第13話:イヤです。お断りします

***


 ある日の昼休みのこと。

 廊下を歩いていたら、たまたま堅田かただに会った。

 キョロキョロと周りを見回して同じクラスの者が誰もいないことを確かめたあと「また部室に遊びに来てくださいね」と声をかけられた。


 今日は特に用事がないから、放課後に行く約束をした。



 一日の授業が終わって文芸部室を訪れた。

 もう二回目なので、迷わず中央棟の部室にたどりつけた。さすがだ俺。


 廊下を歩いてると、部室の前で堅田が誰か男子二人と話をしてる姿が見えた。

 ネクタイの色からして二年生のようだけど知らない顔。


「ねえ君。部室に入っていいかな?」

「えっと……見学……ですか?」

「ん、まあそんなもん」

「文芸部に……入部希望ですか?」

「入部希望ってか、君と仲良くなりたいなぁって思って。なあ?」

「おう、そうだよ。キミを見かけてすっげぇスタイルいいなぁって思ってさ」

「おい、ストレートに言い過ぎだ」

「あ、ごめん。あまりに巨乳子ちゃんだからつい」

「だからそれがストレートすぎるって!」


 なんだあの二人?

 堅田の胸をジロジロ見て感じ悪いな。彼女は両腕で胸を隠して、怯えた顔をしてる。


「いえ……お断り……します」

「は? なんで?」

「そうだよ。いいじゃん」

「でも……」

「あ、そうだ。俺たち入部希望なんだ。だったらいいだろ? ゆっくりじっくりお話聞かせてよ」


 ホントに入部希望者なら、部員不足の文芸部にはありがたい話だろうが……

 あいつらわざとらしいよな?


「イヤです。お断りします」

「なんだよ、優しく言ってやってるのに」

「おい、もういいよ、行こうぜ。こんな地味なブスに声かけてやったのに断られるなんて気分悪い」

「あ、そうだな」


 二人の男子は顔を見合わせて立ち去ろうとした。

 堅田はちょっとホッとした顔。

 一難去ってこれでよかった……


「んなわけあるかいっ!!」


 ムカついた。俺が言われたわけじゃないのに、なぜか妙にムカつく。

 普段俺は、怒りの感情なんてほとんど持たない。だから自分でも、俺らしくないと思う。

 だけどムカつくもんはムカつくんだ。仕方ない。


 俺がいきなり叫んだもんだから、男子二人も堅田も驚いて振り向いた。

 俺はずんずん歩いて三人に近づく。


「なんだお前?」

「文芸部員ですけどなにか?」

「ぐっ……いや別に」


 堅田は不安げな顔で俺を見てる。

 男子達は俺から視線を外して立ち去ろうとした。

 このまま逃がすかよ。


「ちょいちょいちょい先輩方」

「なんだよ?」

「忘れ物ですけど?」

「忘れ物?」

「はい。この子にちゃんと謝ってから行ってください」

「謝る?」

「はい。さっき地味なブスとか言いましたよね?」

「いや、別にそんなこと言ってない」

「見事な健忘症かーいっ!」

「は?」


 あ、しまった。

 この場で変なツッコミはいらなかった。


「とにかくそんな失礼なことを言ったまま帰らせるわけにはいきません」

「あ、御堂君……私は別に気にしてないから」

「お前が気にしてなくても俺が気にしてるんだ。ごめんな堅田」

「ほらお前。この子がそう言ってるんだから、もういいだろ。俺らは帰るから」

「ダメです。ちゃんと謝るまで帰さないです。なんなら先輩の後をつけて地の果てまで追いかけて行って、家に『この家の息子は後輩女子にセクハラ発言する酷いヤツです』ってチラシを貼りまくったりします」

「いや、それってストーカー……」

「そうですがなにか?」

「お前の方がやること鬼畜だろ?」

「鬼畜だろうが備蓄だろうが気さくだろうがどうでもいいです。俺はやる時はやる子なんで。マジでやります」


 俺の頭おかしい発言に、先輩方は「こいつヤバいやつ……」って視線を交わしてる。


「わ、わかった。ごめん」


 二人揃って堅田に頭を下げた。

 これで堅田が喜んでくれるかどうかはわからないけど、このまま帰すよりはモヤモヤが少しは晴れてくれたらいいな。


 先輩男子が立ち去るのを見送って、俺と堅田は部室に入った。

 椅子に座った堅田が、落ち込んだ顔をしながらも礼を言ってくれた。


「ありがとうございました。御堂君、まるで正義のヒーローみたいでした」

「正義のヒーローか、あはは」


 そんなカッコいいもんじゃないけどな。

 超照れる。


「それにしても酷いヤツラだったな」

「いえ。あの人たちが言ってるのは事実ですから……地味でブスな私が悪いんです」


 なに言ってんだ堅田は。

 あんな酷いこと言われて自分を責めるなんて。


「堅田は充分可愛いよ。ぱっと見だけで本質がわからないヤツらの言うことなんて気にすんな」

「え……?」


 ありゃ。堅田は完全にフリーズしてる。

 あ、もしかして俺が口先だけでテキトーに言ったって誤解されたのかも?

 俺はマジでそう思ってるから言ったんだけど……


「だってさ。ほら、この前堅田が眼鏡を外した顔見たじゃん。すごく可愛いと思ったよ」

「ほわいえ!?」


 堅田はブフォっと吹いて、真っ赤な顔になった。


 やば。さっきのは、きっと俺の勘違いだ。

 堅田は、俺が口先だけでテキトーに言ったって誤解したんじゃない。

 可愛いとか俺がセクハラ発言したことに怒ってるんだ。


「あ、ごめん」

「みみみみ、御堂君っ!」


 ガタンと音を鳴らして堅田が立ち上がった。

 勢いよすぎて、椅子倒れてますけど?


 もしかして、俺のセクハラ発言にめっちゃ怒ってる?

 怒りのピークに達したってやつ?

 堅田が俺に近づいて来る。

 ヤバっ。土下座しようかな……


「御堂くぅーん!!!!」

「へ?」


 いきなりぎゅっと俺の胸に抱きついてきた。

 どしたの?


 苦しい……

 案外力強いぞこの子。

 怒りのあまり、俺を絞め殺そうという魂胆だな?


 そして制服越しでも充分わかる、豊かな胸の柔らかさ。


 なんなんすか、この素敵な物体は!?

 俺の胸に押しつけられる感覚が幸せすぎる。

 絞め殺されるより前に、悶絶死してしまう……


「ありがとうございます! お世辞でも嬉しいですぅぅぅ」


 堅田は俺の胸に顔を激しくこすりつける。

 眼鏡壊れるぞ?


 もしかして、喜んでくれてた?

 それならまあ、よかった。


 それにしても、この仕草。

 子犬が思いっきり甘えてくるみたいでめっちゃ可愛い。


「お世辞じゃない。俺は嘘はつかないから」

「じゃあ、堅田君は文芸部に入部してくれるのですね?」

「なんの話?」

「だってさっき『なんだお前?』って訊かれて『文芸部員ですけど』って言ってたじゃないですか!」


 ──あ、確かに。すっかり忘れてたけど。


「あれはあいつらに、男子部員もいるって思わせることで撃退しやすくするためにだな……」

「御堂君が入部してくれて嬉しいです! 私一人だと廃部の危機に陥りますから」

「いや、だからあれはあくまで作戦ということで……」

「今から早速、御堂君の入部祝いをしましょう!」


 ──だから人の話を聞けよっ。

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