堂が激込みしてるらしいからという遊助の提案によって、20~30分時間をつぶしてから食堂に向かった。


 一度校舎を出てから食堂棟に向かって二人で歩いていると、帰ってくる生徒のグループとぽつぽつとすれ違う。

 その中に数人の女子グループがあった。


 あれは──品川しながわさんを中心とする同じクラスのリア充女子グループ。

 ケラケラと楽しそうに笑いながらこちらに向かって歩いてくる。


 みんな容姿は平均以上の子たちではあるけど、遠目にも品川さんがひと際輝いている。


 天真爛漫で明るく可愛くてクラスの一番人気。

 明るい茶髪のミドルヘアと愛らしい笑顔。

 制服もお洒落な着こなしで、短めのスカートから伸びる脚が健康的で美しい。



 さすが品川さん、やっぱり可愛いな。


 そう、俺の憧れの人。

 とは言ってもサッカー部キャプテンと付き合ってるらしいし、俺とはほとんど関りもない。

 一方的に憧れてる──というか、俺とは世界が違い過ぎて『憧れていた』というのが正しい。


「あれっ? 今から食堂?」


 すれ違いざまに品川さんが、俺と遊助に向かって尋ねてきた。

 ドキッとする。


 ──え? 品川さんが、俺に、声をかけてくれた?


 いや待て。いくらなんでも自意識過剰すぎだろ俺。

 きっと一緒にいる遊助に声をかけたに違いない。

 遊助はイケメンだし人気ナンバーワン男子だ。

 それに品川さんの彼氏と同じサッカー部だし。


「ああ。ゆっくりめに行った方がいてるかなと思ってね」


 案の定、遊助が返事した。


「そっか。そう言えば期間限定メニューでキノコパスタがあったんだけど、美味しかったよ。おススメ!」


 品川さんは明るい笑顔を遊助に向けた。

 この明るい笑顔に惚れちゃう男子が多いんだよなぁ。


「お、いいね。俺、キノコもパスタも大好きなんだ」


 それにしても、なんだこの流れるようなスムーズな会話は?

 これが真のリア充同士の会話ってやつか。

 ニセリア充の俺なら、品川さんに笑顔で話しかけられたらキョドって何も答えられなかったに違いない。


「よかったら御堂みどう君も、ね」

「へっ? いや、あの……」


 なんと品川さんが、俺の方に笑いかけてくれた。

 しかも満面の笑み。


 コレ、陰キャ男子は『もしかして俺のことが好きなの?』って勘違いしてしまう笑顔だ。

 アイドルがファンに向けると、自分に気が有ると勘違いするファン続出のヤツ。


「美味しいよっ!」


 品川さんは追加でそう言って、さらにニコリとした。

 そして俺たちに手を振って、教室の方に向かって歩いていった。


「ふわぁ、やっぱ品川さん、すっげぇ可愛いな……」


 彼女の背中を眺めながら、思わず本音がダダ漏れしてしまう。


「そうだね。でも翔也しょうや、品川さんと仲良かったんだ」


 ──あ、しまった。変な独り言を遊助に聞かれてしまった。


「いやいや。まともに話すのは今日が初めてだぞ」

「そうなの? 品川さんっていつも明るい笑顔だけどさ、翔也と話す時はすごく楽しそうだったよ」


 ──そんなはずはない。


「いやいや。俺じゃなくて遊助がいたからでしょ」

「そっかなぁ。俺と話す時よりも翔也と話す時の方が、より笑顔だったよ。きっと翔也のことを気に入ってるんだよ」


 ──なぜなら。


「どっちにしても、品川さんにはサッカー部キャプテンっていう、ウチの高校ナンバーワン男子の彼氏がいるからなぁ。どうだっていい話だよ遊助」

「あはは、まあそうかもね」


 ──きっと俺は、品川さんには情けない、イケてない男だって思われてるから。


 そう思われても仕方ないできごとが以前あったから。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る