第14話:お褒めいただき光栄です

***


 結局文芸部に仮入部という形に落ち着いた。

 俺は読書にも創作にも興味はないけど、堅田かただが俺にしがみついたまま離れてくれないので、仕方なくの妥協案だ。


 そして妥協案に彼女も同意してくれたはずなのだが……なぜか彼女はまだ俺の胸にしがみついたままの姿勢でいる。


 文芸部の部室の真ん中で、男女二人が抱き合っている光景。

 いや、女子が一方的に抱きついてるだけなのだが。


「あの……堅田?」

「なんでしょうか?」

「なんで抱きついたままなのかな?」

「御堂君がなに言ってるかわかんないです」

「いや、わかれよ」


 もし今顧問の先生が入ってきたら大問題になりそうなんだけど。

 堅田がぎゅっとしがみついたままで離れてくれないから致し方ない。


「恋人同士なら、こんな感じなんだろうなぁって思って、やってみてます。なんてったって私たちは恋人……ごっこですから」

「こんなにずっと抱きついたまま? いくら本物の恋人同士でも、そんなことはしないんじゃないかな?」

「私には恋人がいたことがないのでわかりませんが……そんなことしないと言い切れますか?」


 確かに。

 俺だって女の子と付き合ったことがないのだから、あり得ないと断言はできない。


 だけどいくらなんでもこれはまずい。

 俺の身体に密着する堅田が柔らかくて温かくていい匂いがして。

 身体の前面から堅田 美玖みくって存在が徐々に俺の中に侵食して来るような。

 そんな気持ちが良くて不思議な感覚に包まれている。


「あのさ、堅田」

「なんでしょうか?」」

「お前って案外積極的だよな」

「お褒めいただき光栄です」

「褒めてはいない」

「じゃあ罵倒したのですか?」


 罵倒もしていない。


「それはそれで……ちょっと嬉しいかもです」

「えっ?」

「いえ。も、もちろん冗談ですよ」

「だろうな」


 ああ、びっくりした。

 堅田M疑惑が再燃するとこだった。


「褒めても罵倒もしてないんだけどな。堅田がこうやって平気で抱きついたりしてるからさ。教室でめちゃくちゃ恥ずかしがったりしてたのは、もしかして……演技だったのかなって」

「いいえ。みんなの前でエッチな話題とかは、ホントに恥ずかしいです」

「じゃあなんで俺とは?」

「今もめちゃくちゃ恥ずかしいですよ」


 真面目な見た目で、消え入りそうな声でつぶやく堅田が可愛い。


「そう……なのか?」

「はい。だからこれは、創作のためですよ、ほほほ……」

「だよな。創作のためだよな、あはは」

「そうですよ、おほほ……」


 確かによく見ると、うつむいて俺の胸に押し当てている堅田の顔は真っ赤だ。

 決して平気でこんなことしてるわけじゃないんだな。だって堅田は真面目女子だもんな。


 ──創作のためか。


 好きでもない男子とこんなことをするなんて普通ならできない。堅田の創作に賭ける想いが、よっぽど大きいということだろう。


「そっか。創作がんばれよ。俺も応援してる。ちゃんと協力するからな」

「協力……?」


 堅田は顔を上げて、潤んだ瞳で俺をじっと見つめた。


「ああ、そうだ。俺にできることならなんでも遠慮なく言ってくれ」

「じゃあ……」


 俺と視線を絡ませる堅田の瞳が、色香をまとっているように見える。

 彼女にいつものスイッチが入ってしまった気配を感じた。


 これ、ヤバいやつだ。回避しないと……

 そうは思うものの、真面目で清楚な姿と妖艶な表情のギャップに、背筋にゾクリと快感が走る。


「御堂君もハグしてもらえますか?」

「ハグ?」

「はい……ぎゅぅーっと抱きしめられたら、どんな気持ちになるのか試してみたいです」


 ハグか。それならば愛情の表現だし、愛洲あいすさんの言う『エッチなこと』に入らないよな?

 バナナは遠足のおやつに入らないのと同じで。(たぶん違う)


 いや、ダメだ。

 堅田に抱きつかれてるだけで、脳がバカになりかけるくらい気持ちいい。ここで俺の方からハグなんかしたら……

 脳内麻薬がドバドバ放出されて、もう後戻りできなくなる。


「お願いです御堂君」


 堅田は俺の耳元に息を吹きかけるように囁く。

 背筋がぞわりと快感に震えた。


「私を壊れるくらい抱きしめてください……」


 アカン。そんな切ない声で囁かれたら、完全に脳が壊れる。


「あ、ああ。わかった」


 もう無理だ。自分を制御できない。

 愛洲さんの恐ろしい顔がチラリと頭をかすめたけど、俺は腕を堅田の背中に回していた。

 そしてぎゅぅーっと力を込めて抱きしめた。


「あふん……」


 堅田の可愛いピンクの唇から漏れる吐息が俺の脳を破壊する。


 これが女の子をハグする感覚。

 女の子を抱きしめるなんて初めてだ。


 なんて柔らかいのか。

 そして見た目の印象よりもずっと細くて、強く抱くと壊れてしまいそうな身体。


 俺の人生初体験は、この上なく気持ちいい。

 もうどうなってもいい。そんな思考が頭を支配する。


「次は……キスしてくれますか?」

「あ……ああ。わかった」


 この先へ……もっと先へ……

 俺の本能が、そんなことを命令してくる。

 だけどその瞬間。


 ──ピコンっ!


 俺の制服のポケットで、スマホがまるで警告を発するように無機質な音を出した。


「うわっ」


 ハッと我に返って堅田から身体を離し、取り出したスマホを覗き込む。

 メッセージの発信者はまた愛洲あいすさんだった。


『まさか美玖みくにエッチなことをしようとか……してないよね? そんなことしたらわかってるよな?』


 今度は恐怖が背中にぞわっと走り、一気に理性が戻って来た。


「あ、いや、堅田。キスはやっぱまだ早すぎるぞ」

「え? そんなことありませんよ」

「ほら、前に話をしただろ。大人の階段は一歩ずつ昇ろうって。今日は抱きしめ合ったから、キスはまた次の機会に」


 堅田は少し不満そうに頬を膨らませる。

 だけどすぐに納得したように笑顔に変わった。


「そうですね。御堂君の言うとおりです。また次の機会に」


 それにしても愛洲さん、なんていいタイミングでメッセージを送ってくるんだよ。

 前回もエッチな方向に行く寸前でメッセージが届いた。

 もしかしてこの部室に、隠しカメラでも仕込んでるのか?

 いや、まさかな。

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