第12話:どうしたのですか御堂君?
ドキドキしながら
『御堂君。まさか
うわ、めっちゃやべぇ!
俺、疑われてる!?
背筋に冷や水を流し込まれたように、さっきまでのエッチな気分が一気に冷めた。
俺は慌てて返信を打つ。
『もちろんしてません!』
『わかった。嘘はつくなよ!』
釘を刺された。
愛洲さんの恐ろしい顔が脳裏に浮かぶ。
怖すぎだろこの人。
「どうしたのですか御堂君?」
「いや、なんでもない。母さんから、今日は早めに帰ってくるようにって」
「そうですか……あっ」
堅田のスマホにも着信があったようで、画面を見ている。
急いで返信を打っているところを見ると、誰かからメッセージが届いたようだ。
「話の途中ですみません。姉からメッセージが来まして」
は? 愛洲さん、堅田にまでメッセージを?
「え、お姉さんから? なんて?」
「帰りに夕食の食材を買ってきてほしいって」
「あ、そうなんだ」
「うちは母を亡くしてまして。姉がいつも夕食を作ってくれるのです。でも姉も忙しいので、たまにこうやって買い物を私に依頼してくるのですよ」
「へぇ……いいお姉さんだね」
「はい。亡き母の代わりに私をすごく大切にしてくれる姉でして。とても感謝しています」
そうなんだ。愛洲さんって単に怖いだけの猟奇的な人じゃなかった。
亡くなったお母さんの代わりに、堅田を守っているんだ。
それを知ると、愛洲さんがとてもいい人のように思えてきた。
堅田にエッチなことをしないっていう約束を破ろうとしたことに罪悪感を感じる。
「そっか。いいお姉さんだね」
「はい」
照れたように目を細める堅田。
お姉さんを大好きな様子が伝わってくる。
堅田の顔からは、さっきの淫猥な色は消えてる。
彼女もお姉さんからのメッセージで気分が冷めたんだろう。
それから俺たちは二人で、WEB小説のこととか、創作について割と真面目な話をして過ごした。
俺の言葉にヒントを得た時は、堅田はいつものように熱心にメモしていたことは言うまでもない。
***
<美玖Side>
御堂君は、やっぱり私なんかには魅力を感じないみたいです。だってがんばって何度も迫ってるのに、最後は逃げてしまうのですから。ふえん。
こんな地味でコミュ障で色気のイの字もないような女の子だから無理もないです。
親しくなろうとするのは、叶わぬ願いなのでしょうか?
もう御堂君に近づくのは諦めた方がいいんでしょうか?
そう考えると悲しみが胸に押し寄せてきます。
コミケに集まる二次元ファンくらい押し寄せてきます。
あ、なんか楽しそう。
あ……そうじゃなかった。
このチャレンジは初めからとても高い壁があることは判っていたことです。
そんな簡単に諦めてどうするの、私?
人はなぜ山に登るのでしょうか?
それはそこに山があるからだと、ある偉い人は言いました。
私はなぜ御堂君と親しくなろうとするのでしょうか?
それはそこに御堂君がいるからです。
それ以外の理由は不要です。
誰が何と言っても不要です。
ロジックがおかしいなんてツッコミは受け付けません。
御堂君が気になる存在になったきっかけ。それは同じクラスになって、日々御堂君のツッコミを見ていたことです。
最初の頃は彼が『なんでだよっ!』『アホかっ!』と誰かにツッコむ度に、まるで自分が叱責されたような気がして「ビクっ」としました。
でも何度も聞くうちに、なぜかそれが心地いいと感じるようになりました。
私はどうやら意地悪なことを言われたり、叱責されたりすると嬉しいという嗜好があるようです。
もしかしたら……ですけど、私にはMの嗜好があるのかもしれません。もしかしたら、ですけど。
とは言っても、ホントに嫌らしい言い方だったり、怖い言い方されるのは苦手です。
その点御堂君は顔つきは優しいし、普段の言動からホントは落ち着いていて、控えめな性格だということがわかります。
だから御堂君が放つそんなツッコミに私は惹かれるのですよ、うふふ。
そんな感じで御堂君のことが以前から気になっていきました。こっそりと彼を目で追うようになっていました。
そして9月中旬の文化祭で決定的なできごとが起きたのです。
我がクラスの展示物で大きな荷物を運ぶ必要があり、私が一人で運ぼうとしていた時のことです。
それに気づいた御堂君は「自分が運ぶから置いといて」と言いました。
でも彼は忙しそうにしてたし、私は御堂君の手を煩わせるのが嫌で、自力で運ぼうとしたのです。
でも重くてすぐに足元がふらつき、転びそうになりました。しかし倒れる寸前で御堂君が荷物を支えて助けてくれたのです。
その時御堂君は厳しい顔で「なにやってんだ!」と私を叱りました。
私はビビってビクッと震えたのですが……
「だから言ったのに。ケガしたらどうすんだ。人に甘える時には甘えろ」
顔は怒ってるけど、優しい目で彼はそう言ったのです。
優しく叱られる。
私はそのことに、まるで電気クラゲに放電された時のように背筋がビビっと痺れました。
電気クラゲに放電された経験なんかありませんけど。
それは私にとって決定的な瞬間でした。
そう──その時私は、完全に恋に落ちたのです。
それから御堂君は忙しいようで、その荷物を抱えて急いで教室から出て行ってしまいました。
その後も恥ずかしくてお礼も言えてません。
一瞬の出来事でしたし、忙しく作業をしてる最中だったので、彼はその時のことは忘れているようです。
相手が私だったことを認識すらしていないかもしれません。モブな私ですから。
でも私にとっては、忘れられない出来事なのです。
そしてその後、偶然御堂君の店に通う機会ができました。今まではそのチャンスを活かすことができなかったけど……ようやく機は熟したのです。
だから私は──いつの日か、御堂君を振り向かせてみせる。そう思っているのです。
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